物音
「何て言うか…………レトロだね」
友人の明理は部屋に入るなりそう呟いた。
「えー、でも築20年ぐらいだよ。成人したて」
「人間ならねえ」
長い夏休みに入り、明理が初めて泊まりに来た。
「手伝おうか?」
「ううん、お客様はテレビでも観てて。おもてなしするからね」
「分かった、期待してます」
クスクスと明理が笑う。美紗が台所で一つだけのコンロにフライパンを据え付け、まな板を置いた時だった。右側で床を白いものが横切っていった。
ネズミだったらどうしよう。
屈むと急いで先にある居間を見るが、何もいない。強いて言うなら、友人が天井を見上げているだけだ。
スマホ見すぎて疲れ目かな。これが初めてではない、こんなことは何度かあった。あの時も気のせいだった。そう切り換えていたら明理がこちらへ向いた。
「ここ、結構上の人の足音とか聴こえるね」
「天井薄そうでしょ」
二階建てのアパート。真上の部屋には入居した直後に挨拶に行ったが、中年女性が住んでいるはずだ。痩せた陰気な人で、こちらが声を掛けても返事はしなくて小さくお辞儀をするだけだった。
狭い間取りだろうに家族で住んでいるのか、耳を済ますとパタパタと複数が走り回るような足音が響いてくる。夜も聴こえるので、初めの頃は眠れなくて抗議に行こうと思ったほどだ。だが慣れると気にならなくなった。
しばらく耳をそばだてていた明理だが、怪訝そうに首を傾けた。
「何か……………上というよりは天井で音がしてる」
「ええ?気持ち悪いこと言わないでよ」
「うーん、ネズミかもよ?」
それは地味に怖い。やはりさっきのもネズミだったのだろうか。
二人が眠っていても時折思い出したように足音が聴こえた。いつものことだ。
「あんまり酷いようなら大家さんに言ったら?ネズミだったら家かじられてるから」
「うん、そうだね」
欠伸をしながら美紗は頷いた。あまり気に止めてなかったが注意した方がいいようだ。
「あと問題点あったら、よく調べてまとめて相談したほうがいいよ。こっちは家賃払ってんだし」
「問題点?」
「蛍光灯も点いたり消えたり、さっきは隣から壁叩く音がしたよ」
「そうなの?」
壁を叩く音は知らなかった。
明理は隣に横になる美紗を呆れて見ていた。
「みさっち、ちょっと鈍感だわ」
「はは」
「キャハハ」
二人は思わず顔を見合わせた。美紗の笑い声に混じって違う者の笑い声が聴こえた。それはまだ続いている。
「キャハハハハハ」
上からだ。大きな声ではないが、二人が黙ると確かに聞き取れるぐらいの女の高い笑い声。
「………………ネズミじゃないみたい」
やはり上の階の人達が立てる物音だったようだ。何がおかしいのか女の笑い声はなかなか止まなかった。