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原作を改変したら殺されます  作者: 葵陽
二ノ章 地平線の先に
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生かすにして殺すひと

「少しだけ貧血気味だけど、健康状態に異常はないと思うよ。君、若いからかな。」

痩せこけて無精髭を生やした、ストラという東洋人顔の男は診察を終えると俺にそう言った。




俺たちは先ほど無事にセーフハウスへ到着した。驚くことに、俺が保護されてから半日ほどでセーフハウスの島に行き着いたのだ。

航海術を持たず海へ出ることが、どれほど命知らずであるかを思い知る。

そして俺は、有人島のそんな近場で遭難していたのである。

なんというか、とても空しくて泣きそうになった。



島の、船着き場のようなところで舟を降りる。俺はといえば殺されない代わりに、ずっと檻にいると言ってしまったので檻へ入ったまま上陸した。檻の規模は、俺が腕を伸ばせるほどの広さだ。まさかそのまま、持ち運びが出来るなどとは思わなかったが。



道程、酷いほどに檻が揺れるので食べたものを戻しそうになってしまった。舟の中でもらったたまごスープが、胃からせり上がってくる。

いい子だから、こないで!と俺は必死に口を抑えて吐き気と戦っていた。



なんとか嘔吐感との戦いに打ち勝ち、セーフハウスへ到着する。

島はそんなに大きなものではなく、一日もあれば一回りできる、とのことだ。もっともそんなことを聞いたところで檻から出られない俺には、関係のないはなしだが。


ハウスの外観は、西洋風の大きなお屋敷だった。幼い頃妹が持っていた、ドールハウスを思い出す。

白壁に青い屋根、豪華な内飾。

玄関に入ると、俺は玄関ホールのようなところに檻ごと置かれる。屋敷の床は総大理石だ。

なんだ、番兵はお金持ち集団か。そう考えると、俺はもやっとした。



「一応医者、のようなものを呼んでおきました。診察を受けられると良いでしょう。」

「医者、ですか。」

「医者、のようなものです。このせかいには医師免許、というものはありません。正式な医者という職も存在しないのです。ですから医者のようなもの、と。」

問えば、眼鏡の姉さんが答えてくれた。メロンソーダ男(仮名)には無視された。てめえこのやろう。


つまりは極端なはなし、消毒薬と包帯が使えて患者が治れば医者であると名乗れるわけだ。その分詐欺とかも多そうだけど。


眼鏡の姉さんとメロンソーダ男(仮名)は、俺をホールに置き去りにして屋敷の奥へ行ってしまった。いや殺されないのは良いけど、もう少しアフターケアをしてほしい。殺されないのは良いけど。


暫く俺は、檻の床をじっと見ていた。冷たい鉄で出来たこの檻を運んできたのは、あのメロンソーダ男(仮名)だ。同じような年齢で、体つきも同じような中肉中背の男に、檻ごと運ばれたというのはかなり衝撃的な出来事だった。

まず番兵を逆に殺して逃げる、なんて選択肢は消えた。


これからどうするべきかとぼんやり考えていると檻をこん、と叩く者がいた。俺は叩いた者を見る。


「君が、新しく来たワタリだよね。ぼくはストラ、よろしくね。」

痩せこけて無精髭を生やした、東洋人顔の男がいた。Tシャツにジーパンという、ずいぶんラフな格好だ。

ストラ、と名乗った男は檻の間から手を伸ばして握手を求めてくる。

俺は一瞬躊躇したけれど、おもむろに彼の手を握った。


ストラは持ってきたカバンから聴診器を取り出し、俺の診察を開始した。檻越しに。

俺は問診に答えながら、こいつ彼女いなそうだな、と失礼なことを考えていた。歳は、俺よりだいぶと上に見える。初老、よりは若めの三十代後半か。



「少しだけ貧血気味だけど、健康状態に異常はないと思うよ。君、若いからかな。」

診察を終えたストラさんは、紙になにかを記している。カルテか。


「あのストラ、さん。」

「あ、ストラでいいよ。なんだい。」

「いや、さすがに年上を呼び捨てには出来ないんで。」

「君まだ、二十二だったね。無理にとは言わないよ。

それで、なにか質問かな。ぼくで答えられることなら、いいけど。」

ストラさんはふにゃと笑って、俺のはなしを聞いてくれる。あまり深いところまで聞けるとは思わないが、質問せずにはいられなかった。

「ストラさんてその、番兵なんですか。それともその仲間とか。」

「ううん、ぼくは君とおなじ。ワタリだよ、それも日本人。」

ストラさんは即答する。別段、口止めもされていないようだ。

「ワタリなんですか、でも、名前。」

「ストラは偽名みたいなものかな、本名は漏らしちゃいけないんだって。なんでかは、教えてくれなかったけど。」

元のせかいに還れなくなる、とかだろうか。どこかの、神話のように。


「ストラさんは此処にくる前も、医者だったんですか。」

「いいや、別の仕事をしていたよ。でも此処に来てからは、経験が生かせなくて。それでもなにかしたいと思って、ロコトさんの手伝いをしてるんだ。だからやってることは医者、の助手かな。僕ができることなんて、やれと言われたことをやるくらいだしね。衣食住は、番兵が保障してくれるから生活には困らないし。」

「ロコト、さんって誰です。」

聞き覚えがない。他にもワタリがいるのだろうか。


「あれ、まだ会ってないの?」

ストラさんは首をかしげる。

「眼鏡をかけた優しそうな女性と、物騒な男には会いましたが。」

「ああ、会ったんだねえ。」

「眼鏡の姉さんが、ロコトさんなんですね。」

うんうん、と俺はひとり納得する。が、それはすぐ否定された。

「いいや、そのひとはシネンセさんだよ。料理がとても上手なひとでね。何回か僕も、ご相伴させてもらったんだ。君もごちそうになるといい。」

と、いうことは。

「まさか、ロコト、さんて。」

「信じられないかもしれないけど、その"物騒な男"というのがロコトさんだね、信じられないかもしれないけど。

僕の、医の師匠。あのひとはお医者さんなんだ、信じられないかもしれないけど。」



大事なことなので、三回言いました。

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