旧世界目録
お待たせしました
◆日本。とある高級マンションの最上階フロア。
「あぁっ!畜生!!いいとこだったのによぉ!?」
オゾフロは大陸から現実の世界に追い出されて御機嫌斜めだった。
ダイブギアのセーフティ機能。いつもの連続ログイン時間一杯までプレイしていた為に起きた、強制ログアウトである。
この機能が作動してしまうと最低でも五時間はログインが出来なくなってしまうのだ。
適度にログアウトして休めば動くことなど無いセーフティ機能だが、ついつい作業に集中してしまうオゾフロのような職人。そして大陸での稼ぎで世間から隔離された最高のゲーム環境を提供する、郊外の高級マンションで暮らせるような廃人には難しい。
「MP創成炉……紛い物じゃねぇ本物があと少し……あぁぁぁぁ!この糞セーフティが!なんでだよ!あと少し我慢しろよっ!」
ドタバタと、現実でも大陸と髪の毛の長さ以外は、ほぼ変わらない姿をしているオゾフロが、長時間プレイを快適にサポートしてくれるスマートマットの上で暴れている。
どうやら彼女は、邪神オブシディウス討伐の報酬として国から貰ったオリハルコンを、ゲルドアルドのような力業ではなく全うに扱い。
ダイ・オキシンの期待どおりにMP創成炉の完成……偶然な上に雀の涙ほどしかMPを産み出せない失敗作ではない、本物と言える炉の完成に王手をかけていたらしい。
バグ技のようにオリハルコンを増殖させ、現実の地球にやって来て大暴走を始めたゲルドアルドとは大違いである。
ダイ・オキシンはそんなことをして欲しいとは欠片も願ってなかったし、できるとも思っていなかった。
ムキー!と奇声を発し怒り収まらぬオゾフロ。
ジタバタと手足を振り回す速度が更に上がる。
彼女が戦闘用巨大なロボットであるレガクロスの装甲を素手で砕き、アダマンタイトの板を凹ませるゲームアバターの姿であれば、部屋は無惨な姿に成り果てるところだったが、現実の彼女は、ゲルドアルドによって状況が急変したとはいえ、今はまだ、僅かなMPしか無い地球で生きる鉱人族である。
本気で殴ってもフライパンに拳の跡が刻まれるくらいだ。
そんな鉱人の暴虐に曝されても、使用者の体勢や動きに合わせて巧みに固さや形を変化させる大陸プレイに推奨のスマートマットは、悲鳴一つ上げずに耐えていた。
流石はスポーツカーのような値段を掲げる最高級スマートマットである。
「あぁぁぁぁー!……飯でも食うか……」
一人で怒り狂うのに飽きたのか、オゾフロは、酷く不機嫌な顔を取り繕うこともなく、食料をお求めて冷蔵庫があるキッチンへと自室の和室からノソノソと歩き出る。朝から何も食べていない。夢中で生産活動に勤しんでいた。
空腹を自覚したオゾフロの腹がグォォォォー!と咆哮する。
腹の虫とは思えない凄い音である。
モソモソと冷蔵庫に常備している完全栄養クッキーを食べながら、無地の白い寝巻きのままリビングへと移動。ボタン一つで食事をプリントアウトしてくれる便利な機械もあるが、今の彼女はそれさえも面倒臭い。
ドカリとそんな乱暴に扱ってはいけない値段の幅広いソファーへと、腰を叩き付けるオゾフロ。目の前には四角い大きなテーブル。それを挟んで向かいの壁一面を埋め尽くす巨大なTVモニター。
ちょっとした小劇場サイズだ。
このTVは、彼女が大陸でギルマスを勤めるゲシュタルトの下部組織である研究部の一つ。
怪映研が作っているような、怪獣だの、巨大猛獣だの、エイリアンだのが、襲ってくるパニックムービーばかりを流すためにこの部屋に存在している。
「んぐ……たまにはニュースでも見るか」
そんなTVは、完全栄養クッキーを咀嚼し終えたオゾフロの気紛れで、実に十年ぶりに普通にTVとして使われることになったのだが……。
現在、全てのTVチャンネルが延々と流しているのはゲルドアルドに関するニュースだった。
それは、ニュースキャスターが金色の怪獣だの、エイリアンの侵略だの興奮冷めやらぬ様子で捲し立て。
空が琥珀(蜂蜜)色に覆われた!遂にノストラダムス予言の日が来た!地球は滅亡する!と声高に叫ぶカルトらしき集団が映し出されていた。
それは普段から見ている映画と全く変わらない内容であり、オゾフロは首を傾げる。彼女が操作を間違えて映像ソフトの再生を始めてしまったかと勘違いしてもしょうがない光景だ。
遂には映画の中で大暴れしていそうな、金色の妙に既視感を感じる怪獣の姿がライブ中継され始めてしまい、彼女は三回も再生されている映画じゃないかと確認してしまった。
「え、嘘だろ」
衝撃を受けて呆然と呟く。
背中に巨大な三本の大砲らしき筒。天然物には見えないと整った装甲で武装している。雲を下から完全に突き破る巨大なメカ怪獣的存在が現実のニュースとして報道されていた。
実は二日前からそんな状態だったのだが、ギルドの運営関係をほぼダイ・オキシンに丸投げ。
オリハルコンの研究に熱中していたオゾフロは、現実と大陸両方で、プレイヤーが大騒ぎしていた大事件に全く気づいていなかった。
事件現場からかなり離れた場所に住んでいるのも気付かなかった原因だ。
オゾフロは画面に食い入るようにニュースを見始める。
まだフェイク映像を疑っているが、それならそれでオチが気になるくらいには彼女の心に響いていた。
オゾフロは再びキッチンへと移動し戸棚や冷蔵庫から菓子と炭酸飲料を両手に抱え、再びドカリとソファーを痛め付ける。不機嫌な顔は完全に剥がれ落ち満面の笑みである。
ニュースは、恐ろしい被害者数の大惨事も伝えていたのだが、良い意味でも悪い意味でも彼女はそういうことに慣れきっていたので、軽く流されていた。
同じ日本とは言え、現場はかなりの距離がある。日本の不思議な技術力で、核兵器にも耐えると嘘っぽい宣伝がされている高級マンションに住んでいるため、どこまでも他人事である。
どうせ大陸にはログインできない。娯楽として、日本に現れた謎のメカ大怪獣のニュースを娯楽映画のように楽しむ気だった。
ちなみに、マンションは実際に連邦と連合が運用できる核兵器に耐えられる用に設計されており、特別な強化ガラスは、爆風や熱に耐え、有害な光りを完全にシャットアウトしてくれる。勿論、空気だって浄化できるし、酸素の生成も可能だ。
大陸とは比べ物にならないが、不思議な魔法は、物理法則のみで紡がれた核兵器では傷一つつかない。
「あぁ!?何だよ突然!!」
オゾフロの不謹慎で見た目に相応しい無邪気な少女の笑みが、怒声と共に怒りの表情に変わる。
謎のメカ怪獣のライブ映像が唐突に終わり、熱心に両手に持った紙束を確認している、黒髪の普人族の少年の後ろ姿が映し出されたのだ。
「あ、なんだこれ?」
オゾフロは別のチャンネルへと手にしたリモコンで変更するが、どのチャンネルも同じく黒髪の普人族の少年が映っている。全く同じ映像だ。
リモコンを操作してマルチチャンネル表示モードに切り替えてみても、TV繋げば見れる通常放送から、彼女が個人的に契約している有料チャンネルまでもが、全て同じ映像を表示されている。
「……どうなってる?」
訳がわからないとマルチチャンネルモードを解除したオゾフロの目の前で黒髪の普人族の少年が喋り出す。
『よし、原稿の最終チェックは終わり、さぁ!頑張るぞぉ!あ、あと何分ですか?』
黒髪の少年は画面外に居る誰かに語りかける。
内容から察するにカメラが回っていることに気付いていない雰囲気だった。
放送事故らしきザワザワとした雰囲気が画面越しでもオゾフロに伝わってくる。
『え、もう回って……?う、うそ……え、あ……おほんっ!』
仕立ての良いスーツ姿の黒髪の普人族の少年は、咳払い一つ。そして軽くネクタイを締め直すと、持っていた紙束を画面外へ投げ捨てた。
『TVやコンピューターの画面を見ている地球の皆さん、こんにちは』
『この放送は連邦と連合、その他小国家、民間、政府問わず、全ての国の言語に翻訳されてTVなどを通じて伝えています』
『我々の名は、旧世界目録』
『旧き素晴らしき世界の記憶と技術を現代に継承し、その旧世界の再現を目指し、旧き幸福の時を探求する私設非合法組織です』
恐ろしく胡散臭い理念が唐突に語られる。
『本日未明、旧世界目録は、地球を襲う未曾有の危機を憂いた日本政府より、地球の運営権を委託されました』
『今この放送が流れた時点から、地球上にある全ての国、企業、団体、個人は、我々の管理下に置かれ、同時に地球非常事態宣言を布告します』
淡々と一部の日本人にしか全く理解不能なことを告げていた、謎の団体、旧世界目録に所属しているだろう黒髪の少年は、突然固く握った拳を振り上げて叫び出す。
『地球は狙われています!』
『我々は一致団結してこう叫ばなければなりません!』
『地球SOSと!』
「何言ってんだコイツ」
オゾフロは思わず、涼しげな顔立ちとは裏腹に、むさ苦しいほど熱く、地球の危機を叫び出した少年に突っ込みを入れた。
この日、旧世界の忘れ形見【大陸】を有する、表向きはただのゲーム会社だと偽っていた運営は、全く想定していなかったゲルドアルドの行動のせいで。
本来の名である【旧世界目録】を名乗り、慌てて表舞台に躍り出たのだった。
次回更新は未定。今月に一回あるかもしれません。
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