無能王子は連れて行けない!?~回復要員無しの魔王戦とか死にたいの?~
ボス戦で一番置いてっちゃダメなのは回復要因だよねと思って書いた話し。
「足手まといのあなたのお守りはここまでだって、言ってるんですよ」
黒髪短髪の筋肉もりもりの勇者が、搾り出すように言った。
身長二メートルはあるので圧迫感を感じるが、その動きは戦闘以外はのっそりとしているので、いつもは巨大なぬいぐるみが動いているかのように感じる。
表情も本来は温和で人の良い笑顔をうかべているのだが、今日は口元を引き絞り硬い表情をしていた。
「王の命令はあなたを魔王討伐に連れて行けという内容です、魔王城のここまでついてくれば命令に反したことにはならない。決戦の場で全てが終わるまで、大人しくしていてください」
その隣に立つのは、青髪の長身の女性だ。
黒いローブをはおり髑髏の杖を持つ、見るからに魔導師といった装いの女性は魔導師の上位職の黒魔導師であり攻撃魔術に長けている。
理知的な喋り方に反して仲間思いであり、その細やかな気遣いからこのパーティの母親的存在であった。
料理は下手だが。
そんな彼女もまた、唇をかみ締めて怖い顔をしてた。
「まあおんぶに抱っこでここまで来たんだ、魔王討伐のような栄誉は我々だけに譲ってくださいよ、王子様」
全身を漆黒のフルプレートで囲った大盾を持つ男が朗らかに笑った、勇者に並び立つ巨躯の男は守護戦士、この場面でもいつもどおりのようだ。
「皆さんの言うとおり、ここはこの結界の中でのんびり待っていましょう、王子」
結界の内側、俺の隣に座る軽装備の女性は、ピンク色のポニーテールを軽やかにゆらした。
そのさいに上部の胸襟に乗ったものが必要以上に揺れる。
軽装と言っても薄い帷子はミスリルで編んでおり防御性は高い、職業は斥候で罠や宝箱の解除、また投擲と言った戦闘補助能力に秀でている。
対魔王戦に彼女も外されたのは、その攻撃では魔王にダメージを与えられないと思ったからか。
もしくは自分たちが倒された時に、俺を城に送り届けるためか。
「待ってくれ!、お前ら本当に俺を連れて行かなくて後悔しないのか!?」
俺の言葉に三人とも少し悲しそうな顔をする。
「確かに王子の王としての覇気というか、君に肩を叩かれるといつも以上に頑張れてきた、だけど魔王戦はそれぐらいでどうにかなるような甘いもんじゃない、君を守りながら戦うことは出来ない」
「バっ違う!それはオレが……回復魔法を使ってたからだよ!」
勇者も黒魔導師も守護戦士も、聞き分けのない子供を見るような顔でこちらを見て、それ以上何も言わずに俺達に背を向けて走って行った。
結界魔法で魔物のいない一室に俺と斥候を置き去りにして、自分達だけで魔王討伐の使命を果たすために。
「これで良かったんですよ王子、私たちを守りながらでは彼らも本来の力を発揮できません」
その場で立ち尽くす俺に、斥候は近づいてきてその柔らかい胸を押し付け抱きしめる。
なんでもないように言いながらその体は小刻みに震えていた、いつもニコニコひょうひょうとしているのに、一緒に戦い続けてきた仲間が死地に向かって言ったことには思うところがあるらしい。
「…………お前もなんだが、本当に本当に本当に俺がただの無能王子だと思っているのか?」
結界のせいですぐに追えないことに歯噛みしながら、聞いてみる。
「頭が良いとは思ってますよ、この旅で幾度となくあなた様に助けられたことはみんなもわかってます、先ほどの皆さんの言葉は、置いていく私たちに気兼ねさせないためで、もっと言えば殉死の可能性が高いから……」
「ただの無能王子を魔王討伐に無理やり王が捻じ込んだと思っているのか?、世界の命運が掛かっているんだぞ?」
「王子がいたから様々な場所で恩恵を受けたり優遇されました、王子の顔が知れ渡っているおかげで援助も滞りなく各地でいただけましたし、この旅が円滑に進んだのも陰日なたで支えてくださる多く方々の大きなサポートがあればこそ、戦いや工作のエキスパートの我々だけではなしえないことで……」
「そういんじゃなくてだな!、ほっ本当に誰一人気づいてないのか!?もういい、信じてくれないなら実践してみるほうが早い!」
いつまでもくっついてやわらかい胸をぐいぐい押し付けいる斥候の体をはがし、腰元に下げている短剣を抜いて自分の指先を切りつけた。
何をしているのかと止めようとしてくる斥候の目の前で、その血が溢れ出た指先を掲げて。
軌跡の力を発動する。
「コレが、俺が英雄たちの旅に捻じ込まれた理由だ」
「えっえっまさか!本当に!?」
魔王が現れるまではこの世界にありふれた力だったそれ。
魔王が現れてから世界中から奪われてしまったそれ。
これこそ敬虔なる神のしもべが与えられた奇跡の力、回復魔法だ。
「魔王が現れて、神のしもべたる回復魔法の使い手は呪われて全員死んだはずじゃ!?」
「王族が神の血をひくってのが眉唾じゃなかったってことなのかもな、神のしもべは呪い殺せても、神の血をひく者を呪い殺す事は出来ないとか。まあ別の理由があるのかもしれないが、城が知りえる中で回復魔法の使い手の生き残りは俺一人」
力いっぱい結界魔法を殴った、あとどれくらいこの魔法は持つのだろう?。
俺が追いつくまであいつ等は何人死ぬんだ?。
「だから捻りこんだんだよ、世界の最後の希望の戦いに」
「なんで!言ってくださらなかったんですか!」
怒鳴ってくる斥候に、こちらも負けずに怒鳴り返す。
「どこで、誰が聞いているか分からなかったからだよ!、魔王教のやつらはどこにでもいるし、それにもしその力が俺にあると分かれば、お前らもそういう戦い方をするだろう?、何かしらの要因で魔王に気づかれて集中的に狙われれば俺なんてすぐに死ぬ!、回復魔法が使えるだけでガチの戦闘訓練なんてほとんどしたことなかったんだ!、隠すだろそりゃ!」
オレの隣で斥候も結界を叩き始めた、そんなんで結界魔法の効果が縮まることはないが、気持ちを落ち着けるための気休めである。
「王子に肩を叩かれて言葉で労われ、私たちが何度も立ち上がることが出来たのも!?」
「オレの王としての覇気のお陰だと思われた時は、こいつら頭おかしいんじゃないかと思ったぞ!」
「王子が回復魔法の使い手だって思いませんし!そもそも回復魔法の使い手が生きてるなんて思いませんし!、それに、傷口が消えたことはありませんでしたよ?」
「表面を治したらわかりやすすぎだろう?、だから治す時は触って体内の傷を治していた、体内の臓器の損傷や表面以外の切り傷、打ち身に毒に疲労、大方戦闘中だったから緊張で痛みが麻痺してて、回復したのに気がつかなかったんだろう」
「王子に肩を叩かれて声をかけられるとドキンッとしてまだまだ頑張れる、これが王としての力!ってみんな褒めて感心してたのに!」
「お前らほんっっとバカだよな!」
そして体感十分後に結界は解けた。
俺と斥候は全力で前に進み、決戦の場所へ向かう。
道中で打ち漏らしか何匹かの魔物に遭遇したが、全て斥候が片付けてくれた。
いつもより強い気がして不思議に思うと、多少の怪我を心配しなくて良いと攻撃効率が変るのだと話してくれた。
果たして、魔王城で一番豪華だっただろうと思われるほとんど廃墟と可している場で。
血まみれの地面の上、横たわった一人の男を胸に女性が泣いていた。
――すでに全てが終わった後だった。
勇者を抱いている黒魔導師の彼女自身も酷い怪我を負っているが、守護騎士の両腕は千切り飛んでおり、勇者にいたっては近距離で強い爆発でもあったのか、全身のいたるところが未だに燃えている。
そして肝心の魔王は、勇者と同じように――いやそれ以上の酷い燃え方で断末魔をあげていた。
黒魔導師と守護騎士が活路を開き、勇者が自爆特攻。
作戦も何もないがこれ以上の策はなかったのだろう。
魔王は世界中の神のしもべを呪い殺すのにそうとう無理をしたという話しだが、それでも膨大な魔力を有する存在だ、半端な攻撃でどうこうできる相手ではない。
そんなことをつらつら考えながら、一番近くで転がっていた守護騎士、黒魔導師、勇者の順番で手早くその体に触れていく。
勇者を最後にしたのは、一番怪我が酷く治すのに時間が掛かると思ったからだ。
「ああ黒魔導師、君が生きていてくれて嬉しい愛してるんだ。俺みたいに顔のかっこよくない勇者からの好意なんて願い下げだろうけど、今なら言える。君は生きて幸せになってくれ」
「勇者勇者、私もあなたのことが好きだったの、いつも仲間のことを思って無理して助けて、王子が歩き疲れたからとおんぶして歩く後ろ姿が、ずっとずっと好きだった」
「王子には酷いことを言った、でも出来たらオレの弁解はしないでくれ、嫌な奴が逝ったと彼にはそう思って欲しい……」
「勇者!」
黒魔導師が勇者に抱きついてキスをした。
オレは黒魔導師の肩を軽く触って治し、勇者にすがりつく黒魔導師の邪魔をしないように勇者の足を触って、勇者も回復させる。
それでも彼らは気づかない。
こちらに気づかないままで、めちゃくちゃ盛り上がっているので、俺と斥候と傷を回復した守護戦士はそれを横目で見ていた。
「っ本当に回復魔法使えたんだな、なんで回復魔法の使い手なのに生きてるんですか?っていうか決戦前に教えてくださいよ、そしたら絶対置いていかなかったのに」
生えてきた腕をにぐるんぐるんまわしながら、守護騎士が愚痴ってくる。
「俺が生きてた結果お前も勇者も生きてるんだからよかっただろ?、それにさっき言ったけどめっちゃ信じなかったじゃねーか!!結界魔法に閉じ込めて置いてくし!この薄情者!」
「あの状況じゃ誰でもそうしますって、でもその薄情者を追いかけてきてくれてありがとうございます、王子が来てくれなきゃ完全に俺も勇者も死んじまってました」
気持ちが良いくらい勢いよく頭を下げられて、思わず笑ってしまう。
「間に合ってよかったよ、こっちこそ生きててくれてありがとう」
「王子は相変わらずめっちゃイケメンですね、俺が女だったら一発で惚れてしまいそう、顔面偏差値勇者に分けてあげたらどうですか?」
「分けてやらなくても良いだろう、黒魔導師にもててるんだから」
黒魔導師と勇者は今生の別れを惜しむように、何度も口付けを交わしている。
もう治っていることいい加減に気がついて欲しい。
「あーあーあーそういうことっすか、王子失恋ですねお可哀想に」
俺が口を尖らせたのを誤解したのか、守護騎士が揶揄って来る。
「ちっちがう!なんか勘違いしているだろうお前」
「その失恋の傷口は私が塞ぐので大丈夫ですよ~」
そこを斥候がここぞとばかりに茶化してくる、お前らなんかうざいぞ。
そうしている内に魔王の断末魔も消え去って姿も燃え尽きて、世界に清浄な力が戻ってきたのを感じる。
また回復魔法の使い手は生まれるだろう、魔王の討伐を察した教会も回復魔法を覚える前だったために難を逃れた見習いの子供達に回復魔法を教育する準備は整っているはずだ。
ただ魔王を退治しても、魔王が現れたことによって増えた魔物の数がすぐに減るわけではない、回復魔法の使い手の育成が行われてもすぐに活躍できるわけもなく、世界はまだしばらくつらい時代を超えなくてはならないだろう。
「守護騎士はこれからどうするつもりだ?、皆で一度城に戻るのは確定だが」
「それでお話しなんですが、このパーティーってもうしばらく続けるのは難しいんですか?、各地の強力な魔物だけでもオレ達が倒して回ったほうが被害が少なくなると思うんですけど」
「城に一度戻ってからだと難しいな、一応オレは回復魔法の使い手である前に一国の王子だ、魔王がいなくなった今ほいほい出歩くのはまずい。
だから魔物を退治して回るなら、城に戻る前に各地に魔王を倒したという報告がてらが良いだろう。みなの助けがあったから魔王を打てたと凱旋を行いつつ各地の強い魔物を間引いていけば良い」
「さっすが王子!その案で行きましょう」
「私もかまいませんよ、ですから守護騎士そろそろあのバカップルにつっこんできてください」
お互いの体を抱きしめあっているのにまだ正気に戻っていない勇者と黒魔導師のバカップルは、守護騎士の強烈な拳骨により我に返ることになる。
守護騎士の千切れていた両腕が健在なことに目をしばたたかせ、それから黒魔導師と勇者自身の体が治っていることを確認して。
ようやく現実とオレ達が目の前に居ることを気づき、守護騎士と同じように二人して大きく頭を下げてきた。
それからのことは特筆すべきことはない。
守護騎士と話していたように、それまで立ち寄った村や町や国に赴き、各地の強い魔物を間引いて行った。
凱旋パレードのおまけみたいなもんだ。
行く先々で人々はオレ達に歓声をあげ、口々に褒め称えながら感謝の言葉を口にした。
その道中、勇者の故郷で勇者と黒魔導師が結婚式を挙げたり、それに感化されたのか守護騎士が昔馴染みの女性にプロポーズしたり。
魔王との戦いで勇者と黒魔導師と守護騎士のレベルが上がっていたのか、凱旋の旅は、魔王討伐の旅の時とは違い、苦戦することもほとんどなく楽しいと呼べるものだった。
自惚れを言えば、俺が回復魔法を隠す必要がなくなり、堂々と使うようになったのも要因だろう。
誇らしくも楽しい凱旋の旅は、それでも終わりを迎える。
出発の城に近づくにつれ、みんなの口は重くなり道中の足も鈍る。
そうして城へつくのが明日になった、最後の野営の日。
「あの時は本当にすまなかった」
勇者が俺に謝った。
「いやあれからなんども謝ってもらってるし、別にもう良いって言っただろ」
俺が軽く流そうとすると、勇者は真顔で顔を横に振る。
「けれど今から思うとなんども王子の力に気づく機会はあっただろうに、それを見逃して足手まといなどと」
もうすぐお別れだ、旅の仲間といえどもそう簡単に会えなくなる。
それを感じてか後悔をしないようにと勇者は言葉を選んでいるようだった。
「黒魔導師と結婚出来たのも、王子がオレ達を助けてくれたからだ」
「それまで何の力もなくて足手まといだと思っていた俺を、王の頼みだからと守って戦い続けてきたのはお前達だろう?、正直言えば俺もこの力を最後まで隠しとおせるなんて思ってみなかった、もっとはやく無能は出て行けといわれると思っていた。そうしたら能力のことをばらさなくてはいけなくなって、どこかでその情報は魔王にもれていただろう、きっと俺も生きていなかった、生き残りの回復魔法の使い手なんて魔王にとっては一番に排除するべき相手だからな」
旅を思い出す、満天の星空の下で道中にわがままを言ったある日のことを。
いつの間にか、勇者と俺の会話にみんなも混ざっていた。
「寝られないから、野営中にベットになれと言った日もあったな」
「思えば日中に、毒を受けた日の夜でしたね」
「次の村に向かう途中に背負えと言った」
「怪我していたお腹がなぜか痛くなくなっていた、思ったほど深くなくて自然に治ったのだと思っていた」
「広い部屋で雑魚寝が良いと騒いだり」
「大きな戦いを終え、皆が傷ついた後のことでしたねーー暖かくて、あれは理由がなくても安らぎました」
「突然温泉に行こうと騒いだり」
「決戦直前で、このバカ王子って俺は言っちゃいましたねーーでも、隠していた傷がいつの間にか癒えていた。王家の秘湯かと納得してました」
「本当に誰一人として気づいてないなんて思ってなかった、だって理由なくこんな魔王討伐の最中にわがままを平然と言う王子なんて、置いて行かれたり放置されて当然だろう、誰も彼もがバカみたいに人が良くてお人よしで、きっとだから不可能なことも成し遂げられた」
感慨深い、旅の始まりも道中も決戦で置き去りにされたことさえ、過ぎてみればあっという間だった。
「俺が生き残れたのも魔王討伐が成功したのも皆のおかげだ、今までずっとありがとう、できたらこれからもオレのよき友でいてくれたら嬉しい」
気づくと夜空の下で皆が泣いていた、俺もいつの間にか泣いていた。
置いていかれた時は絶望した、命をかけてでも守りたいと思った仲間たちが死んでしまうかと、決戦のために秘匿していたのに、秘匿したせいで置いていかれるなんてもっと早くに力を打ち明けていればと。
世界が闇で包まれていることよりも、一緒に旅した仲間が死ぬのが怖かった。
この力を持っているのに、大切な人達の命を守れないのが怖かった。
だから嬉しくて泣いていた、誰一人としてかけることなく戻ってこれて本当に良かった。
一晩オレ達は焚き火に照らされながら尽きることがない話をした。
あの戦いはどうだった今だったらこう戦う、オレと斥候がつく前までの魔王戦での出来事や、魔王の話した内容など。
そうして短い一夜が明けて、俺達は城に帰ってきた。
城ではパレードが開かれ出来うる限りの宴が催された。
宴の席では魔王討伐のさいの話しを何度もせがまれた。
といっても俺と斥候が結界魔法で置いてけぼりにされた話しは世間には内緒だ。
回復要因として俺は後ろで完全に下がっていて、斥候はその俺の護衛で戦闘が終わるまで何も手出しが出来なかった、という話しにしておいた。
本当のことを語るのは、無能王子は連れて行けない!?回復要員無しの魔王戦とか死にたいのかな?とか、いつもの面子で酒飲む時の鉄板の笑い話としてだけで十分だろ?。
何だかんだで、数年後王子と斥候はくっつきます。