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原作を改変したら殺されます  作者: 葵陽
二ノ章 地平線の先に
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暗い井戸の底に、ちいさな光る石が落ちている

ストラさんに聞いてみてもやはり、此処へ来る前の記憶は曖昧であったらしい。

直前になにをしていたのかは答えられるが、どうして、どうやって、誰によって此処へ連れてこられたのかはまるで覚えていない。

これは、事故で処理してよいものではないだろう。下手をすれば誘拐の類いだ。何の為の誘拐か、と聞かれても皆目見当はつかないが。俺は単なるフリーターだし、両親も家庭水準は中流であるが裕福とはいえない。ストラさんの方も同じような環境らしい。最近は金銭目的ではない誘拐もあるのだとストラさんは言っていたが、そんなことを俺は聞いたことがないので俺とストラさんは、違う次元の日本から来ている可能性がいよいよ高くなった。

金銭以外で誘拐して、なんの得があるというんだ。ストラさんの居た日本は随分と、物騒なんだと思った。それじゃあおいそれと、外に出ることもできないではないか。



翌日は晴天、というかこのせかいはほとんど雨が降らないらしい。さすがは、海のせかいといったところだろう。これには海賊たちもニッコリだ。

屋敷内は基本的に自由に出入りしていいし、島を散歩してもかまわないらしい。島の中なら行ってはいけない場所、触ってはいけないものはないと言われた。

初日の捕虜扱いはなんだったのだ、本当に。ワタリの審査基準を満たしたとかなのか。


俺の部屋はすっかり、モノトーンで統一されている。

文句たらたら言われながら、ロコト氏とシネンセさん、ストラさんと俺で部屋の総入れ替えをしたのである。今この屋敷には、この四人しかいないと思われる。ロコト氏とシネンセさんが隠していなければ、のはなしだが。部屋が整ったことにより、俺は精神的にも落ち着きを取り戻しつつあった。

我ながら、肝はどっしりと鎮座している。一瞬、大工の親方みたいな肝を想像した。

俺は黒いライティングビューローに座り、シネンセさんに貰ったノートに記し始める。現状なにをせよ、とも言われてはいないのだ。この状況を整理研究するのも一興だろう。

神の見えざる手。いや、少々中高生じみた名付けだ、やめよう。「犯人エックスによる空間を超越した誘拐」、という方がマシだろう。ノートの一頁目上段に記した、「神の見えざる手」という記述を二重線で消していく。

まず犯人エックスの目的はなんなのだろうか。これは未だ不明、もしくは推測の域を出ない。せかいの崩壊が狙いなのだろうか、ゲームの魔王でもあるまいに。

犯人エックスと、番兵を取り仕切っている団体、組織は敵対関係であると見ていいだろう。送られてきたワタリを処分対象にしているくらいだ、協力しているとは思えない。番兵は戦闘力と千里眼という能力を持っていてワタリを管理、処分するのに特化している。同輩、というものがいるので違うせかいの番兵を認知している。つまり、そういう『組織』だということだ。


ノートへ大まかに相関図を描いていく。小学生でももう少し、まともな絵を描くだろうというくらいに俺の絵は汚かった。人物は棒人間しか描いてこなかったのだ、許せ。


ここで考えるのが、自分の生まれたせかいにも番兵がいたのか、ということだ。ワタリはもちろん番兵も、せかいにとっては異邦人。居たとしても認識はできないだろうが。


ワタリについても、謎なことが多い。番兵ならばなにかしら知っているかと思って、台所に居たシネンセさんに聞いてみても、あまり知らないようだった。番兵側でも、研究途上らしい。ちなみにシネンセさんが作っていたのは、シフォンケーキだった。みんなのおやつかと思ったのだが、違うらしい。家畜の餌のはずはないし、墓前のお供え物か。

台所を後にしてロコト氏にも聞こうとしたが、屋敷のどこを探しても見つからなかった。ストラさんもロコト氏に自分から会うことはないのだと言っていたので、呼ばないと来ないひとなのかもしれない。ただ、ものを聞くためだけに呼ぶというのも気が引けたので今回は断念。


さてワタリはせかいを渡ってくるが数分、数時間、長くても数日ほどで帰還できる。ときに数か月ほど滞在する個体もいるが、元々の生まれたせかいと“根”が繋がっているので還れないということにはならない。ただ本人の意志如何によっては、そのせかいに留まって永住する個体も過去にはいたらしい。

「わたくしが存在を確認したわけではなく、同輩からのまた聞きなのですが。そういった個体は背景、いわゆるモブに徹する覚悟が必要です。そうなった場合、歴史に介入することも結婚して子を残すこともできないでしょう。余程元のせかいに未練がなかったのでしょうね、その「元」ワタリは。」

と、シネンセさんが言っていたように決して定住は不可能というわけではない。でもそうしたら永久に、番兵から命を狙われているということにはなるだろう。よほど憧れだったせかいに渡ったのだろうか、そのひとは。



喉が渇いた。少し休憩をするために、台所を再度訪問する。

そこには、食卓に座ってシフォンケーキを頬張るロコト氏が居た。ケーキはもうホールの、三分の二ほどが消失していた。先程シネンセさんが作っていたのは、ロコト氏「一人分」のおやつだったようだ。

「なにか用か。」ロコト氏は、じとりと此方を見て言う。

睨んでいるわけではないようだ、いつもの洞のような目が少し輝いているように見えた。暗い井戸の底に、ちいさな光る石が落ちている。


女性でも甘いものが嫌いなひとがいるように、別段男性が甘いものを食べたってかまわない。だが普段物騒な言葉を発している野郎が、甘いケーキをこどものように頬張っている姿は滑稽に見えた。


「いや、あんたもひとの子なんだなあと思って。」

多少、失礼なのはご勘弁願いたい。いわゆる意趣返しというやつだ。


海賊たちもニッコリだ(^<^)

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