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今から一つの関係をぶち壊しに行くというのに、気分は晴れ晴れとして、清々しい。
私たちは、温泉から上がったあとも一晩中スーパー銭湯の漫画コーナーで漫画を読んだり、ゴロゴロしたり、ウトウトしたりして過ごした。お酒はすっかり抜けて、涙も引っ込み、オールのテンションで気分は最高潮に達している。
あいつの部屋番号をインターホンに打ち込む。呼び鈴が鳴る間、コッコはファイティングポーズを取り、「泣くのと殴るのはだめだからね」と言う。
今にも殴りそうな格好で言うことじゃないなと、思わず吹き出してしまう。
「真琴……おかえり……」
呼び鈴の音が止み、代わりに間抜けな声で迎えられる。私は返事せず、開いたオートロックの扉をそそくさとあけてマンション内に入る。
彼の部屋がある四階まで、階段で上がる。一段ずつ上がるごとに思い出す色々なことを、五年後、十年後には何もかも忘れられていますように。
玄関のチャイムを鳴らすまでもなく、赤い目をした彼がドアを開けて待っていた。
「あの……心配したよ……その……おかえり……」
どもったり言い淀んだりが、人よりも多い人だ。多分、嘘にはならない言葉を慎重に選び取るためのタイムラグなのだと、今になって思う。
「私になにか、言ってないこと、言いたいことはない?」
目の前の男は俯き、目線も地面に固定されたみたいに動かなくなって、口も開く気配がなかった。嘘がつけない嘘まみれの人間は、窮地に立たされると石になるんだなあと思わず感心してしまう。
何分間かの石化を経て、ようやく彼は口を開いた。
「携帯……見たよね…………」
「見たよ。なんか文句ある?失恋ゾンビくん」
自分で言って思わず吹きそうになってしまう。勝手に人の携帯を見てここまで開き直るなんて、相手がこの男でなければどうなってただろう。その一点だけは、付き合っていた相手がこの人で良かったと思う。
「良い……良いんだけど……」
「まあ、良くはないよね?」
石の肩がピクリと動く。
「千冬さんに振られたから私とヨリ戻したかったんだね。めちゃくちゃ人のことバカにしてる自覚、ある?」
「そういうつもりじゃ……」
「いやそっちにそういうつもりなくても、こっちにはそういうことなんだわ」
石はようやく私の目を見た。そしてまたそのまま固まってしまった。これじゃまるで私はメドゥーサだ。
「ごめん、で、でも、僕には真琴が必要だっていうのは嘘、じゃないんだよ、そういうつもりじゃないんだって」
泥沼になって、もう少しすればまともな受け答えができなくなるのは目に見えていた。不毛なやり取りをさっさと終わらせて大阪に帰りたい。
「荷物まとめるね。私にはもうあんたは必要ないので」
部屋の中は昨日と物の位置がほとんど変わっていないように見えた。何時に起きて、何を思ったんだろう。
さぞ焦ったであろうことを考えると少し爽快で、そう感じる自分がかなり不愉快だった。
私の服が、男の服と一緒に畳んで積まれている。ついさっきまでは現実的に考えていた、今となっては跡形もなく消え失せたその選択肢を潰すように、自分の服を強引に引き抜く。




