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原作を改変したら殺されます  作者: 葵陽
三ノ章 静閑なる窮鼠
29/98

長い話でもイケメンなら聞いていられるらしい

【2020.6.13】修正

のたりのたりと男は、思いの外ゆっくりと歩く。その歩幅に合わせるようにぼくの歩調も、自然とゆっくりになった。男の履いている下駄が、歩くたびにカツカツ鳴る。

 

このせかいは、ドーナツ状に円く形成されているらしい。歩きながら男が空中に円を描くようにくるくると、指を動かす。ハルさんと会ったのが末波町、先程居たのが右馬枝町の海岸、男のネグラがあるのは末波と右馬枝の間、竹和花町だという。そしてその三つの町に囲まれる形で中心にあるのが、いわゆる中央省庁のようなもの、男いわく『けい城』という城だ。

城、といっても時代劇のような日本風の城ではない。見た目は少し豪華な、大名屋敷だ。現代でも古い、由緒あるひとの家はそんな感じだろう。ごく普通の、伝統的な日本家屋らしい。ぼくにとっては最終的に乗り込むべきところになる、のだが。


だいたい十五分ほど歩いただろうか、一軒のあばらやに到着した。見るからにボロボロで雨漏りもしてそうな、そんな家だった。ハルさんの家よりも更にボロ家だ、番兵の組織というのは財政難なのだろうか。


「まあ遠慮せず入り給え、青年。」

男は左手を誘うように差し出して、ぼくを招き入れた。家屋の中はカビだろうか、湿気た臭いが充満している。独身男のひとりぐらしを全力で表現したような、そんな感じだ。


男はぼくのすぐ後に敷居をまたぐとぼくより先に、履いていた下駄を脱いで畳へと上がる。そのあとに続いてすぐに、ぼくも畳にあがった。意外に畳は新しい色をしていた、張り替えたばかりなのだろうか。かすかに香るイグサの匂いが、一服の清涼剤になったようで心地よかった。


三畳半、茶室並みの狭さだ。勧められるままに、敷いてあった座布団へ腰を下ろす。

男はぼくが座ってすぐ、ぼくの正面に腰を下ろした。恰好はいつの間にか、洋装になっている。持っていた上着と同じ高額そうなベストとワイシャツ、下は黒いスラックス。足は裸足だったけど。

なぜ着替えたのかと問えば、一応仕事だしと回答が返ってきた。

まあ、なるほどだ。

男は、ぼくの前に湯気の立つ緑茶を差し出す。おそるおそると湯飲みに手を伸ばし一口飲むと、なんのことはない、ただのお茶だった。


ぼくが飲むのを待っていたかのように、男は口を開く。

そういえば彼は、目が見えているのだろうか。


「名乗り忘れたな、俺のことはあくたと呼べばいい。お前さんは、そうか、名乗れないか。うん、ミフネでいいか。よろしく、ミフネくん。」

男、芥は傍らに置いてあった煙草の箱を一瞥してそう言った。

煙草の名前をひとにつけるもんじゃねえ。そう思ったが、ぼくは口を閉ざした。


「単刀直入に言うとお前さんの計画に協力しようというわけだ、俺は。ああ、職務放棄ではないぞ、別に。

そうだな、物語を改変してもせかいが消滅しなければセーフだ、というはなしをしようか。」

そうして芥はひとつ、咳をする。

ぼくは黙して聞くことにし、返答の代わりに頷いた。


「それでは説明を、はじめよう。

まず世の中の物語にも強い、弱いがある。

ああ、語弊があるかもしれないがはなしの良し悪しとか、巧拙とかじゃあない。要はどれだけの長い間、どれだけ読まれたかだ。古ければ古いほど、名作であれば名作であるほど物語は『強くなる』。

桃太郎やシンデレラ、みたいなのが例としてはいいな。強い物語は、悪辣なワタリがどう頑張ったところで改変させるのは、不可能に近い。どうやったって最終的に、桃太郎は鬼を退治するし、シンデレラは王子さまと結婚するさ。

物語自身がもつ、修正力とでも言えばいいか。物語が強ければ、修正力も比例して強くなる。修正力が強ければどのようにはなしのルートを変えても、最終的にたどり着くべきゴールは絶対に変わらない。逆に誰にも読まれなかった、作者に愛されなかった物語は、脆い。ワタリに介入され改変される可能性も高いし、修正力も弱い。放っておけば、消滅は必至だ。」


例えるなら桃太郎だとして犬、猿、雉と出会えなくても、鬼ヶ島へは行くし鬼を倒せないということにはならない、ということだ。もっと言えば最初におばあさんが桃を拾わなかったとしても、必ず彼は鬼を倒しにいかなくてはならない。


このせかいは、「静閑なる窮鼠」という題名らしい。

一般的に有名ではないが、一部の好事家には人気が高いのだと。脆弱とは言い難いが、数多のメジャータイトルよりは弱い。中堅どころというにはファンが少ないが、ファンひとりの注ぐ愛は深い。


「物語の修正力があるからエンドが変わらなければ、改変をしてもセーフだ。

そしてバッドエンドを、ハッピーエンドにしても存続できた例もある。ミフネくんが今回計画しているのは、この例が当てはまるだろうな。要は"消滅条件"に当てはまらなければ改変自体に問題はない、ということだけわかっていればいい。


俺がこのせかいの改変を望むのはまあ、完全なる私情なんだが。せかいの消滅が防げるなら一応番兵の責務は最低限果たした、と言えるし協力しても大丈夫だ、多分。」


それ、多分、大丈夫じゃない。

いくらエンドが変わらなかったとしても、シンデレラが自力で舞踏会へ行ったり、白雪姫が毒リンゴを食べなかったりするのはどうなのだろうか。いや、そもそもせかいを滅ぼそうとしていたぼくが言えた義理ではないが。


自力で舞踏会へ行くシンデレラは、ちょっと見てみたいかもしれない。


「まあここで出てくるのは、そこまでして原作を改変させたいワタリがいるのか、という疑問なんだが。これがいるんだよ、悪辣なワタリが。イケメンの王子さまがいたら自分が結婚したい、魔王がいたら自分が倒したい、なんて絵空事を叶えようとするやつが。ある時なんて番兵を『神様』と間違えやがって、チートスキルをくれだなんだと頼んだワタリもいたらしい。神はいるんだろうが、物語にとっての神とは作者のことだ、それ以外はあり得ない。もしワタリにチートスキルを分け与えた野郎がいたとしたらそれは、神なんて高尚なものじゃない。鬼か悪魔の類いだろうな。」


よく流行りの小説に出てくる設定だ、と思う。世の中そんなに甘くないし、甘言を吐くとしたらそれは間違いなく、詐欺師なのだろう。


「ちなみにひとつ、良いことを教えてやろう。身体の中に自分では御しきれないスキルを無理くり溜め込んだ時にはな、身体の中で超反応、というかスキル同士の喧嘩が起こってだな。最期には身体が膨らんで死ぬんだ、ワタリが。血肉がさ、まるで花火みたいにぱあんと音を立てて弾けるんだ。あれを見た後は一週間くらい肉が食えなかったね。」


空気を入れすぎた風船がどうなるかなんて、こどもでも知っているのに。芥は最後にそう、付け足す。

まあ自業自得、といっても過言ではない。


「ということでミフネくん。俺は全面的にお前さんへ協力をする。と言ってもやることは、普通の番兵と変わらんよ。衣食住の提供と、最低限の生命維持への協力だけだ。いつまで滞在できるかは不明だが、ミフネくんの場合滞在期間が七十二時間を超過しているから第三種のワタリに当たる。個人差はあっても最低、一週間くらいは帰還できない。だから、このせかいの司法関係者をぶっ殺すとかするなら一週間以内にやらないと間に合わないわけだ。

俺はさすがにそこまで協力できないから、頑張ってね。」


にっこりと芥は、キラースマイルを浮かべた。


にっこりと芥は、キラースマイルを浮かべた m9(^Д^)テラワロス!

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