他人に優しくできない奴が、他人から優しくしてもらえるわけねえだろうが
※この作品はフィクションです
実在する国、団体、人物などとは一切関係ありません
世界中のひとたちから好かれることなど不可能なのだから、「嫌い」と言われることぐらいは人生において何の重大なことでもないのである。嫌われたとしてその嫌いになったひとが一体君の人生の、何の役割を担っているというのだろうか。
そも世界中のどこに、生きている意味のある人間がいるというのだろうか。
否である。王様にも首相にも、会長にも社長にも、老人にも若者にも、男にも女にもそんなもんはない。そりゃあ社会的地位はあるから、人間には求められているだろうが自然界においてはなんの意味もないひとたちである、もちろんすべての人間が。あえて言うなら『肉』として、食べられるくらいだろう。
「自分はなんの為に生きているんだろう」とよく思春期に悩んだりするだろうが、はなからそんなもんはないので悩むだけ無駄だ。
悩んでいる暇があるなら、たくさん食ってたくさん寝ろ。
アリスは、バスケットの取っ手をギュウと握りしめる。
目の前に収容されている、虜囚の女を改めて見た。死なない、と言うからには空腹を感じていないのだろうが目に見えて足や手が細く、ガリガリになっている。矜持による痩せ我慢なのか、万に一つ餓死しようとしているのかはわからない。
孤高のつもりなのか、諦念がかっこいいとでもいうつもりか。
ああ、面倒くさい。
本当に、面倒くさい。
「ねえ。」
アリスはまた、アンにはなしかける。
まだ居たのかと、アンはまた顔を挙げる。
「まだ居たの、さっさと出てって。ほんとに愚図ね。」
「自分に酔ってるの?」
「は?」
「スゴイ力を持っているかどうか知らないけど、死なない私カッコいいとか思っているのかって聞いてんの。」
唐突にそんな質問されたので、アンは口を開けたまま固まってしまった。
先程までオドオドと、自分の意思も持っていないようなお嬢さんがいきなりそんなことを言ってきたのだから、まあ当然の反応ともいえる。
「私こそあなたみたいの、嫌いなんだけど。」
アリスは右手で鉄格子を掴みながら、アンをねめつける。
急に寄ってくるものだからアンは、驚愕する。
「自分の努力で手に入れたわけでもないのに自分強い、最強とか言っている人間が嫌い。」
アンはギラギラと、自分を睨みつける黒目がはじめて怖いと思った。
ついアンは、目をそらす。
「わ、私は一度もそんなこと思ったことは。」
「死なないから放っておいてなんていう奴は、同類。」
その言葉に、アンは二の句が継げなくなる。
「なんでそんな身体になったの、あなた。」
「人間一回は、憧れるものじゃないの。綺麗になったり手のひらから炎を出したり、不老不死になったりするのは。」
「急に綺麗になって、寄ってくる人間は薄っぺらい奴しかいないと思う。外見しか見てないから。少なくとも、私の周りで美人を狙う奴はクソ野郎ばっかりだった。」
心当たりがあるのか、アンはまた閉口する。
「火ならライターがあれば出せるし、生活する上でそんなにおおきな火が必要になることもない。あと死なない、老いないなんてゴメンだ。出来るなら明日から隠居して、三十歳くらいには死にたいわ。」
三十、という言葉をアンは呟く。
「そんなに、早くに死んでどうするの。やりたいこととか、ないの。」
「あなたの居たところは、長生きしてもいい暮らしが出来るところだったのね。
私の居た国はね、学生のうちは学力を求めるくせに就職するのには容姿とコミュニケーション能力が重要視されるし、お仕事で得たお給金は半分税金で持っていかれるし、働くことを強要するくせに女は家事と育児も完璧にやれって言われるし、子供を産め育てろというくせに道端で妊婦を罵ったり殴ったりされるの。そして男は薄給で、子供を作るだけ作って、子育てには関与しないの。子育てしないのに、できないのに女を罵ることができるの、笑っちゃうでしょ。」
いや、笑えない。アンは心中で、そう思う。
「女は女で男を理解できないし、男は男で女が理解できないし理解しようとしない国。そういう、クソみたいな国。でも医療の技術は世界一だし、戦争を繰り返す最低最悪な国でもない。国の偉い人には、何か思惑があってそういう政策だったりするんでしょうけど。
若者からしたらこんなクソみたいな国でどう楽しく長生きしろって言うのよ、あなた。ちなみに若者の自殺者数は戦争して死ぬ国より多い、滑稽だわ。」
同じ人物とは思えないほどに、アリスは饒舌にはなす。よっぽど、故郷のあり方に不満があったのだろう。未だ瞳はギラギラと、興奮の色を宿していた。
これが彼女の、本性だろう。
「人間なんてただ食べて寝て、増えていればいいのに。そこらへんの猿みたいに。」
アリスは、今度こそパンのバスケットを牢屋の前に置く。
「『施してやるから』、しっかり食え。食えないなら無理やり口にねじ込んで、吐くまで食わせる。」
「いただきます。」
彼女は本当にやりそうなのでアンはバスケットからパンをひとつ、つかみ取って食べた。
小麦の味がする。
『施してやるから』、しっかり食え。 \(`Д´#)ノ●←パン




