8-1
「真琴、真琴起きて」
怒っているような笑っているような、聞き慣れた頼もしい声がする。
卵焼きの香ばしい匂いが漂ってくる。たまらない。
「こら、起きなさい」
温かい手で肩を掴まれ、無理やり体を起こされた。
けれども、眩しくて目が開けられない。
「ほら、顔洗ってうがいして、さっさとこれ片付けて」
眩しい上にコンタクトもメガネもしていない私には、ぼんやりとしか見えないけれど、開きっぱなしのアルバムと、冷えたピザの残りのことを言ってることはすぐにわかった。
半分以上残したピザを冷凍庫に片付けると、ダイニングのテーブルには母と私の分の朝ごはんが並べられた。夜勤明けで疲れている母親に申し訳無いとは思いつつ、卵焼きと味噌汁が私を惹きつけて仕方がない。
「随分懐かしいもの見つけてきたね」
「アルバムのこと? なんか、なんとなく見てた」
何をどう説明したら良いかわからなくてぶっきらぼうに答えてしまう。それ以上、母は何も追求してこない。
「お母さん、猫のぬいぐるみ覚えてる?」
「覚えてる覚えてる。どこ行くにも何するにも、ずーっと連れて回ってたもんね」
そうだっけ、と口では言いながら、記憶が少しずつ蘇る。くたくたになったぬいぐるみ自体は、大学生になるときに捨ててしまった。
「お風呂にも一緒に入りたがってたからね、毎度困ったわ」
ネコのコッコ、だなんて安直だと負う。名付け親は父だ。
友達が少なくて両親も共働きの私が一人ぼっちじゃなかったのは、コッコのおかげだった。
最初は猫のぬいぐるみと一緒におままごとをしたり、お散歩をしたりしていただけだった。優しい猫のコッコは聞き上手なうえに、たくさんお喋りしてくれた。
しかし保育園とは違って、小学校にはぬいぐるみのコッコを連れていけないと大人たちに言われて、私はとても困った。
私が困っていると、コッコが自由に歩き回るようになっていた。
猫のぬいぐるみから完全に独立した存在になったコッコは、私の親友だった。
コッコは、私が悲しいときや寂しいときや困ったときに現れて、私が一番ほしい言葉をくれた。いつもそうやって私に勇気を与えてくれた。
コッコは私をずっと支えてくれていた。
私は、コッコのことが大好きだった。




