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冴えない才女とサウナと酒場  作者: 城築ゆう
35/51

5-4

 真琴がトルマリンで働き始めてすぐのころに偶然再会した同級生の彩とは、以来頻繁に連絡を取り合うようになっていて、その日は少し遅れた真琴の誕生日のお祝いを行うことになっていた。

「少し遅れたけど、真琴、お誕生日おめでとー!」

 梅田の高層ビルの中にある、ソファ席ばかりの洒落たレストランは、以前から彩が気になっていたお店なのだと言う。

 革張りのソファの座面は座ると沈み込むように柔らかく、トルマリンの酔っ払った客を座らせると、ベッドと間違えて眠ってしまいそうだな、と真琴は思った。

「これ、真琴に似合うから、絶対。大事に使ってよね」

 そう言って真琴にエルメスの紙袋を手渡す。中身は口紅だった。金と黒の本体に白い蓋の、シンプルなデザインが都会的で美しい。蓋を開けると、マットな質感の深い赤が覗く。 

「キレイな色! めちゃくちゃ嬉しい! ありがとうー!」

「それ使うときはチークはなしでオーケーだから。アイメイクも薄めで……ブラウンのシャドウとマスカラくらいで。あんたの場合は目尻にライン引いても良いかもね」

 彩のその日のメイクは、以前会ったときよりも随分ナチュラルで、素肌に近そうだと真琴は思った。

 かつて意地悪やひねくれたことばかり言っていた面影は多分に残しつつ、言葉の端々には思いやりや親身さが滲んでおり、大人になったものだなと思わず真琴は感慨深くなる。

「彩の言った通りだったよ。実感した。メイクすると強くなれるって」

「ああ、東京に元カレぶん殴りに行ったってやつ?」

 彩はニマニマと笑いながら真琴を茶化した。

「殴ってなんかないってば」

「真琴、押しに弱そうだし。キッパリ振ったの意外かも」

 彩の顔は笑みをたたえているが、口調は一転して落ち着いた様子だ。

「おかげさまで。顔面に一万円のシャドウやファンデ乗っかってると、この私を二番手みたいな扱いしてんじゃないわよ、って思えて」

 背筋を伸ばして張った胸をドンと叩き、誇らしげな様子の真琴に対して、彩は依然として笑顔だが、その顔はややうつむいて、目線が捉えがたい。

「へえ。真琴、偉いね……」

「彩、何かあったの?」

 真面目な顔で真琴が尋ねると、彩はぽつりぽつりと打ち明けた。

 妻子持ちの上司と付き合っていること。仕事のことで悩んでいるときに相談に乗ってもらったことがきっかけで頻繁に二人で会うようになり、いつしか彩は上司に惹かれていたこと。そんな気持ちを見透かされたのか誘われるまま『そういう関係』になってしまったこと。

 以前真琴と偶然出くわしたときには既に関係が始まっており、丁度その密会からの帰りだったのだそうだ。真琴は、なるほどだからあのときやけに口紅が美しかったのだなと思った。

 優しくて自分のことを理解してくれている上司相手に最初は舞い上がっていたものの、不倫という関係に疲れてしまった、好きな人なのに会うたびにつらい気持ちになるのだと彩は言う。

 真琴はソファに深く座り、腕を組んで黙って聞いていた。話し終わるまで口をはさむことはなかったが、時折何んんだり解いたりしながらひとしきり話し終わった彩は、俯いていた顔を上げて、真琴の胸元に組まれた腕に目をやった。

「引いたよね?ごめん、変な話して」

 忘れて、と付け加えると同時に、今度は真琴が口を開いた。

「引くとかはないけど、そういう次元の話じゃなくてね。その男の奥さんから訴えられたらさあ、彩、何百万もの慰謝料払うことになるんだよ? そんなリスクを冒してまで付き合う価値ある男なの? 妻子を持った状態で近づいてくる男が、彩のこと大事にしてるだなんて、本気で思ってるの?」

「わかっ……ててもどうにもなんないじゃん、そんなの。私は真琴みたいに賢くないから、ちゃんとできない。好きになっちゃったんだもん」

 子どもみたいな口調で、泣きそうな大人の顔をして言うものだから、真琴は一瞬どきりとした。

「どうしようもない男を好きになちゃう気持ちはわかる。多分。理解してる、つもり……。けど、ごめん、彩の若くて綺麗な時間を、一分でもそんな馬鹿男に好き放題されるのが許せない。しかも慰謝料だとかなんだとかって話になったときに、一番馬鹿を見るのは彩なんだよ?」

 真琴は組んでいた腕を解いてテーブルの上に置いて、諭すような口調で話した。彩は、おしぼりを強く握っている。

「まあ、そう、そうだね。ごめん、ほっといてほしい」

「いや、ほっといてほしいって……」

「ごめん、ほんと」

 おしぼりは丁寧に畳み直されテーブルの上に置かれた。

 しかし手持ち無沙汰になった彩の手は、右手が左手首を掴んで強く、爪痕が残らんとしている。

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