ちょっと、今からみんなでそいつを殴りにいこうぜ
お茶のおかわりはいるだろうか。そんなハルさんの提案を丁重にお断りして、ぼくは居住まいを正した。ハルさんもまた、その場に座り直し口を開く。
「真面目なはなしをしよう。これからはなすことは突拍子もなく、そして到底信じられるものではないと思う。初対面の女からそんなことを言われるのは、さぞや困惑することだろう。だが天地神明に誓って、貴殿に嘘は言わないし隠し立てもしない。それを了解したうえで、わたしのはなしを聞いて下さるだろうか。」
ハルさんが嘘や隠し事をするなんてことはないと、思う。いや、これはぼくの単なる願望なんだけど。重苦しい空気を変えようとぼくは、へらっと笑った。
「あんまり気をもむ必要はないと、思いますよ。それに難しいことを言われてもぼくは、あまり頭が良くはないんです。ひとを疑ったりするのは正直、得意ではないですね。」
これは真実だ。学業の成績は、ドべでもないけどうしろから数えた方が早いしパズルやクイズもすぐには解けない。自他ともに認める、阿呆だ。
「そんなに自分を卑下するものではない。貴殿は立ち振る舞いも、言葉遣いもしっかりとしているではないか。」
「自分が阿呆だと分かっている奴は、いくらでも取り繕うことは出来るんですよ。」
「それは、阿呆ではないと思うのだが。」
「それでも、『ぼくの世界』で自分は阿呆だった。そういうことです。」
自分で言っていて、ちょっと悲しくなった。やはりネガティブなことを、口に出すのはいけない。ぼくは軽く自分の頬を二回ほど、叩くとハルさんに向き直る。
ぼくが急に自ら頬を叩いたので、ハルさんは少しビックリしたようだった。
「さて、なにからはなしたものだろうか。」
ハルさんは、顎に手を当てて考えている。
「とりあえず、なぜハルさんがぼくを保護してくれるのかを聞いてもいいですか。滞在先の手配をしてくれるのも含めて。」
ぼくがそう質問するとハルさんは頷き、まっすぐとぼくの目を見て話し始めた。
「まずわたしは、『番兵』と呼ばれるものだ。番兵はせかいの流れと存在を守護するもの、そしてそのせかいの流れと存在を脅かすものを処断するために存在している。わたしはこのせかいの担当番兵、ということになる。」
「コンピューターをウイルスから守る、セキュリティのようなものですか。」
「あ、ああ。おおまかにはそれで間違いない。せかいは貴殿の生まれたせかい以外にも数多存在していて、そのせかいごとに番兵がひとりないし数人ほどが派遣されている。中には、貴殿の読んだことのある物語のせかいもあるかもしれない。」
「桃太郎や浦島太郎、竹取物語などの昔話、テレビゲームや漫画、小説のせかいもありうるということですね。」
「はなしが早くて助かる。そのような異なってせかいへ、ごくまれに渡ってしまう個体がある。それが、貴殿のような『ワタリ』というものたちだ。」
「それでせかいの流れと存在を脅かす、言わばウイルスというのがそのワタリだと。」
ハルさんはぼくの言葉に一瞬、びくりと身体を震わせた。そして、口を閉ざしてしまう。
「ぼくの推測ですから、違う場合は言っていただけると。」
ぼくがはなしかけると、ハルさんはまた口を開く。
「いや、間違いはない。そうだ、わたしたち番兵はワタリを殺すために派遣されている。」
今度はぼくが、口を閉ざす。ハルさんの洞のような目が、見つめてくる。
「だが貴殿は、例えるなら『良性』のワタリだ。せかいに影響を及ぼさない、単なる迷ってしまったワタリは保護対象だ。だからわたしは貴殿を保護し、滞在を認めている。通常ワタリは数分、数時間、長くとも数日で元の生まれたせかいに還れるとされる。その帰還まで丁重に保護し、サポートするのもわたしたち番兵の役目で、」
「それは、ワタリが余計なことをしないよう監視しているということですよね。良性のワタリも、悪性になり得るということではないのですか。」
ついハルさんの言葉を切って、発言してしまう。
例えこちらが迷い込んだ被害者だったとしても、意に反するようなら殺されるということ。そんな理不尽が、まかり通る。
「そうだ、ひとなんて簡単に心変わりする。そうなったときせかいを守るためにわたしたちは、わたしは一片の情もなくお前の心臓に刃を突き立てなければならない。だがわたしは、」
苦しそうな声で、ハルさんが喋る。茶を飲んで落ち着いてほしいが、急須にはくそ不味い茶しかない。
「わたしはまだ、ひとりもワタリを殺したことがないのだ。幸いにして。」
そう言ってハルさんはゆっくりと、洞の瞳を閉じた。
ぼくは自分自身の存在が彼女に苦痛を与えているという事実に、どうしようもなく哀しくなる。
そして誰とも知れない、ぼくを此処へ送り込んだ輩を口汚く罵りたくなった。
急須にはくそ不味い茶しかない Σ(>ω<;)




