舞台裏
新聞やテレビをにぎわす事件の数々。その中でもここ数年で増えたのは動機不明の突発的な殺人事件だった。
当初はその異常性が世間を賑わせたが、今ではゴシップやスキャンダルのニュースに紛れて、すかっり日常的なことになっていた。
とある省庁の最上階にある一室、官僚と役人の二人がなにやら会話を交わしていた。
デスクで構える高級官僚が新聞に載っていた殺人事件の小さな記事を見た後、呟くように言った。
「それにしても、よく考えたものだね」
「ええ、そうです。動機不明の異常者による殺人を装って、国内に潜んでいる他国のスパイや売国行為を行なう不届き者を始末する」
役人は淡々とした様子で答えた。
「ただ、なかなか面倒な方法でもあるように感じるが」
新聞をたたみながら高級官僚が言った。
「それは分かっています。警察内部での協力者の手配も大変です。ただ、あくまで我々の国は民主国家なのです。敵国のスパイとはいえ、早々と捕まえて簡単に処刑するわけにはいきません。また、正規の逮捕により民主的な方法をとれば、裁判で機密内容をばらす可能性だって無い訳ではありません。それから、ここが重要なのでもありますが、我が国のスパイを探し出すための諜報能力も悟られずに済むというわけです」
「まあ、なんだかんだと合理的な方法というわけか?」
「そういうことでございます」
役人はちらりと自身の腕時計を見た。「さて、私はそろそろ失礼いたします」
「分かった。いずれにしても順調ということでいいな?」
「はい、もちろんでございます」
それから部屋を出る直前にも役人は続けた。
「それとですね。対象は、スパイや不届き者だけに限らないこともあるようです。貴方も世話になりませんよう気を付けたほうがいいかもしれません。私に権限があるわけではありませんが、念のため……」
それだけ言い残し、そそくさと部屋をあとにした。高級官僚はただただ黙って、その閉まったドアを凝視するしかなかった。