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01 すべてを手に入れた伯爵

 真の奴隷は王を刺さず。目の前で起こっていることを、ただ見ているだけなのです。


 ……申し遅れました、わたくしはミーテル。

 メイドをやっております。


 メイドといってもひと口にいろいろありまして、最高位の『ハウスキーパー』から最下位の『ステップガール』まで様々でございますよね。

 でもわたくしはそれらのどれでもない、『ヘルパー』なのでございます。


 ヘルパーというのは人手不足や繁忙期などに、一時的なお手伝いとして呼ばれるメイドのことです。

 メイドというのは家に仕えるものですが、ヘルパーだけはどの家にも仕えることができません。


 なぜかと申しますと、ヘルパーというのは孤児や罪人などの賤民(せんみん)が就く職業だからです。

 いわゆる、賤職(せんしょく)というものでございますね。


 その他にも、ヘルパーと普通のメイドには、いろいろな違いがあるのですが……。


 それは、実際に見ていただいたほうが早そうですね。

 いまちょうど、エナ王国のゼルネコン領にある、伯爵様のお屋敷にヘルパーとして尋ねているところでしたので。


「こめんくださいまし。『ラブバード・ヘルパー紹介所』から参りました、ミーテルと申します。……ごめんくださいまし!」


 門のところでご挨拶すると、門番の方が来てくださいました。

 わたくしはすでにメイド服姿でしたので、門番の方もすぐにわかってくださったようです。


 不審者と疑われることもなく、敷地のなかに通されます。

 伯爵様のお住まいだけあって、庭もお屋敷もとても立派な佇まいでした。

 3階建てのお屋敷の勝手口をノックし、まずはハウスキーパー、いわゆるメイド長にお目通りを願います。


 メイド長が教えてくださったのですが、このお屋敷の旦那様は、シューワイツ・ゼルネコン伯爵様。

 その名のとおり、このあたり一帯を治める領主様で、エナ王国の土木大臣でもあらせられます。


 シューワイツ様は来月に結婚式を控えており、その準備で使用人たちも大忙し。

 そのために、わたくしが呼ばれたようです。


 ひととおりご挨拶がすんだので、すぐに仕事をしようと思ったのですが、メイド長はわたくしを書斎へと案内しました。

 そこには見目麗しき殿方がおり、わたくしはひと目でこの方がシューワイツ様だとわかりました。


 年の頃は20代前半といったところでしょうか。

 サラサラの長い金髪に青い瞳、やさしい微笑みを浮かべる整った顔立ち。

 もう結婚式当日かと錯覚するような、豪奢なサーコートをお召しになっていらっしゃいました。


 ちょうど書類仕事をなさっていたのですが、そのお御手(みて)は水仕事も畑仕事も知らなそうなキレイさでございます。

 生まれたばかりの赤ちゃんのように真っ白で、黄金のペンと、色とりどりの指輪がその白さをよりいっそう引き立てておりました。


 わたくしは水を飲む鳥のように、深く頭を下げます。


「初めまして、シューワイツ様。『ラブバード・ヘルパー紹介所』から参りました、ミーテルと申します」


 シューワイツ様はメイド長を下がらせたあと、ふんぞりかえって書斎机の上に脚を投げ出しました。


「ふん、お前は道端に落ちているゴミクズの名前が気になるか?」


 多くの上流階級の方々は、わたくしのような賤民しかいない所では素の顔をだします。

 賤民は動物と同じという考えがあるからでしょう。たとえ裸を見られても気になさいません。


「お前のようなゴミを呼んだのは他でもない。仕事のついでに、僕のハニーたちを調べてほしいんだ」


「ハニーたちと申しますと?」


 それは、シューワイツ様の婚約相手であるクルーレ様と、クルーレ様の妹君であるブリーリ様のことでした。

 簡単な説明を受けたわたくしは、うやうやしく一礼を返します。


「かしこまりました。おふたりの身辺調査をすればよろしいのですね。でも、なぜでしょうか?」


「このゼルネコン家には、代々伝わる裏家訓がある。『女と民は愚かであるべきだ』と」


 大臣がこんなことを発言したことがわかったら、辞任レベルの大問題です。

 でもわたくしがここで見聞きしたことを触れ回っても、誰も信じてはくれないでしょう。


 なぜかと申しますと、賤民の言葉には価値はなく、法律的にも証拠能力が無いとされているからです。

 ですのでシューワイツ様も歯に衣着せぬどころか、歯に羽衣をまとったかのごとく本音を吐いておられました。


「女はなにも考えずに股を開き、民はなにも考えずに働く。それこそがよりよい社会を作るのだ」


 それは、あなたたち貴族だけに都合の良い社会なのでは……? と申し上げたくなりましたが、飲み込みます。

 かわりに、察したことを口に出しました。


「クルーレ様とブリーリ様が、バカかどうか……。いえ、シューワイツ様にふさわしいレディであるかを調べろとおっしゃるのですね」


「そうだ。お前にはわからんと思うが、僕らの結婚はなにかと厄介なんだ」


 それは知っています。

 貴族の『婚姻』というのは、結婚式で誓いの言葉を述べた時点で、魔法による強制力が働きます。


 法律的にも夫婦は運命共同体とみなされ、それまでの財産どころか、賞罰まで共有となります。

 たとえば夫が勲章を授かる際には妻も授かりますし、妻が罪を犯せば夫も罰せられるのです。


 もし離婚したくなった場合は、自分よりひとつ上の爵位の貴族、いわゆる上司の許可を得なくてはなりません。

 貴族社会においては、部下の離婚であっても出世にも影響しますので、上司もそう簡単には認めてくださらないのです。


 なお『婚約』のほうは強制力があるものではないので、上司の許可を得なくても破棄ができます。

 といっても、世間的に納得のいく理由は必要となりますが。


 そういう事情もあってか、結婚前に相手のことを調べる貴族の方は大勢いらっしゃいます。

 そしてこの手の調査こそが、ヘルパーと通常のメイドの業務においてのいちばんの違いだったりするのです。


 ヘルパーは一時雇用なので後腐れがありませんし、賤民ですからどんな醜聞を見つけられたところでノーダメージですからね。


 わたくしも過去に何度か調査を命じられたことがあるのですが、『結婚相手がバカかどうか調べろ』などというのは初めてのことです。

 しかしわたくしには断る権利はありませんので、「かしこまりました」と答えておきます。


「ハニーたちが愚かならばそれでいい。しかし少しでも賢かった場合はダメだ。知能を持った女は歳をとるとキツネになるからな」


 シューワイツ様は、「いちばんの理想は僕のママだな」と昔を思い出すようにおっしゃいました。


「パパが珍しいホワイトチョコレートだと言えば、石けんですら喜んで食べるような人だったよ」


「たとえ話にしては過激でございますね」


「たとえ話ではない。パパは嫌なことがあると、笑顔でママに石けんをプレゼントしていたよ。僕はそれを見て、陰で大笑いしていたものさ」


 シューワイツ様は遠くに向けたまなざしを、キツネのように吊り上げて笑っておられました。


「でもだいぶ前に死んじゃったから、僕の楽しみがひとつ減ったんだよね。だからこれからは、妻に食べてもらうんだ」

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