嗚呼、綺麗だね
気に喰わない奴。とりわけ、身分や地位の優位さを嵩にかけて威張っている野郎を見たときには、野生の獣を思い出すと良い。
野生の獣は『食糧』を差別しない。一国の王だろうが、重要なポストに就く長だろうが一切の差別と情もなく我らをただの肉として扱ってくれるだろう。
貴方の気に喰わない奴も腹をすかせた獣の前では、ただの肉の塊だ。
生存においていかに、社会的地位が役に立たないものかよく分かるだろう。
一度、飢えた獣を重役の揃う会議室に放ってみたいものだ。社長だろうが専務だろうが、部長だろうが関係なく食べられてしまうだろうよ。
自然というのは、残酷だ。人間がどうしようもなく抗えなくて、ただされるがままになる光景は恐ろしい。だがそこには怒りはなく、ただ絶望だけが転がっている。
人間が、自然を征服できるなんて思い上がりもいいところだ。
我らはただの、間借りにすぎないのである。
目の前の光景を、どう表現したらよいだろうか。白い平原とでも言えばいいだろうか、氷に覆われた町が眼下に広がっている。
芥とミフネは、崩れた家屋の屋根の上にいた。ハルは、町の現状を調査しており不在だ。
あれから、一週間ほどが経過している。氷期は瞬く間に町を浸食して、白に染めてしまった。為衛門たち住人は地下に潜っているので、死滅してしまったわけではないが時間の問題かもしれない。あるいは、地下生活で生存できる道もあるかもしれないが。
自分のしたことは、間違っていたのだろうかとミフネは白い息を吐き出しながら思っていた。後悔など、しても意味がないものだが。
「後悔とは、詮無いものだな。」
傍らに立つ芥は言う。
彼は、顔以外を防寒具で覆っていて若干もこもこしていた。黒曜の瞳は薄らと凍っている。
出す言葉もなく、ミフネは閉口した。三日前ほどから彼の右足は、消えてしまっている。今は、ハルの用意した松葉杖でなんとか歩行している状態だ。
まもなくしてミフネの身体は、元居たせかいへ還っていくのだろう。
「理不尽に国から殺されるより、自然によってどうしようもなく、絶滅するほうが受け入れられるような気がしないか。まあ個人差はどうしてもあるだろうが。」
「諦めの境地というやつですか。」
「でも、俺は美しいと思うよ。生きることを汚いと罵るわけではないけれど。」
数分後、このせかいには珍しく太陽が顔を出した。
朝焼けが当たってきらきらと、氷が光って綺麗だった。
彼は、顔以外を防寒具で覆っていて若干もこもこしていた (◎μ◎)




