11 結婚式5
シューワイツ様は警備兵が行動不能に陥っているのをいいことに、式場から逃げだそうとしました。
しかし行く手をエアリッヒ様に阻まれてしまいます。
『ど……どけ、エアリッヒ! 上司であるこの僕の邪魔をしたら、どうなるかわかっているだろうな!』
『あんたはもう、俺の上司じゃない……ただの罪人だ!』
『うっ……うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!』
シューワイツ様は礼装用の剣で斬り掛かっていきましたが、あっさりとエアリッヒ様に取り押さえられてしまいました。
『はなせっ! はなせっ! はなせーっ! この僕を誰だと思っている!? この国で何百年にもわたって土木大臣をつとめてきた、ゼルネコン家の末裔だぞぉーーーーっ!!』
『悪しき一族の栄華も、これで終わりだ! 長年にわたる悪業、すべてお前に償ってもらうぞ!』
『い……いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!』
そしてブリーリ様はというと、涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにして、クルーレ様に泣きついておりました。
『ごめんなさい、クルーレおねえちゃん……! ブリーリは、クルーレおねえちゃんのことが羨ましかったの……! だからいっつもダダをこねて、人形を取ったりして……! 今日も、それと同じことをしただけだよ!? やさしいクルーレおねえちゃんなら許してくれるよね!? クルーレおねえちゃんが許してくれたら、ブリーリは牢屋に入らなくてすむの……!』
クルーレ様は、困ったような笑顔を浮かべておいででした。
『……まったく、しょうのない子ね……あなたはいつもそうなんだから……』
『く……クルーレおねえちゃん……! やっぱりクルーレおねえちゃんだ! だ……大好き! だいすきーーーっ!!』
諸手を挙げて抱きつこうとしていたブリーリ様のお顔が、潰された空き缶のようにひしゃげました。
クルーレ様が冷酷な殺人鬼のような表情で、渾身の顔面パンチを叩き込んだからです。
鼻血と前歯を撒き散らしながら、ブッ倒れるブリーリ様。
しかも、それだけでは終わりませんでした。
信じられないような表情で見上げるブリーリ様に向かって、クルーレ様は巨峰のような痰を吐きかけたのです。
その時の憤怒は、少し前にわたくしに向けられたものとは比べものにならないほどの、それはそれは恐ろしいものでした。
『カァァァァァーーーッ、ペッ! 私もずっと大っキライだったんだよ! あんたはいつも私のものを横取りして! 死んじゃえばいいのにって、いつも思ってた! でも妹だからガマンしてた! もうあんたは妹じゃないからガマンしない! 死ねっ、死ねっ、死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!!』
『ぎにゃあああんっ!? お願い! 許して! 許してぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!!!!』
顔じゅう血まみれになってのたうち回るブリーリ様に、ピンヒールによる容赦ないストンピングの雨を降らせるクルーレ様。
その、姉妹喧嘩における最終戦争のような光景は、すさまじいの一言でした。
来賓の方たちはドン引きで誰も止めることはできず、幸か不幸か警備兵もおりません。
式場内にはいつまでもいつまでも、めった刺しにされるような絶叫がこだましていたのでございます。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その後のことを結論から申し上げますと、ゼルネコン家は裁判の末に爵位剥奪。
シューワイツ様とブリーリ様は無期の強制労働となり、仲良く鉱山で働くことになったそうです。
補佐官だったブライブ様は投獄こそ免れましたが、爵位どころか市民権を失い、わたくしと同じ賤民となってしまいました。
エアリッヒ様は不貞の誤解が解けたばかりか、今回の不正暴露の功績が認められ、子爵から伯爵に昇格。
シューワイツ様が住んでいた邸宅に、そのまま移り住むことになりました。
その傍らにはもちろん、算術の本を隠しもせずに脇に抱え、おなかに新たなる命を抱えた、幸せそうなクルーレ様が寄り添っておいででした。
わたくしがお暇となった日の朝には、おふたりはわざわざ門のところまで見送りにきてくださいました。
「エアリッヒ様、クルーレ様、短い間でしたが大変お世話になりました」
「世話になったのは俺たちのほうだ。ミーテルさん、どうかこの家のメイドになってほしい」
「うん、私も大賛成! ミーテルさん、ずっとこの家にいてよ!」
「ありがとうございます、でもわたくしはヘルパーメイドが性に合っておりますので」
「じゃあせめて、特別ボーナスを……」
「せっかくなのですが、それもお断りさせていただきます。わたくしはすでに、じゅうぶんなお給金を頂いておりますので」
「そうなの……? でも、それならどうして? どうして結婚式のとき、私たちを助けてくれたの?」
「そうだ。キミはシューワイツに命じられて裏で動いていたんだろう? てっきり俺は、正規雇用か金銭と引き換えに従っていたと思ったのに」
「そうよ、雇用もお金もいらないなら、なんの見返りもなく私たちを助けてくれたことになるわ」
「それがなにか、おかしなことでしょうか? ヘルパーメイドは家ではなく、人に仕えるもの。ほんのひと時ではありますが、わたくしはおふたりにお仕えしたくなったのです」
「えっ、どうして……?」
「貴族の方々というのはなにかと大変なようで、みなさん仮面をかぶってらっしゃいます。仮面の下にはいろいろなお顔があるようですが、そのお顔を拝見したうで、エアリッヒ様とクルーレ様にお仕えしようと決めたのでございます」
おふたりはどれだけ窮地に陥っても見苦しく言い訳をしたり、お互いを売ったりなさいませんでした。
「もしかして……それですぐに助けてくれなくて、悪者っぽい振る舞いをしていたの……? 私たちの素を見るために……?」
「試すようなことしてしまって、大変申し訳ありませんでした」
わたくしは最後に一礼して、おふたりに背を向けました。
しかし思いだして、いちどだけ踵を返します。
「もし、わたくしになにかくださるというのであれば、この国に孤児院を建ててくださいませんか? そうすれば、わたくしのような人間が少しでも減ると思いますので」
わたくしはもういちど深く頭を下げてから、また歩きはじめます。
今度はもう、振り返ることはいたしませんでした。
……いかがでしたでしょうか?
ちょっと長くなってしまいましたが、これでヘルパーのメイドのお仕事がどんなものかというのが、おわかりいただけたかと思います。
わたくしはずっと、ヘルパーのメイドでいるつもりです。
だって、このお仕事が大好きでございますから。
……どのくらい好きか、でございますか?
お別れしたばかりのその足で、さっそく次の職場へと向かうくらいには好きでしょうか。
「こめんくださいまし。『ラブバード・ヘルパー紹介所』から参りました、ミーテルと申します。……ごめんくださいまし!」
このお話はこれにて完結です!
しかしここから続きを書くかもしれませんので、続きが気になる方はブックマークをお願いいたします!
また「面白かった!」「ミーテルの活躍が気になる!」と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から評価をお願いいたします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つでも大変ありがたいです!
ブックマークもいただけると、さらなる執筆の励みとなりますので、どうかよろしくお願いいたします!