拾われて
湿った土のにおいがした。
それはいつか嗅いだ、懐かしいにおいだった。
不定期に顔へ、なにか液体が当たる感覚がしているので多分、雨が降っているのだろう。だがそれが、本当に雨なのかを確かめようにも私の、両の目は接着されたようにぴったりと閉じたままだった。ただ、雨のにおいがしていることは間違いなかった。
雨音は、聞こえない。もしかすると危ない液体なんじゃないかとも思ったが、手も足も石になったかのように動かないので、その液体を拭うこともできない。
私は、むき出しの地面に、横たわっている。何故、と問われると答えに窮する。だって今の私に、ここに至るまでの記憶がないのだから。
このまま目を閉じて、眠ってしまっても良いだろうか。身体は重く、怪我をしているのか至る所が痛んで仕方がない。おまけに寒くて、けれども体の中は熱くて。
そう考えている間にも、頭の中は霞んでいく。
そうして私の意識はぼにゃりと、白に溶けていった。
溶けた意識が、だんだんと浮上してくる。私はなにか、暖かいものに包まれている。変わらず体の中は熱いのだけど、額に当たる冷たいものが熱の辛さを緩和してくれていた。
私は今、仰向けに寝ている。
目を閉じたまま右手で、自分を包むものを探った。手に当たるふわふわの感触が、それを毛布であると教えてくれる。
ここはどこなのか。誰が、何の為に私を介抱するのだろうか。そんな疑問が湧いて、そして消える。頭痛と吐き気が、増した気がしたからだ。
今のこの状況は、考えることに適してはいないようだ。
私はただ息を吸い、そして吐くだけの生き物に成り下がる。
ふいにぱちぱち、という音が聞こえてきた。
聞いたことがある。暖炉の、薪が燃える音だ。
聴覚が正常に働いていることに、とりあえず安心する。
眠気を誘う、単調な音がした。
次いで床の上を靴が擦れる音がする。こつこつと、硬い木の上を革製の靴が闊歩している。
ヒト、であるかは分からないがソレは、二足歩行で靴を履く文化圏の者であることは確かだった。