傍らの刃物は、彼女の私物です
湯気のたったお茶を、私は眺めている。緑の色をしているので、日本茶なのだろうか。
「お前は不思議だな。わたしに殺されることを、あんなに恐怖していたのにこんな行動に出るとは。あの老爺に恩でもあった、わけでもないだろう。」
私は何も答えず、ただ頷いた。話したこともなければ、会ってすらいないひとのためにこんなに行動できるとは、私自身も思っていなかった。
「己の命を懸けてでも、ひとの命を助けたい。その精神は尊ぶべきと思うが、それが出来る人間はあまりにも少ない。ただ、」
ネモさんは、頬杖をつき少し考えるそぶりをした。そして口を開く。
「ワタリには、そういう人間が多い。異なるせかいに来て興奮しているのか、異なるせかいが夢のせかいだと思っているのかはわからないが、無知無謀ゆえに無鉄砲な行動を起こすことがままある。自分の居たせかいで行動的ではなかった者がより、顕著に。」
その行動原理は、わからない。私自身、自分の行動の理由なんてわからない。なにか見えない力に動かされた、と無理やり理由を付けることもできるけど。
「それと、あの老人だが。」
「とにかくパニック状態だったので、木陰に置いてきちゃったんですけど。」
「そろそろ、死ぬぞ。あと、数分だ。」
「は、え。」
「元々、末期の病だった。火事で死ぬか、病で死ぬかの違いでしかない。」
「でも、トムが薬を。」
「わたしの薬で治癒するような病ではなかった。それにあの赤毛の小僧は、わたしの薬を他の奴に高値で転売していただけだ。はっは、強かな輩はどこにでもいるなあ。」
彼女が笑っているのを、はじめて見たかもしれない。
「知ってたんですか!」
「『このせかい』のことでわたしが知らないことは、なにもないぞ。それこそ道端に落ちている石の数すらも、理解の範疇だ。でなければ森に落ちていたお前を、見つけることも叶わないからな。」
千里眼、みたいなものだろうか。本当にチートな能力だ。
「こういうことは、あまりないと思うぞ。お前はほんとに、運が良いなあ。」
ふふふ、と楽しそうに相好を崩すネモさん。
笑うと、少女のように可愛らしいひとだ。




