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原作を改変したら殺されます  作者: 葵陽
三ノ章 静閑なる窮鼠
28/98

見えている

まるで透明人間がある日突然、見えるようになってしまったかのようだ。


切れた息を整える。こんなに走ったのは、高校の持久走以来だろうか。いや、大学在学中にマラソン大会へ参加したからそれ以来だ。いずれにしても五年以上、走るという行為がご無沙汰だったことは事実だった。

走ったおかげで雪で冷えていた体は温まったようだ、とぼくは上着を脱いだ。

脇に、上着を抱えて歩き出す。


ふと、潮のかおりが鼻に入ってくる。辺りを見回すとすぐ近くがもう、海のようだ。潮風が、火照る身体に心地いい。このせかいがどの程度の広さの規模なのか分からないが、がむしゃらに走ってきたせいでこんな遠くまで来てしまったようだ。

漁はもう終わってしまったようだ、砂浜には誰もいない。

ザクザクとぼくは、浜を歩く。あれだけ降っていた雪が、この砂浜には欠片もない。まさか天気がまるっきり違う、遠い所でもなかろうに。

さて、これからどうすべきか。この近くで空き家などはないだろうかと、首を動かしてみるも猟師小屋のようなあばらやしかない。しかも、中で猟師たちが酒盛りをしているようだ。おいそれと使えるものではない、と踵を返す。


十分ほど歩いただろうか、ちいさな埠頭のような船着き場にたどり着く。そこで、ひとりで釣りをしている男がいる。

はて、これは石造りではない、コンクリートだ。町や住んでいるひとを見ればわかるが、このせかいは全体的に日本の江戸時代が舞台だと思っていた。あきらかに、時代考証がうまくいっていない。

まあ、どうでもいいか。ドラマや小説を読む側としては、しっかりしてほしい所だが今のぼくには関係ない。むしろ現代技術のものを見たことで多少、落ち着きを取り戻したというところである。

ぼくは、釣りをしている男に近づいていく。話しかけはしない、本当にぼくが見えているのか実験するためだ。ドキドキと早く鼓動する心臓を抑え、そろりと男のうしろを通り過ぎた。存在感も、足音も消さず通ったのだが男はなにごともなかったかのように釣りをしている。ちゃぽんと、ウキが海面に浮かぶ。男はじっと、そのウキを眺めているだけだった。

ぼくはほっと、胸を撫でおろす。やっぱりぼくは見えていない、ということはあの少年はなぜ見えていたのだろうかという疑問が出てくる。

まさか少年も、派遣されている番兵なのだろうか。番兵には当たり前だが、ワタリは見えるはずだ。あんなところにも、番兵が潜んでいたということだろうか。



「にいちゃん、すまんが煙草持ってねえか。」

「うわっ。」

考え事をしている時急に、話しかけられると一際驚愕するものだ。

話しかけてきたのは、先程まで釣りをしていた男だった。自分はやっぱりひとに見えていたのか、と落胆をする。男はぼくの存在に気づいていながら、釣りに集中していただけだったのだ。同時に、少年に抱いていた疑念も消えた。

 

ぼくは振り返って男に向き合う。

ぼくよりも頭一つ身長のおおきな、紺色の浴衣を着た男だった。綺麗に切り揃えられた短い黒髪が、やけに爽やかな二枚目だ。男は黒曜石のような光沢のある、美麗な瞳をしていた。 

間違いない、モテ男だ。さぞや甘いマスクで数多の女性を泣かせてきたのだろう、と失礼なことを一瞬思った。


わかっているさ、偏見だ。

 

「煙草、ですか。すみません、喫煙はしていないもので。」

「いや、煙草を『持ってないか』聞いたんだ。探してみてくれないか。」

そう言われても、自分はワイシャツとジーパンだけでやってきたのだ。例えぼくが喫煙者だったとして、持っているはずもない。と思っていたのだが、自分は今もうひとつ、持っている物があるのだと思い出す。

強奪、いや、拝借した上着だ。素人目にも上質そうな、スーツの上着。試しにと、上着の内ポッケを探ってみる。すると、片手に収まるほどのちいさな箱が出てきた。

ぼくは男に、その箱を差し出した。

「これですか。」

『ミフネ』とカタカナでちいさく青色で書かれたその箱は、確かに煙草だったようだ。男が箱を開けると、紙巻きたばこが三本ほど入っていた。

男は相当の煙草吸いのようである。

「おお、助かったよ。実は没収されてて、ここ一週間くらい強制禁煙だったんだ。もう吸いたくて吸いたくて。あっ、ライターも入ってたはずだ。」

ぼくはまた、上着をまさぐってライターを見つけ出し男に渡す。まるで男の秘書にでもなった気分だ。

「どうぞ。」

と言ったところで、気が付いた。『なぜぼくが、この男の没収された煙草を持っているのだろうか』ということに。


男は何も言わず、釣り竿を足元に置き煙草に火をつけて紫煙を吸い込む。見目麗しい好青年が煙草を吸っている様子を見ると、品行方正な生徒会長が陰で喫煙していた場面を見つけてしまった心境になる。喫煙しているということは目の前の男は間違いなく成人しているはずなのに、ひょっとすると高校生と見紛うほどの顔なのだ。もしかするとぼくよりも、年下かもしれないくらいに。

 

男は煙草を吸いながら、此方を見る。妖しく光る、黒曜の瞳がまっすぐに見つめてくるのだ。ハルさんの洞のような目もそうだったが、黒い瞳はぼくにとって特別なのだ。ひとは誰しも、自分にないものに憧憬を抱くものなのかもしれないが。


「少し、俺の住居へ来る気はないか。」

女性に言ったとしたら勘違いされますよ、お兄さん。

だがぼくには、誘われる理由に心当たりがある。男は間違いなく、番兵である。

「行きません、まだ死にたくないので。」

男の瞳を見て、言ってやった。背中には、びしゃびしゃ汗をかいているが。

「心配するな、ハルの住居と俺の住居は違うところにあるし、今のところお前に危害を加える気はない。それに俺にもハルにも、ひとを殺せるほどの力はないからな、安心しろ。お前にはまだ、説明が必要だ。わかるか、短慮で寿命を縮めるほど愚かなことはないぞ、青年。」

そう言った彼の眼がまた、妖しく光る。


見ていて気付いたのだが、彼の眼は義眼だ。

本当に黒曜石が埋め込まれている。


間違いない、モテ男だ。+(-д-´)

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