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原作を改変したら殺されます  作者: 葵陽
七の章 うつつ
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原作を改変したら殺されます


少女は可愛らしい、黄色のワンピースを着てホームに立っていた。若者には不釣り合いな、白い杖を携えて。




頭の上から、軽快な音楽が流れてくる。

ああもうすぐ、電車がくるのだ。


【まもなく、三番線に電車がまいります。お乗りの方は、黄色い線の内側までお下がりください。】

そんなアナウンスの合間に、軽快な音楽が流れている。

確か有名な、長寿アニメのテーマソングだった気がする。


『いち子、そのままの状態で半歩うしろへ下がってください。黄色い線の外側に、五センチほどはみ出しています。』

ふいに、耳元から声がした。少女はその声に従って、両足を半歩下げる。


「ありがとう、ネモ。」少女は、その声の主に謝辞を述べた。

『どういたしまして、お役に立てて嬉しいです。』

声の主、ネモは恭しくそう答える。





少女、いち子は晴眼者ではない。


ゆえに耳に装着した、『ハルモニアーシステム』と呼ばれる人工知能の機械を視覚の補助として生活している。いち子が所有している機械の名を、『ネモ』という。


いち子には見ることが叶わないが、ネモは茶色の長い髪を緑色のリボンで結った、二十代後半の女性の姿をしていた。


『ハルモニアーシステム』は健常者も利用している為、音声案内以外の機能も有している。学業、仕事、プライベート、その他諸々について人間の手となり足となり、時に教師、時に主治医、親や兄弟、友達となり人間たちの生活を支えているのだ。




心地の良い揺れと共に、電車は目的地へといち子を運んでいく。

移り変わる景色を、いち子に代わってネモは解説をする。


『十時の方向に、おおきな白いマンションがあります。三階のベランダで、ちいさな男の子が身を乗り出しています。』


「えっ、危ないわ。どうしよう。」


『あのお宅所有のハルモニアーシステムと、通信できました。今、男の子のお母さんが気づいてベランダから男の子を回収しています。』


「ああ、よかった。」


そんな会話をしながら、数分。電車は、目的地へと到着する。車両の、扉の開く音がした。


『二時の方向に右足を、そのまままっすぐ進んで。ドアの前です、十センチほど大股で進んで。ホームに到着です。構内の人数は、およそ百人ほどです。混雑しているので、ゆっくり進みましょう。』

「今の天気は。」

『晴天ですが、ひざしが強いので日傘使用を推奨します。』

「わかった、ありがとう。ネモ。」

『どういたしまして、お役に立てて嬉しいです。』



駅構内まで行くと、なるほど。ネモが言った通り、雑踏であった。わいわいがやがやと、人の声がうるさい。


改札口を通ると、自動的にドアロックのレバーが開く。

ネモのシステムがいち子の、ネット上の財布と繋がっているためだ。なにもしなくとも、ネモがお金を払ってくれる。バスも電車も、ショッピングも。



『前方六メートル先に、がに股で歩く壮年男性がいます。ルートを少し変更します、三時の方向に右足を出して。』


いち子は、言われた通りに右足を右側へ進める。

だいたいは、こうしてネモが案内をしてくれるため見えなくとも、人にぶつかることはない。


普通、白い杖を持っている人間の行く手を阻むようなことはしないだろうが。


しかし、壮年男性はいち子の進行を阻むかのように近づいてくる。


『壮年男性がいち子の進行ルートに侵入、ルートを少し変更します。五時の方向に右足を下げて。』

いち子は半歩、後ろに下がる。

なおも壮年男性は、近づくのを止めない。


『壮年男性がいち子の進行ルートに侵入、回避不能。スピーカーモードに移行して、男性へ警告します。いち子は、その場にとどまって。』

普段、ネモの声はいち子にしか聞こえないようになっているが、緊急時や危険なときには周囲に衆知や警告をするために、スピーカーモードというものがある。



『彼女は、視覚に難があります。避けていただければ、幸いです。』

ネモの声が、広い駅構内に響く。

それを聞いて構内を行き交っていた人々が、なにごとかといち子たちを見た。


「なんでオレがわざわざ避けなきゃいけねえんだよ!お前が避けろよ!」

ドブ川のような、汚い声だ。おそらく酒焼け。

その声は、怒気をはらんでいた。顔も心なしか、赤らんでいる。


いち子は、手に持った白い杖を握りしめてネモに言われた通りにその場にとどまっていた。恐怖で肩が震えている。


『避けようと努力を試みましたが、貴殿が偶発的にも彼女に近づいてきたもので回避不能となりました。先程も申しました通り彼女は、視覚に難があります。貴殿は見たところ、視覚に難はなく健康状態にも問題はないご様子なので、避けていただくのに支障はないと判断しました。』


淡々と、相手を刺激しないように注意して話すネモ。


「なにいってんのかわかんねえんだよ!いいからどけよ!」

汚い声が、怒号に変わる。


いち子の綺麗な声とは違ってなんと、耳障りな声なのだろう。


ネモはその時、思わずこの酔っぱらいにどうしようもない殺意を抱いた。つい腰辺りに手を伸ばすが、そこにかつての愛刀はない。ここでこの酔っぱらいに暴言を吐いたって構わなかった。ネット上で集められる、この男の情報を流布したとて一向に構わなかった。例えば一週間前に電車内で痴漢をしていたとか、会社の女性社員にセクハラしたとか、今ほろ酔いなのに車で帰ろうとしているとか。

だが、ネモは現実的に手も足もないコンピューターのプログラム。逆上されて、いち子に襲いかかられても助けることも出来ない。

なんと、歯がゆいこと。現実に存在できたのならこんなオヤジなど、袈裟斬りにしてやったものを。



物騒である。




「若い小娘のくせに、生意気なんだよ!」

壮年男性は、拳を振り上げていち子に振りかぶる。


『警告!婦女暴行です!ただちに通報しま』

ネモが、けたたましいサイレンを鳴らしながらそう言った時、壮年男性の振り上げていた拳を掴む者がいた。


それは、若い男のようだった。

その若い男は、壮年男性といち子の間に入るように立っていた。


若い男が無言で睨み付けると、酔っぱらいの壮年男性は逃げるように駅の構内から去っていく。



その時ネモはこっそり撮影していた映像で、酔っぱらいを警察に通報していた。



「怪我は。」

若い男は、振り向いていち子へ話しかける。

腹の底に響く重低音な声だったが、耳障りは意外に良い。


「い、いいえ。ありません。」

いち子は、首を横に振り否定した。


「良かった。他に、お手伝いできることはありますか。」

「あ、ありがとうございます。特に今は、ありません。」

「そうですか。ではこれにて、自分は失礼いたします。どうぞ、道中お気をつけて。」


若い男は、いち子に軽く礼をするとそのまま駅を出ていった。



いち子は暫く、その場に立ち尽くしていた。


『いち子、此所は危ないからせめて、ベンチに行きましょう。十時の方向に十歩ほど進んで。』

「え、あ、うん。ありがとう。」

駅構内の休憩所、そのベンチに腰をおろすいち子。


『いつもより上の空だけど、熱中症かしら。頭痛、吐き気、それともさっきの酔っぱらいのショックが。』

「ううん、別になんでもないの。」


暫しの間、黙っていた両者だったが唐突にネモが《口を開く》。


『ひょっとして、恋?』

そうネモが訊ねたところ、無言ではあったがいち子の耳がぶわわと赤くなる。


まあ、可愛らしいこと。


『一目惚れ、ならぬ一聞惚れかしら。』


「へ、変かなあ?」


『変ではないわ、とても素敵なこと。良いことばかりとも言いきれないけど、それは老いも若きも男も女も経験することだし。』


「でもまた逢える保障もないよね。これで、今生のお別れかも。」

彼女には珍しく、溜め息を吐く。



『いや、諦めるのはまだ早い。

貴女はほんとに、運が良いのだから。』


ふふふ、と楽しそうに相好を崩すネモ。

いち子には見えていないが笑うと、少女のように可愛らしい顔である。



完結です。


万人に受け入れてもらえる作品、というのは実に難しいのです。

いつもは出来るだけ健常者でない人たちのことを、お話に出すのは控えています。どんなに柔らかく書いても、不快になる方がいらっしゃったらと思うと筆が進まないからです。

ですが、今回は出すことにしました。話の流れ上致し方ないことでしたが、お方々が不快にならないことを願うばかりです。

もし不快になる方がいらっしゃったら、迷わず改変をさせていただこうかと思います。

矜持はありますが、それ以上に大切なのは読む人が楽しむことですので。

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