カトルという人間
今回はカトル視点です。
その少女は黒檀の様な黒髪、雪の様な透き通った肌を持つ美少女だったが俺が何よりも美しいと思ったのは、傷ついたシーフフォックスに向ける慈悲深い瞳、密猟に怒る強い意志を持つ瞳、魔法動物に向ける好奇心の籠もった輝く瞳だ。
シーフフォックスの件に関わらずとも、彼女…ランには接触するつもりだった、むしろシーフフォックスというつかみがあって好都合だと思った。
ランに接触しようとした理由はまず、彼女とその育ての親はこの国でも珍しい魔法動物の医者、獣医であるという事、二つ目に曲がった事を好まないという事、そういう人間は利用しやすい、心に訴えれば良いからね。三つ目に高い教養を持つという事だ、どの国でも高い教育を受けられるのは貴族か、それなりに儲けている商人の子女くらいで読み書き、ましてや法律の知識や高度な計算などただの平民に出来る事ではない、だがランには出来るらしい、学園に通っていたという記録は無いので彼女がばっちゃんと呼ぶ老婆から教わったのだろう。
俺はそんな特殊技能を持ち汎用性も高く、利用もし易い駒として彼女を自分と自分の大切なものを守るために利用しその後切り捨てるつもりだったが気が変わった、今は彼女を、今追っている事件やその他の面倒ごとに巻き込むつもりはない。
何故気が変わったのかは自分の事ながら判らない、とにかく自分が彼女を危険に晒す事を好ましく思わない、それだけだ。
自分で言うのもなんだが、俺は人より優れた容姿をしているし、学問も剣術も、芸術も、魔法でさえ大抵の事は難なくこなせた。そのせいだろうか?俺は女性に、時には男性にも幼少から着き纏われ人間というものに嫌気がさしていた、無口な幼馴染みのゼクトと家族以外の人間の前に出る事を嫌い、病弱だと言うことにして社会の表舞台から姿を消した。
それから何年経っただろうか昔自分を執拗に追っていた奴らが俺を忘れた頃から俺は自分と家族の為、商人の息子カトルとして活動している、大切な家族の為使える物は何でも、容姿も才能も使い、人が求める姿を演じ、人を欺き、仮面を被って暮らしてきた。
大抵の人間は俺が甘く囁いたり、手を取ったりすれば男女問わずいう事を聞いたので簡単に利用出来た。
(念のために言っておくが俺は男色家ではない)
その様に利用した奴らは俺の容姿や演技に騙されたが、ランは違った、ただ興味が無いだけかも知れないが、俺の容姿や演技に騙されず寧ろ怪しんでいて、俺が触れるのも嫌っている様だったが俺は何だか嬉しかった、決して冷たい反応に悦を覚えた訳じゃ無い、無いったら無い、ランが人を、俺を見た目だけで判断せずに言動を見て判断しているのが嬉しかったのだろう。
まぁその為最初はとても警戒されていたのだが…
シーフフォックスの件の後お礼と言って翌日会う約束を取りつけた。
いきなりなんでも、どんな量でも買ってやると言ったら怪しまれる気がして一個にしておいた、いやまぁ、身体強化を使ったり、勝手に手を取ったりと既に怪しいと思われているかも知れないが。
ランに対して少しボディタッチが多いのは変な下心がある訳じゃ無い、無いったら無い、彼女がムッとするのを見るのが可笑しかったからだ、いや、これも俺の趣味について変な誤解を招きそうだ。
ともかくランと過ごした1日は楽しかった、本を買った時に彼女が俺の目を見てお礼を言って来たので思わず頬が熱くなった気がして顔を背けてしまった。
グレンの背に二人で乗った時、彼女を無理矢理近づけさせたのだが思ったより密着してしまい自分でやった癖に心臓が飛び出るかと思った。背後で彼女がイライラしているのが判ったが気づかなかった事にしておいた。
魔法動物診療所ことランの家に着いてグレンから先に降り手を差し出すと彼女は手を取らずそのまま飛び降り、着地してどうだ!とでも言いたげな顔をしている、俺が無理矢理密着させた事えの意趣返しのつもりだろうか?なんだが可笑しくて笑ってしまった、それが不満なのかムッとしている彼女を見て更に笑いがこみ上げる、面白いし可愛らしい。
気にするなと言うと気持ち悪いモノを見た様な目で俺を一瞥してからグレンに水をあげていた、とても優しげな目でグレンを見ている、本当に魔法動物が好きなのだなぁ。
この後も予定がある為余り長居出来ない、グレンに跨りそろそろ帰ると伝える、するとランは俺を見て今日の礼を言ってきた、何故だか彼女に笑顔を向けられるのは気恥ずかしいのでおう、としか答えられなかった。
名残惜しく感じたのかつい何も無くても来てもいいかと訊いてしまった。
ランは暇つぶしになりそうだから良いと言う、彼女にとっては暇つぶしくらいの意図しか無いのだろうが言質はとった、忙しいが時間を作れるよう頑張ろうと思う。
そんな事を考えつつランの家を後にする。
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自室で調べ物をしながら昨日の事を思い出しているとドアをノックする音が聴こえてくる。
「いいぞ、入って」
そう言うと失礼しますと言ってゼクトが入って来るなり床に膝を突く。
「ゼクト、俺達兄弟みたいなもんだろ?そんなに畏まらなくて良いって」
「しかし!そう言うわけには!」
「それに今は俺は唯の商人の息子で、お前は衛兵だろ?」
俺がそう言うとゼクトは渋々と言った感じで椅子に座る。
「それで、どうかしたのか?」
「銀髪の男に関する情報は何も出てきませんでした」
「何もか…尚更怪しいな」
「ええ、それと奇獣が東の森の先にある洞窟で見られた様です」
「東の森の先か…6人程に調査に行かせろ、危ないと思ったら直ぐ逃げるようつたえろ」
「了解しました」
ゼクトが部屋から出て行く、また奇獣か…これから仕事が増えそうだ…
カトルは憂鬱な気分になりながらも書類仕事を再開した。
東の森
王都から少し離れた場所にある20キロ平方メートルもある森林。
シーフフォックスなどの珍しい魔法動物が多く生息している、保護対象の魔法動物以外なら狩っても良い事になっている。
薬草や魔法植物の群生地も点在している。
魔法動物診療所ことランの家はこの森の入り口付近に建っている。