あっこれ謙遜じゃない
ぼくが冷静に見えるのは、多分気のせいだろう。実際はとても、動揺していた。気付いたら見知らぬ土地に立っていたなど、いままで経験がないのだから。しかも寒い雪の中で、ジーパンとワイシャツ一枚の薄着だ。正直泣きそうになった。
だが女性の目の前でおいそれと、取り乱すわけにもいかなかったのだ。それが、ほんの少しだけ残っていた男としての、いや、ひととしての矜持だった。
奇声も奇行も起こすことなく、紳士的に振舞えたのならいいのだが。
先程逢った女性、ハルさんの後ろを遅れないようについていく。ハルさんと自分の歩幅が違うせいか、歩調はゆっくりだった。
余裕も出てきたので、視線を動かし周囲を見渡してみる。
自分たちは家と家に挟まれた、大通りを歩いているようだ。古い日本家屋、すべてが瓦屋根。京都か、伝統的な家屋が立ち並ぶどこかの観光地か。しかしながら軒並みぴっしりと、入り口は閉じていて大通りには人ひとり歩いてはいなかった。まるで、このせかいにはひとがいないかのようだ。
音もなく、しかしながら断続的に降り続ける雪が町を埋め尽くしていく。
後ろを振り返っても、あるのはハルさんのヒールと自分の靴の跡だけだった。
その静閑さに、一抹の不気味さを覚える。
ひとの生活の気配は感じるのに、ひとがいない。
死ぬはずもないのに、「町」が死んでいる。
「少し狭いが、辛抱してくれればありがたい。じきに、貴殿の家も用意できる。」
到着したのは、ちいさな長屋の一軒家だ。灯りもないのか、部屋は全体的に暗かった。
時代劇でよく見るようなボロボロの内装、独身の男性ひとりがやっと暮らせるほどの広さ。その部屋の隅にちょこんと正座をするハルさんは、荒野にユリの花が咲いたような神々しさを感じた。
長屋のボロさがより彼女の、神聖さを際立たせたともいえる。
四畳半の居間に招かれ自然と正座になると正面に、湯気の立つ緑茶を出された。
「粗茶ですが。」
「頂戴します。」
そんな日本語教則本一頁のような、定型的受け答えで茶を受け取る。
ずずず、とすすると出された手前絶対に言わないが、物凄く薄い味がした。粗茶の名に恥じぬ味だ、おいしくない。自分も偉そうなことを言えるわけもない、ズブの素人だがそれにしてもおいしくない。
あまり茶を淹れることに慣れていないのだろうか、とぼくは長屋のカマドをこっそり見る。使用された形跡がなく、うっすら埃をかぶっていた。
今日日、女性が飯を作るべしという風習は古いだろう。無論、得手不得手もあるし好き嫌いもある。女性が料理をしないからといって咎められる謂れはまったく、ない。
ぼくは頭を振って、目の前の粗茶を一気に飲み干したのである。
粗茶の名に恥じぬ味だ、おいしくない(^p^;)




