02 恐るべき愛人
わたくしのような人間には、到底理解がおよばないことでございました。
生涯を添い遂げる伴侶を、まるでオモチャのように見ているなんて。
自分が仮面を付け外しするような生き方をしているからといって、他人も仮面をかぶっていると疑うなんて……。
しかし上流階級の方々は、わたくしにとっては雲の上の存在。
神様の考えることなんて、わかるはずもありません。
わたくしはただ、言われたことに従うのみです。
調査にあたりシューワイツ様は、『真写装置』を貸してくださいました。
それは『魔導装置』と呼ばれる、魔法で動く道具の一種で、レンズを通して見ている風景を静止画として記録できるものです。
とても高価なもので、価値は宝石と同じくらいでしょうか。
「ハニーたちの動きを監視している最中、不審な動きがあったら、この秘密兵器で隠し撮りをして報告しろ」
そう命じるシューワイツ様は、「こんなすごいもの見たことないだろう」みたいなドヤ顔をされていました。
でも、わたくしの心は冷えきっていました。
なぜかと申しますと、真写装置が鈍器のような大きさだったからです。
撲殺用ならまだしも、これで隠し撮りをしろというのはあまりにもミッションがインポッシブルといえるでしょう。
しょうがないので借りるだけ借りておいて、撮影には自前のアイテムを用いることにしました。
わたくしのメイド服にはさまざまな仕掛けがあるのですが、胸のリボンに付いたブローチは超小型の真写装置になっているのでございます。
とりあえず、ターゲットであるクルーレ様とブリーリ様に近づいてみることにいたしましょう。
書斎から廊下に出てみますと、さっそく窓越しにそれらしきレディが目に入りました。
年の頃は10代中盤といったところでしょうか。
白くてフリルがいっぱいのドレスをお召しになっており、栗色の髪をリボンでツインテールにしています。
まるで妖精みたいにかわいらしいお姿でしたが、手にはゴミの詰まったバケツを提げておられました。
持っているものは使用人っぽいですが、格好からして使用人ではなさそうなので、おそらくクルーレ様かブリーリ様でしょう。
裏庭のほうに歩いていかれたので、わたくしも廊下から中庭に出て、こっそりと後をつけました。
レディは屋敷沿いに裏庭を歩いていたのですが、ふと足を止めます。
周囲をキョロキョロと見回しはじめたので、わたくしはとっさに植込みの陰に隠れました。
レディはまわりに誰もいないことを確認すると、なにを思ったのか、手にしていたバケツを頭からかぶったのでございます。
あっという間に、キレイな髪とドレスはゴミまみれになってしまいました。
「ふにゃんっ……!?」
レディはへんなうめき声とともにヒザを折り、地べたにぺたんと座り込んでしまいます。
わたくしは茂みから飛び出して、レディの元へと向かいました。
「大丈夫ですか、お嬢様!?」
するとレディはバケツを目深にかぶったまま、うるうるとした瞳でわたくしを見上げました。
「……誰、おねえちゃん? 新しいメイドさん?」
「申し遅れました。『ラブバード・ヘルパー紹介所』から参りました、ミーテルと申します」
わたくしが名乗ったとたん、レディのお顔は仮面を脱ぎ捨てたかのように一変。
ハッキリと聞こえるくらいの舌打ちが飛んできました。
「チィィッ! ゴミかよ……! ゴミはもう間に合ってんだよ……!」
吐き捨てるようなその言葉に、わたくしは虚を突かれてしまいました。
レディはもう、わたくしのほうを見ようともしていません。
遠くのほうに別のメイドたちが歩いているのを見つけると、またあのうめき声をあげたのです。
「ふにゃんっ……!?」
メイドたちは気づいて、血相を変えて飛んできました。
「ブリーリ様!? まさか、また……!?」
メイドたちは一斉に顔をあげます。
わたくしもつられて見上げたのですが、ちょうど真上の3階に部屋の窓がありました。
窓は閉まっていたのですが、メイドたちは大騒ぎしておりました。
「やっぱり! またクルーレ様にやられたんですね!?」
「今日という今日は許せない! 旦那様にご相談して……!」
どうやらこちらのレディがブリーリ様のようです。
ブリーリ様は、弱々しい涙声でメイドたちにすがっておりました。
「や……やめて! クルーレおねえちゃんは、結婚前で不安になってるの! ブリーリがガマンすればいいだけのことだから! ブリーリはもう慣れっこだから平気だよ! えへっ!」
ブリーリ様が泣き笑いの表情を作ってみせると、メイドたちは感涙にむせいでおりました。
「ぶ……ブリーリ様……! なんという、おいたわしい……!」
「毎日のようにいじめられているというのに、必死にかばうなんて……!」
メイドたちはわたくしに後片付けを命じると、ブリーリ様の手を引いて屋敷へと戻ってきます。
ブリーリ様はその最中ずっと、
「このことはみんなにはナイショだよ! ぜったいに言っちゃダメだからね! ぜったいのぜったいだよ!」
などと、熱闘風呂を前にしたお笑い芸人のようなことをおっしゃっておりました。