※この作品は十割の人物が偽名を使用しています
「なぜワタリを保護したのに、わたしへ連絡をしてくださらないのですか!」
芥が家でふかふかとひとり、紫煙を吐き出していると黒コートの女がおおきな音を立てて部屋に入ってきた。多少顔色は悪いが回復したらしい女、ハルである。
「おお、少しは眼が使えるようになったのか。重畳、重畳。だが、顔色がすこぶる悪いな。」
芥は寝転がっていた体勢を立て直し、胡坐になって座り直す。今日は特に仕事をする気はないのだろう、紺の浴衣を着ていた。
ハルは土間に仁王立ちである。
「今もまだ、吐き気と頭痛がぼんやり残っています。」
「無理はすんな、ここでいいなら寝てけば。」
「いえ、勤務中ですから。」
首を左右に振って、固辞するハル。
「知ってるか、人間は八時間以上働いたら死ぬんだぜ。実際に二十四時間は、働けないんだぜ。」
「我々に、時間の概念はないはずですが。」
「働きすぎ、頑張りすぎは管理体制の杜撰さの証明だ。それともお前は、ボスの顔に泥を塗りたくりたいとか。」
ハルの頭の中で、泥に塗れたボスの姿が浮かび上がった。
完全に、泥んこ遊びをしているちびっこである。
「いいえ、決してそのようなことは。」
「今ガキの泥遊びを想像したか、いや、したな。」
「していません。」
頑なに否定をするハルに、芥は溜息を少し漏らす。
真面目な上に頑固だ、彼女は。さぞや、生き難いことだろうに。
「まあ一服だけ休憩と思って、寝ていけ。ワタリは今、近所に情報収集行っている。じきに戻ってくるだろう。」
芥は傍らに置いてあった、吸い殻入れに煙草を消し入れる。
「自由に、交流させているのですか。」
「主人公、には未だ会ってはいない。会わせるべきかはまだ、悩んでいる。ああ今三丁目の角を右に曲がってから遭遇した、ウメ婆さんの腰を労わっている最中だな。遠い、遠い。」
「そういえば、ワタリに名前を付けられたそうですね。『ミフネ』だとか。」
「ちょうどこの煙草が、目に入ったから。偶然にしては、良い名前だろう。」
右手に持った煙草を少し上げて、見せつける。
「ええ、このせかいの作者の名前ですもの。」
ハルがそう言うと、途端に芥は口を閉ざした。
「芥さん、貴方は少しこのせかいに肩入れしすぎているのでは、ありませんか。」
洞のようなハルの目が、芥の義眼をとらえている。
このひとの目は確かに義眼だが、目が見えていないわけではない。彼は、芥は真正の千里眼の持ち主だ、見えていないはずはないのである。
妖しく光る、黒曜の瞳がまっすぐに此方を見返してきた。実際に此方を見ているわけではないのに、見られている感覚がする。
新米だからと心配されて、ベテランの上司をあてがわれたのは幸運だったが初対面からして得体の知れないひとだと思った。
元より番兵など特殊な役職である、変わった人物などゴロゴロいたのだが。
気軽にはなせない、相談できないわけではない。雑談にも応じてくれるし、冗談も言える気さくなひとだ。でも、食えないひとだと思う。
あくまでもわたしの、勘でしかないけれど。
「俺、物語はハッピーエンド派なんだよ。いや、マジで。」
今ガキの泥遊びを想像したか、いや、したな (*の∀の)σσ
していません (θμθ;)




