仇
唐突にだが、獄中生活終了のお知らせである。
まだこの屋敷に着いて半日と経っていないはずだ。というか釈放するのであれば、ストラさんの診察も檻の外に出てからでも良かったのではないのか。
そのことを訴えると、
「うるせーよ、殺すぞ。」
手の関節をぽきぽきと鳴らされながら、言われてしまう。
横暴、物騒さに変わりはない。ちょっとだけ慣れてきたぞ、ちょっとだけね。
このロコトという男、見た目は十代後半か二十代前半のイケメンである。男の俺から見てもイケメンなのだ、きっと女性から見たらアイドルにも引けをとらないだろう、知らないけど。
俺が女だったら、こんな男、まっぴらごめんなのだ。
檻から出されて俺が案内されたのは、小部屋だった。小部屋といってもこの屋敷の規模だ、俺が住んでいたアパートの一室よりははるかに広い。
戸を開けるとそこは、全体的にピンクに装飾された、女子の部屋だった。フリルの付いた寝台、所々部屋を浸食している人形やぬいぐるみ。香水だろうか、かすかに部屋から甘いにおいがする。
やだあ、お姫さまの部屋じゃない。嫌がらせか、このやろう。
鼻を摘まみながら訝しげに、ロコト氏を睨みつけた。
「部屋の内装については希望があれば、変えることはできる。このまま過ごしたいなら、それでもいいが。」
「ああ、嫌がらせかと思った。」
割と、マジで。
「前に居たワタリが女だったからな。半分はお前への嫌がらせと経費削減を目論んでだ。うちも結構、財政難だ。」
やっぱり嫌がらせだった。殺すぞ、いや反対に殺されそうだけど。
「前に居たワタリって還ったんですか。」
「部屋の正面に大きな窓があるだろ。」
ロコト氏が指さす方向を見ると、部屋を出た正面の廊下にこれまた、豪華な装飾の窓があった。
「女は最初、かなり従順だったんだが途中から何が気に入らなかったのか、あの窓から脱走を図った。だから眼鏡の姉さん、シネンセが殺した。」
背後から、狙撃銃で、一撃だ。女は即死、数分も経たずに跡形もなく消えたという。
背中を向けて逃げる、丸腰の女性に向かってそう容易く武器を向けられる。それにこの内装なら成人女性ではなく、年端もいかない少女だった可能性が高い。
人殺し、もとい、彼らは『兵』だ。それを当然として、武器を握っている。そこに情などという余計なものは介在していない。
「俺がやるには、かなり距離があったし。」
それは至近距離だったとしたら、この男は女子供をも殴殺できると語っているようなものだった。男は女を殴れない、なんてこの男にそんな「ほかのせかい」の常識などないのだろう。
「弱者だから、女だから、丸腰だから。そんな理由は、番兵には通じない。あるワタリは、言葉一つで王を篭絡し国を、せかいをひとつ滅ぼした。
言葉は時に拳より、鉛玉より亀裂を、致命傷を与えうる武器になる。殴り殺せるほどの剛腕男よりむしろ、虫も殺せないような顔をするくせに口の達者な女の方がおれは恐ろしいよ。」
ロコト氏は此方を見る。木の洞のような目が、井戸の底のような黒い穴が此方を見つめている。殺意とも言えぬような、なんとも生温い視線が妙に気味が悪かった。
詳細など聞きようもないが、多分、そのワタリはロコト氏の故郷を滅ぼした。そんな推測に、確証もないのだが妙に納得してしまった。
案内を終えるとロコト氏は帰っていった。
とりあえず俺は、ピンクの寝台に座り考察する。布団は妙にフカフカで、それが気持ち悪かった。
ワタリは、番兵の仇だ。見も知らぬ敵よりもそれはそれは、殺し甲斐があるだろうさ。
同時にワタリがどのような経緯で異なったせかいに送られてしまうのか、気になってくる。
まさかただの事故、というわけでもない。
俺は此処に来る前、なにをしていただろうか。トラックに轢かれたわけでも、不思議な小人を追いかけていたわけでもない。スッポリと、直前の記憶がないのだ。頭の中にたくさんの記憶を記したノートがあるが、ちょうどそこのノートだけ無くなっている、みたいな感じに。
「遊びに来たよ。」
ノックの音がして戸を開けると、ストラさんが居た。そうだ、同じ境遇のひとに聞いてみるのもありだろう。
「ちょうど良かった。ストラさん、俺聞きたいことがあって。」
「ぼくで答えられることなら、どんどん聞いてよ。お邪魔するね、・・・。」
部屋に入るとストラさんは、突如無言になる。
「だ、男性だって可愛いものが好きでもいいよね。ぼくも猫とかハムスターとか好きだし。」
「ロコト氏、今すぐに内装を変えてください!」
俺は廊下に出ると、そう叫ぶ。
出来ればシックな、モノトーンの家具で統一してください。




