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停滞する平坦な愛について

作者: パルコ

お久しぶりです。

インターネットが使えるようになったので、これからゆるゆる執筆していきたいと思います。


あとがきを最後までスクロールするといいことがあるかも知れません(笑)

あ、ちなみにタイトルと本編は一切関係ありません。

 またね、と男の唇が笑った。ムスクが鼻を刺す感覚をこらえながら、ええまた、と微笑み返す。男がタクシーに乗り込むのを見届けて、俺は新宿駅へ向かって歩き出す。


 タクシーに乗って帰ったのは、羽振りのいいパパで、二枚目気取りが気に入らないが三人いるパパの中ではもらえる金額が一番デカい。紛い物無しの十万円をスーツの内ポケットにしまい込む。


 たとえば、「君に似合う」と言われて買い与えられたドルガバのスーツとか、誕生日プレゼントに送られたフランクミュラーの時計とか、高級と謳う苦い匂いしかないウィスキーとか、そんなものは遊び相手がくれる副産物みたいなもので、本当はドルガバもフランクミュラーも売り払って金にしてやりたいが、継続的な収入がなくなることを考えれば身に着けているしかない。


 改札を抜けて混雑する電車に乗り込む。ハイブランドのスーツと俺の顔が釣り合ってないからか、サラリーマンの視線が刺さりに刺さった。目がうるさい。分かってるよ、似合ってねえことくらい。



 最寄り駅から徒歩十分のところにある俺の住み処は明かりがついていた。

翔真(しょうま)さん……?」

同居人は帰ってきているらしい。鍵を差し込むとカチャンと軽い音が鳴った。

「ただいま」

「あー、おかえりぃ」

同居人でありこのアパートの契約者でもある翔真さんはガスコンロでジャアジャア音を立てながら熱されるフライパンに向かっていた。カレーと、微かなマヨネーズの匂いが辺りに漂っている。

「それなに?」

「社長が『作ってくれ』って言って、『いいですよ』って返したら先輩も事務の人も会長も『食べたい食べたい』言い出した」


 翔真さんは手際よく作業をしている。自分の職場は社員は少ないが働きやすい環境で、社員全員が親族みたいにお互いを気に掛ける仲の良い会社だと、翔真さんが笑って話していたのを思い出した。



 フライパンから大皿に移動していくカレー粉を纏ったひと口大の鶏肉を見ていると食欲が湧いてくる。四時間かけてちまちま食うフレンチと酸っぱいワインでは俺の腹は満たされないと翔真さんの腕に飛びついた。

「俺も食べたい」

「まず着替えてください」

俺に一瞥もくれず「着替えてください」の“い”を強調しながら翔真さんは言った。

「一個! 一個ちょうだい!」

「だから着替えてよ! ワイシャツはネット入れといて。僕やだからね? カレー粉で四十万のスーツ汚されるの」

どうやら着替えないとお預けらしい。前にこのスーツを脱ぎ捨てて床に放置したら翔真さんに怒られたからしっかりハンガーにかけた。


 カットソーとスウェットパンツに着替えてテレビを点けるとさっきのカレー味のチキンが用意されていた。

「もう十時だから少しね。」

と言いながら白飯と味噌汁も用意してくれた。この人は人一倍俺に甘いと思う。

「いただきます」


 チキンを噛むとじゅわりと肉汁が溢れた。カレーの香りもするけど、まろやかさを感じる。大人向けというより子どもが好きそうな味だ。


 翔真さんの料理を、「美味い」と言ったことは一回もない。翔真さんが言って欲しいのかもわからなかったし、言っていいのかもわからなかった。でも、「家で囲む温かい手料理が一番のご馳走」とかいう陳腐な言葉を借りるのならば、俺は人生で一番の晩餐をとっているのかも知れない。



 二人とも右利きなのに、飯を食う時は隣り合って座る。今日も缶ビールを片手に俺の右隣に翔真さんが座った。

「今日何食べたの?」

「フレンチ」

「そう」

「でも嫌い」

「うん?」

「フレンチ」

「そう」

彼が呟いてビールを飲み干した。


 アパートの明かりが点いているとき、彼に「おかえり」って言われるとき、小さな食卓でぽつぽつ会話しながら隣り合って飯を食うとき、二畳半のロフトで狭苦しく二人で寝るとき、独りになんてなれなかったと思い返す。不意に触れた翔真さんの腕は温かい。



 酒を飲んだ翔真さんは、少し冷たい。当たりが強いわけでもないし、突き放すわけでもないけど、目尻は下がることはないし、言葉数も少なくなる。歯ブラシを咥えながら画面の向こうにいる人気芸人を鼻で笑っている彼を見ると、どうにかしたい思いに駆られる。歯みがきを終えた彼の口から、白濁の水がシンクに吐き出されるのをじっと見つめていた。

「翔真さん」

「ん?おかわりないから」

「なんで俺を拾ったんだよ?」

「生ゴミになるには早いと思ったから」

何度も口にした質問に、お決まりの答えが返ってきた。去年、女が俺を蹴っ飛ばした町のゴミ置き場は今も正しく機能している。真っ当な人生を送っている翔真さんは、誰かに蹴られてゴミ袋に背中を打ち付けるなんてことはきっとない。


 睡魔に襲われている翔真さんがのろのろとロフトに上がる。「明日は?」という彼の質問に「遅番」と食器を片付けながら答えた。

「じゃあ寝るとき電気消して」

「わかった」

テレビでは芸人たちがガヤガヤと騒いでいるのに、翔真さんはすぐに寝息を立てた。



 騒がしいテレビは消した。

「翔真さん、寝た?」

返事はない。ロフトに上がらずに彼の寝息を聞く。寝言はないから穏やかに眠れているんだろう。俺は、彼を傷つけたものを取り除くことはできない。彼の友人になる価値もない。それでも、

「翔真さん。俺、あんたが大事だからな? 俺が歩けてるの、あんたのおかげだから」



 華やかな人生じゃなくても、人から羨まれる人生じゃなくても、せめてあったかい世界にはいてほしい。独りきりではないといい。

「中途半端に優しいあんたのこと結構好きだよ」



 ああ、この人の優しさは体温が移った掛け布団に似ていたんだな。


ありがとうございました!






















実はこいつらでした↓

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[良い点]  気持ちの良い二人の世界に引き込まれました。 [気になる点] 特にありません。 [一言] 復活、おめでとうございます。
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