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冴えない才女とサウナと酒場  作者: 城築ゆう
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2-3

 銭湯でコッコの姿を見失い、そういえばサウナに入りたがっていたなと思い出してタワーサウナの扉を開けた。足を踏み入れた瞬間から、肌に刺激を感じる。熱い。

 三段あるうちの一番下段に、外で一枚拝借した備え付けのサウナマットを敷いて腰を下ろした。

 十二分計の短針が九、長針が六を指しているのを頭に入れ、目をつむった。テレビはない。サウナヒーターの稼働音のせいで余計に熱く感じる。

 うっかり地肌が室内の木材部分に触れると火傷してしまいそうになるので、段差を背もたれにすることもできないし、地面に敷かれたタオルからはみ出してしまわないように用心しなくてはいけない。

 鼻でまともに呼吸すると、鼻の奥が焼けそうになる。持っていたタオルで顔を覆い、鼻が燃えるのを阻止した。実際に燃えるわけはないが、本当に燃えてしまいそうなほどに熱い。

 徐々に汗が滲み出てきた。あんなに熱かったのに、今になってようやく汗がでるのか、と驚いた。汗の出し方をようやく思い出したみたいだ。

 汗が全身をくまなく覆い、肌の上で水滴が無数の筋を描くように滑りはじめたとき、十二分計の短針は三、長針は十二を指していた。五分半我慢できたらしい。

 私は、大袈裟でなく命からがらサウナを出た。使っていたサウナマットをシャワーで流し、それから全身の汗も流した。ぬるめのお湯が心地良い。

 次は水風呂。桶で水を汲み、体の末端からかけて冷水に慣らす。足、腕、腹、最後に胸。胴体に水がかかる度、思わずハアアと、声にならない叫びが漏れた。背中にも何度か水をかけておく。最後に顔にも水をかけ、覚悟を決めて水風呂に全身を沈めた。

 肌がきゅ、となり体の表面積が縮んだような気がした。その一方で、心臓が普段の倍のサイズに広がったのではと錯覚するほど強く鼓動を感じる。

 じっとしていれば体温で肌の周りの水がわずかに温かくなったが、それでも一分と耐えられず、心の中で三十秒数え終わった瞬間に、水風呂を出た。

 ガラガラと重ための扉を開いて露天風呂ゾーンに出た。リクライニングチェアが三台並んでいる。外の空気の中で体を休める、いわゆる外気浴をするための場所。私は、一番奥のリクライニングチェアにかけ湯をし、体を横たえた。

 極端な熱さと冷たさから解放されたニュートラルな状態が心地良い。心臓だけが、余韻を残すようにやや早く鼓動している。

 ぼんやりと空を眺めると、月の近くで金星が強く輝いている。明るい三日月と金星の並びがまるでアクセサリーみたいだ、と思った途端、ふとティファニーの水色が頭をよぎって鬱陶しい。

 邪念を振り払うため、私はもう一度灼熱のサウナに足を踏み入れた。

 次はさっきよりも一つ上の段に腰かける。

 先ほど私がいた場所には、常連らしき女性が座っている。年齢は恐らく母親と同じくらい。備えつけのものではない、私物らしきオレンジのサウナマットを使っている。サウナの裸の状態でそう思うのはおかしいかもしれないけれど、マダムと呼ぶに相応しいような、上品な女性だ。

 私が後から入ったのだし、マダムが出るまでは少なくとも我慢しておこう、と思ったが、マダムは見かけによらず手強かった。五分、六分経ってもマダムはいた。肩を回したり首を揉んだりして、灼熱の室内で一人リラックスモードだった。

 私はふと、小学生の頃に公園で転倒し、膝をひどくすりむいたときの母の様子を思い出した。母は看護師なので血の対処についてはプロだ。娘がお気に入りのスニーカーを血で汚すほどの怪我をしているのに、「顔からいかなくてよかったねえ、運動神経良いわ、さすがあたしの子」などとのんきに言いながら、てきぱきと処置をしてくれたのだった。

 あの時は、一生傷が残るかもしれないと思うほど広範囲、かつ擦り傷にしてはかなり深くえぐれた状態で、不安と痛みで落ち込んだものだが、今やいつ傷跡が消えたのかすら記憶にない。

 母もマダムも、色々と抱えて生きているはずなのに、どうしてあんなに、こんなに、マイペースで生きていられるのだろう。私もそうなりたい。

 そんなことを考えていると、あっという間に十分が過ぎていた。さっきの倍の時間耐えた。

 しかしマダムはまだ出る気配がない。次は体側を伸ばすストレッチをしている。自分で始めた我慢比べだけど、もうこれ以上はマダムに付き合いきれない。


 先ほどと同じ流れで汗を流し、体を冷水に慣らし、水風呂に浸かった。

 その瞬間、先ほどのマダムがサウナから出てきた。マダムはシャワーを浴びてから、水風呂の水を桶一杯に入れて豪快に頭からかぶり、躊躇なく水風呂に飛び込んできた。実際には飛び込んできてなどいないのだが、私のおっかなびっくりと比べればほとんど飛び込むような勢いだった。

 私は、もうマダムのペースには飲まれまいと決め、心のなかで九十秒を数えた。

 しかしマダムは私の決意を知るわけもなく、一分も経たないうちにさっさと上がって行ってしまった。

 向かう先は同じだったようで、リクライニングチェアのうちの一台には、すでにマダムが寝そべっていた。体の前面をフェイスタオルで覆い隠し、満足気に虚空を見つめている。

 マダムの席から一つあけたところのリクライニングチェアに私も寝そべり、目を瞑った。

 その瞬間、動かないはずの背もたれがどんどん後ろに傾いていくような感覚に襲われる。

 椅子に座っているだけなのに、体が宙を縦横無尽に舞うような、得も言われぬ感覚。明らかに錯覚だが、その感覚は、現実を超えて現実味を帯びていた。

 自分の体の感覚が、周りの空間と一体になるような、今まで味わったことはないはずなのに何やら懐かしいような奇妙な感じだ。

 冷静なうちは、これが「ととのう」というやつかと感心していたが、やがてそんな感想すらも脳内から消え失せた。

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