修正力
ぱちゃぱちゃと、さんにんは水を含んだ畳の上を歩く。完全に水の抜けた珪城を、しかも土足で。
そこにはやはり、ひとりの生きた人間もいなかった。屋敷のそこここに、電池が切れたように横たわる人形がぐったりと横たわっている。ぱっと見人間の死体のようにも見えてミフネは肝を冷やしたが、すべて固い皮膚に覆われた機械人形だった。
広い屋敷をずんずんと、進んでいく。監視システムも警備システムも、予期せぬ水没によりすべてがお釈迦になっているようで何の反応もない。屋敷の中は、留守宅のように静まり返っている。
屋敷の端までやってくると、リンドウの花が描かれている一際おおきな襖の部屋があった。
「リンドウの花言葉は確か、正義だったな。」
芥がミフネの後ろから、口を開く。この男は、花言葉にも詳しいらしい。
それにしても花言葉が正義とは、また皮肉なものである。ここが司法の中枢で間違いはないようだ。
リンドウの襖を開けて入ると、和室にはおおよそ不似合いの、黒黒とした巨大なコンピューターが部屋を占拠していたのであった。家庭用の見慣れたものではなく、大学や企業に置いてあるタイプの、スーパーコンピューターというやつだろう。
水で濡れて使い物にはならないだろうが、そのおおきさとむき出しの機械部分から、高性能であることは予測がついた。
唐突に後ろからついてきていたハルが、足早にコンピューターへ歩み寄る。機械に興味があるのだろうか、そういえば彼女は倒れていた機械人形にも逐一触れていた。
ハルは徐に、懐から工具と思しきものを取り出す。
ミフネは傍らで暇そうにして突っ立っている芥に、はなしかけた。
「番兵って機械の修理も出来るんですか。」
「それは好奇心による質問か。」
「いや、答えたくないなら答えなくてもいいものですけど。」
「個人によるだろうな。出来る奴は出来るし、出来ない奴は出来ない。ちなみに俺は出来ない。おい、ハル。」
そう答えると、芥はハルにはなしかける。
ハルは機械をいじくりながら、応対した。
「わたしは番兵となる以前まで、機械の技師でした。専ら、機械人形のシステムを造っていましたよ。」
彼女は随分と、油くさい職に就いていたようである。偏見だが、見た目だけでは大企業の受付嬢という感じだったのに。
それにもちょっと、ギャップを感じて嬉しくなるミフネであった。
「芥さん、少し問題が。」
暫く機械をいじっていたハルが、手持ち無沙汰で煙草を咥えはじめた芥にはなしかける。
芥は口に咥えた煙草を左手で取り、箱に仕舞った。
「どうした、まだ壊れてなかったか。」
ハルは持ち前の知識を生かして、屋敷中の機械を調べて回っていた。
「いえ、壊れているから問題なんです。」
「どういうことだ。」
芥が顔をしかめて、ハルを見る。
ハルは機械に弱い芥にどう説明したものか、数秒ほど逡巡したがやがて口を開いた。
「温度調節の機能も、その、壊れてしまったようです。」
「温度調節の機能、この屋敷の、ではないだろうな。このせかいのか。」
ハルは静かに頷く。
「どうかしたんですか。」
不穏な空気を察して、ミフネがふたりにはなしかける。
番兵のふたりは顔色も普通で、焦っている様子はないが。
芥は顎に手をあてて暫し考えた後、口を開く。
「このせかいが意外にも、寒冷地であることは承知しているな。」
「ええ、寒いですね。」
四六時中、雪も降っているし。
「だがこんな悪天候でも、国によって調節されていたらしい。それが、水没で壊れた。」
「は。」
「まもなくこのせかいには、氷期が来ます。いえ元より、永遠に氷期の国だったと言う方が正しいかと。」
国が滅ぼすか、せかいが滅ぼすかの違いであって。
住民が滅ぶ未来は、変わらないのだろうか。
それにもちょっと、ギャップを感じて嬉しくなるミフネであった (´д`*)




