箱庭
コツコツと、松葉づえが地面を突く。
アンと美は並んで、病棟の中庭を歩いていた。
とても病院内のものとは思えないほどに、中庭は豪奢であった。まるで某国皇帝が王妃のために作り上げた、庭園のようだ。
よっぽどこの病院は儲かっているのだろうなあ、と美などは思うのであった。
横を見ると早速だが、アンが息切れを起こしている。
「ゴメン、美ちゃん。ちょっと、休憩したい。」
美の肩につかまり、息も絶え絶えのアン。
「虚弱、あまりにも虚弱。」
「ゴメンて。」
「あと、美と呼ばんでくれ。アキラが良い。」
「貴様、この期に及んでも偽名を、使いたいのかね。」
美という名前の奴に、親でも殺されたのか。
「ほら、あともう少しでベンチがあろう。あすこまで、歩け。」
美が指差した先を見れば、中庭に設置された木のベンチがあった。
ベンチには、先客がいる。この暑いのに黒い服を着た、女が。
黒衣の女は近づいてきたアンたちに気がつくと、席を詰めた。
いい歳をした大人の女性だったが、手元には最新式の携帯ゲーム機が握られていた。いや、別段大人がゲームをしちゃいけないと思っているわけではない。ただ凛とした佇まいの女性と、ゲーム機が結び付かなかったのだ。
ギャップ萌え、と見ることもできよう。
アンと美は、咄嗟に女性へ会釈をする。
席を詰めてくれたこともそうだが、完全に無意識な会釈だった。
「アンと、アリスかね。」
女性が、小声で話しかけてきた。いつの間にか彼女の視線は、ゲームの画面からアンたちへ向いている。
黒衣、という時点でアンは予測していた。
この女性は、『ミネルバ』である。
「いえ、違います。」
美が首を横に振り、返答する。
いやあんた、その返答は暗に肯定しとるがな。
ミネルバ、は美の言葉に失笑する。
「まさか本名もアンだとは、思いもしなかったよ。管理者といえど緊急時以外で患者の個人情報に、アクセスすることはないからね。名付けた一郎も、驚愕しただろうに。」
「本名を言い当てられたら帰れなくなる、と言われたこともありましたね。」
「名前がバレたら神隠しとか、食べたら帰れなくなるヨモツヘグイの設定は、あくまでも設定だけだよ。
ネタバレすると全てが、番兵のバグだったんだけど。番兵は人間になったり、ときたまプログラムに戻ったりしてたらしくてね。言動や思考が、オカシイことがままあったようだよ。劇団番兵、かな。番兵も人間を演じていた、っていう。」
「一郎たち番兵は、結局どうなったんだ。あと貴女も。」
美が質問した。
そこは、アンも気にはなっていた。
短期間とはいえ、世話にはなったのだ。
「あたし自身は犯人逮捕の功績もあって、微罪は相殺。厳重注意と一年間の監視だけで済んだよ。ああ、それでも病院から契約は解消されてしまったがね。でもあたしのプログラム、番兵は放置すると危険性が高いというんで廃棄された。今後作成することも、禁止だ。」
罰は妥当、だと思う。思うのだが、彼らが易々と消去ボタンで消えてしまったと想像すると、一抹の淋しさが胸に去来する。
「と、いうのが表向きだ。知っているとは思うがあたしは、マッドなのだよ。」
「まさか秘密裏にデータを持ち出した、とか。」
心なしか、美の声色は楽しそうである。
「スパイ映画とかに、よくあるよねえ。ゲーム機に仕込めばいとも簡単に、誰の目にもバレることなく持ってこれたよ。」
ミネルバはアンたちに、ゲーム機の画面を見せてくる。
ちいさな、二頭身のドットキャラクターが画面の中を動き回っていた。
「うわあお。」
「うわ、虫みてえ。」
アンは感嘆の声をあげ、美の感想は酷かった。
「病院内のハードと比べると格段にキャパがちいさいから、戦闘力とか特殊能力とか、厨二的要素を削らざるを得なかったけどちゃんとウイルスは駆除できる。」
厨二的要素、とは。
「本当に、最低限の役割だけか。」
「ゲーム機に仕込んだから、ご飯あげたりとかできるよ。」
「ペット育成かよ。」
「子供だよ。あたしの大切な、叡智と努力の結晶。」
ミネルバは、愛しいものに触れるがごとくゲーム画面をなぞるのだった。
うわあお ヘ(゜ο°;)ノ
虫みてえ ( ´_ゝ`)




