自画自賛
おまたせしました
ゲルドアルドはキレた。
言葉にならない怒りの咆哮を上げて、隠すことなくティータ姫に感情をさらけ出している。普段の状態であれば我慢できる範囲だったが、今の彼には全く我慢が出来ない一撃だった。
怒りに呼応しゴボゴボと、抉れたゲルドアルドの頭の断面から蜂蜜が溢れる。
果物串を刺したティータはいつものゲルドアルドとは違う反応に不思議そうな表情を浮かべ、可愛らしく首を傾げていたが、突如、頭上から降ってくる強大な力を察知して身構えた。
「ぬあっ!?」
驚き天を仰ぎ見たティータの目に映るのは、空を完全に遮るとてつもなく大きな物体。
そんな物が頭上から二人に迫っていると、驚くと同時に彼女はクロックロードの力で時間を停止させる。
「ふぅー久しぶりに冷や汗をかいたのじゃ……」
わざとらしく額の汗を拭う動作をした彼女は目と鼻の先にまで迫る、といってもまだ普通のレガクロス三機分は離れているが、それでも目の前にあるかのような途轍もない圧迫感を感じる。
「大きい……琥珀?」
彼女が見たもので最も大きな物体は、大自然の野山を除けば、魚の姿をした巨大な機械オブシディウス。
頭上にあったのはそれが小魚に見えるほど巨大な何かだった。
「……いや、蜂蜜かのう?」
彼女が二番目に身近に感じる色。蜂蜜を思わせる濃い色。一番は金色だ。その表面には無数の六角形の紋様が刻まれ、うっすらと光っている。
「模様ではない?」
既視感を覚える六角形、蜂蜜色、僅かに光るソレの正体に彼女はすぐにたどり着いた。
「蜂蜜精霊?」
それが合図だったかのように蜂蜜精霊の塊。竜種となったゲルドアルド本当の肉体の拳は、まだ止まっている筈の時間を無視して僅かに動いた。
「きゃっ!?」
ほんの数十センチ動いただけだったが、対象があまりにもでかすぎる。
クロックロードの時間停止魔法を振り切って動いた迫力に思わず可愛い声を漏らして尻餅をついてしまう。
「嘘っ耐性ではなく出力で無理矢理な……」
蜂蜜とは熟成を伴う蜜蜂の保存食。蜂蜜を司る下級精霊の蜂蜜精霊には僅かにだが時を操り蜂蜜の熟成を促す力があった。
本来はクロックロードの【乙型MP増殖炉】の出力に敵う筈の無い力だったが、無数の蜂蜜精霊が集まり腕を成しているそれは、機神ゲシュタル・ゲ・ルボロスを一人で稼働させられるゲルドアルドの膨大なMPの後押し受けて、止まった時間を振り切ろうとしている。
次々と彼女の脳内に表示される自慢の愛機からの警告メッセージ。
すぐに慌ててその場から全力で逃げ出そうとするが、無情にも脳内に終わりが告げられる。
「のじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ゲルドアルドが怒りのままにティータを殴ろうと振り上げた拳は、唐突に悲鳴を上げて頭を抱えて座り込んだ彼女の姿に驚き宙を彷徨う。
負けた相手に好きにされる覚悟はできていても、圧倒的な力で唐突に迫り来る死に対しては、些か彼女の覚悟も足りていなかったようである。
「あぁ!なに突ぜえぇぇぇぇ!?」
彼は拳を振り上げたまま苛立つ口調で、彼女を謎の行動を問いただそうとするが、何もない筈の場所で拳が何かに触れて驚き、そして、頭上にいつの間にか蜂蜜色の巨大な物があることに気付いて悲鳴に変わった。
「ぐぇっ!?」
驚き身体を仰け反らしたゲルドアルドはそのまま足を滑らして横転。フツフツと頭の断面で煮えていた蜂蜜が地面にぶちまけられる。
ティータはプルプルとその横で頭を抱えたまま震えている。
「来ない……のじゃ?」
暫くして、覚悟した痛みがいつまで経っても訪れない事を不思議に思ったティータは、ゆっくりと顔を上げる。涙で潤む目が恐る恐る周囲を伺う彼女が見たのは、天を覆う化のように停止した巨大な蜂蜜色の物体と……。
「良い表情じゃないか」
そんな小動物を思わせる様子の愛娘をレガクロスの金属眼球と酷似した魔法式カメラで撮影して、ニヤニヤと下品に顔を歪める自分の母親……タイタニスだった。
◆
「母上!」
「はーはっはっは!鍛練不足だねぇ、そんな動きじゃアタシを捕まえるなんてできないよ!」
「……これは精霊が金属化している?凄い新素材だ」
後ろでじゃれあう母娘を尻目に、ゲルドアルドは目の前の新素材に夢中になっていた。
母親にからかわれている姿で溜飲は下がっている。注視していれば、顔を真っ赤にして恥じらうティータに本気で殴られてしまうので正解である。
彼はまだ目の前にあるのが自分の身体だとはまるで思い至らない鈍感だが、目に見えている地雷をワザワザ踏み抜くほど、愉快な愚か者ではない。
「手か?ん、なんで?繋がってる……」
撫でたりと叩いたりと、身長三メートルで腕の長いゲルドアルドが手を伸ばせば触れる距離にある物体を調べると、彼の視点だと大きすぎる上に近すぎて何だかわからないそれが、ジャンケンのグーの状態で握られた拳だと理解できた。
これが自分達に向かって落ちてきていたらしい。
怖い。こんな巨大な物体が、戦闘力では間違いなくゲルドアルドの上位存在であるティータが怯えるほどの速度で落ちてきていたのは恐ろしい。
流石にこの質量が隕石のように降ってきて潰されると、ゲルドアルドでも死んでしまう可能性があった。
実際には、拳に押し潰されてもゲルドアルドのゲームアバターが粉砕されるだけで死ぬことは無い。彼の目の前にあるのは彼の身体なのだ。今も繋がっている。
そんなことは知らない彼はただ怯え、背中に冷や汗を流していた。
冷や汗は至高の蜂蜜だったので、近くのディラックが素早くやって来て美味しく舐め始める。
「さぁ、替えの下着さね、大丈夫誰にも言わない……戦場では良くあることさ」
「母!上!やめるのじゃ!も、漏らしてなどおらぬ!」
「怪しいねぇ……あんな殺気の欠片も感じない物に幼子のように震えた姿を見た後だと余計に」
いつの間にか攻守が逆転している。ティータ姫は普通に幼子の年齢では?とゲルドアルドは心の中で指摘したが勿論それは聞こえていない。
タイタニスが彼をチラリと目線だけ寄越した気がするが、聞こえていないし、何も見ていないのだ。
ゲルドアルドの視界の隅に、ギラギラと金色に光輝く趣味の悪すぎるスッケスケセクシーランジェリーを両手の指で摘まんで、ジリジリと娘に迫る王妃の姿が見えた気がしたが、今の彼にはそれよりも気になることがある。
「ディラック……何故だかこれはサンダーフォーリナーに近い感覚を覚えるのだけれど、例の作戦で勝手に作ったりした?」
死にたくないので視界にチラチラと入る、娘の下着を力ずくで無理矢理確認しようとしている光景に一切反応しないように勤めながら。
背中が削れる勢いで舌を這わせるディラックに彼は問いかけた。
(否定。)
交信フェロモンで答えを返し首を横に振るディラック。
彼女たちは、ゲルドアルドの魂奪還と蜂蜜泥棒を殲滅する作戦と儀式の目処が立つまで派手な動きを控えていた。
ゲルドアルドの魂が分裂しかねない緊急事態だった為、彼に意識されそうな行動は慎んでいたのだ。
こんな巨大なレガクロス擬きを作っていれば、確実にゲルドアルドに見つかって興味を示されてしまう。
ディラックには全く覚えがない。
他の姉妹達も同様。
この件で中心になっていたのは、古参の罠蜜蜂達と、彼女たちに緊急事態を告げられたレディパールが、ゲルドアルドに頼み込んでスキル作成した女王罠蜜蜂である自分と彼女が生んだ新米の罠蜜蜂達。
そんな彼女達の行動がバレないようにレディパールはゲルドアルドに甘えながら彼を見張り、ディレッドとディエローは、ゲルドアルドから与えられた役目である暫定異世界の巣の拡張と管理や新兵器開発をいつも通りこなしていたのだ。
こんな物を作っている暇はない。
「おぉ!動く……ボクの意思で」
ゲルドアルドとディラックの頭上でグーからチョキ、そしてパーに形をゆっくり変化すさせる拳。
感じる繋がりからフォーリナーを遠隔操作する要領で念じてみると、ゲルドアルドの思い通りにそれは動いた。
自由に動かせる。まるで自分の身体のように……実際にゲルドアルドの肉体なのだから当然だ。
「ふーん……?」
ゲルドアルドは驚きはしたが、それだけで軽く流してしまった。
彼の感覚はアバターの操作に毒されており、長らく不在だった本来の肉体に、しかも竜種に超進化した肉体にはフィット感を感じながらも微妙な違和感があった。
それに加えて機体に流れるMPを通じて自分の手足のように操るレガクロスの操縦法に慣れていたので、それ以上の感想は生まれなかった。
なんだかわからないが悪い物には感じない。
これが振ってきた時に大蜜蜂達が反応が薄かったのが証拠。
覚えがないが、必死に死から抗ったあの時に、自分が作った物じゃないかとゲルドアルドは間違ってはいないが正解とは程遠い答えをだして納得してしまった。
そういえば、本当にレディパールどこに行ったのだろうか?
不思議と近くに居るように感じるが、ティータに絡まれていた時も真っ先に駆けつけるだろう彼女の姿はなかった。
「立ち上がれ」
声に出しながら|謎の物体《竜種と化した本当の肉体》に念じると空気が震えた。
頭上にあった巨大な腕が頭上から移動して遠く離れた大地に突き立てられ、その動きで突風が巻き起こる。風に吹き飛ばされたゲルドアルドを空中で素早く顎でキャッチしたディラックが、そのまま翅をはばたかせせて上昇していく。
雲の高さも越える巨大なのっぺらぼうがソコにいた。
頭部と思われる位置(本当は首だったがゲルドアルドは忘れている)に鎮座するひび割れを纏う金色の球体。同じ形で一回り大きく同じくひび割れた胸部。
左右に生える金属化した蜂蜜精霊で形成された地面に届くほどの巨大な両腕。
それを力強く支える葉と果実を実らせた森のような獣脚。
俺は永遠を許さないに一撃で殺されたかけたのを知らない彼は思った。
これは使えると。
巨人の背後で顔を出した朝焼けの白い光が、周囲の蜂蜜や金色のくどい輝きを切り裂いて、巨人に後光を背負わせる。
瀕死の竜種の肉体にして自分の本当の身体は、ゲルドアルドには途轍もなく頼もしい存在のように見えていた。
次回更新は未定。来月には二回くらいと努力目標は掲げます。
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