気のせい
こんなことはないだろうか?
一人でいるのに視線を感じる。
目の端に何かが横切ったのが見えた。
無くしたと思った物が、全く違う所から出てきた。
部屋が軋むような音。
虫の鳴き声に混じって聴こえる誰かの話し声。
気のせいかもしれない。
でも、それが本当は気のせいではなかったら?
美紗は今年から一人でアパートで暮らしている。大学進学の為、他県にやって来た。慣れない土地で戸惑いはあったが、厳しい父の小言から離れて自由を謳歌していた。大学では関心のある分野を学び、友人もできた。アルバイトも楽しくて不満はない。
唯一つを除いては。
夜の10時を過ぎた頃。美紗はいつものように近くのファミレスのバイトを終えてアパート一階の自分の部屋の扉の鍵を開けようとしていた。
ガジッ
鍵穴に何かが詰まったような抵抗感を感じるのはいつものことだ。家賃が安い分、アパートも古い。
キイイ
扉は錆び付いた音を立てる。真っ暗な部屋、ひやりとした冷気が奥から漂う。周りを大きな家で囲まれているので日が差さないせいで夏でもそんな冷たさを感じる。
電気を点けると、一度明滅してゆっくりと明るくなった。
「うん?」
小さくピピーピピーという音がする。台所を見れば冷蔵庫が拳一個分程開いている。
「え、またあ?」
最近うっかりし過ぎだ。またしっかり閉めてなかったらしい。これで十回目だ。中は生鮮食品はあまりないのが救いだったが、こう忘れっぽくては情けなくなってくる。今度はきっちりと閉め直す。
バイトのついでに店で買ってきた弁当を出し、美紗はテレビを付けた。
お笑い番組を見ながら弁当を食べていたら、傍らのスマホに友人からのLINEが届く。
『バイトお疲れ!明日、土居先生の講座のノート貸してくれない?』
美紗が返事を送った時、ふと静かなことに気付いて顔を上げた。
なぜかテレビが消えていた。
「あー、テレビ調子悪いなあ」
乱暴にリモコンをいじると、またテレビは付いたが
ニュース番組に切り替わっていた。
溜め息をつくと、再びスマホに視線を落とした。
それが彼女の『日常』だった。