ハニーフォンデュ
おまたせしました
◆雹庫県。ガハラ市。荒谷高次元素材研究所跡地。
「ケァァァァァァァ!」
奇声を発しながら異常なテンションのゲルドアルドが、己の殻を突き破り地球上に出現した。
この場合の殻を破るとは、彼の成長を示唆するのではなく。竜種と化した本当の肉体の内側から、用無しとなった宿主を抜け出す寄生虫が如く、大陸のゲームアバターの姿で、蜂の巣の表皮を食い破る三日月頭の様子である。
月が失われたのに日本の夜は明るい。
原因は竜種になってもギラギラゴールドを身に纏う、ひび割れて横たわったゲルドアルドの真の肉体。
それが趣味の悪い厭らしい黄金の輝きで周囲を照らし、宇宙を揺蕩い空を染め上げる膨大な蜂蜜からも自然発生した無数の蜂蜜精霊の瞬きが、星よりも明るい輝きを降り注いでいる。
「イヤァァァァァァァァ!?」
地を照らす光さえも支配下に置いたも当然な無自覚な竜種が悲鳴を上げた。
頭痛と怒りで冷静を欠いていたゲルドアルドは、彼の視点では自分の巣のような巣じゃないような、ハッキリしない正体不明の場所から勢いで飛び出したのだ。
その場所は横たわる彼の真の肉体の脇腹辺りで、横になっているとはいえ、雲を越えて立つことができる巨体の脇腹はちょっとした山のような高さだった。
唐突に始まったパラシュート無しのフリーフォールにゲルドアルドは驚いて恐怖した。大変情けない姿を晒している。そんな彼が憐れにも地面の染みになる未来が描かれる場所には人影があった。
紅金の髪と褐色の肌。時折肌にコンピューターの回路図に似た模様が浮き上がる可憐で美しい少女。
ゲルドアルドが所属する大陸内国家。
アイゼルフ王国第三王妃の娘、第二王女ティータ・ヘゼス・アイゼルフであった。
驚愕の事態である。
彼女は血肉と魂を備えているとはいえ、大陸という小さな箱庭でしか生きられず、出ることも叶わぬダイアレスである。
彼女の存在を確認してしまった運営は、希望を抱くと同時に大変な混乱に見舞われてしまうだろう。
「……ァァァ!」
「ぬっ」
不思議と檸檬の味がする、檸檬の花から採取した花粉と蜂蜜と練り上げて熟成させた蜂パンを、時を止めて大蜜蜂から強奪して食していたティータは、空からくる異変を察知した。
空を見上げる彼女の瞳が、身に宿す王族のみが操れる特別な黄金のレガクロス……クロックロードの金属眼球へと変化し、上空から落ちてくる蜂の巣の魔人の情けなく慌てる姿を捉える。
「とうっなのじゃ」
彼女はゲルドアルドが自分の真上に落ちてくると察すると同時に、やる気の無い掛け声を発して、動き難そうなドレス姿で素早くその場から待避した。
踊るように回りながら着地の直後。ドチャッと重く湿った音がティータの背後で発生する。
ギラギラと黄金に輝く蜂蜜まみれ蜂の巣の破片が周囲に飛び散った。
「妾がおるというのに避ける努力もせずにそのまま落ちてくるとは……不敬なのじゃ!」
振り向いたティータは可愛いさを損なわない程度の怒りの表情で、砕けて飛び散り、地面の染みになったゲルドアルドを叱責。
助けもせずに酷く傲慢な言い種であるが、高所から落下を回避する手段など、ゲルドアルドのレベルであれば当然持っている筈であり。
実際に彼は幾つも持っていた。
ゲルドアルドをよく知るティータはその事も、彼が落ちて砕ける程度で死なないこともよく理解している。
万が一死んでも甦るディセニアンだと、クロックロードで迎撃されなかっただけ温情だった。
これでもティータは、ゲルドアルドの事を図体ばかりがデカイ弟だと、可愛がってもいるのだ。
愉快な玩具としても認識しているが、数多のディセニアンの中では一番情を移している。
「ぎゃー!全身が砕けたように痛い!!」
ようにではなく、実際に砕けた痛みを味わい叫ぶゲルドアルド。
喚く彼の頭を抱えたディラックが、ゆっくりとティータと染みになったゲルドアルドの頭から下のパーツの落下現場へと舞い降りる。
どうやら、ゲルドアルドに続いて彼の真の肉体から飛び出したディラックが頭だけ空中で救出したらしい。
大蜜蜂達が集まり彼の頭を彼女から受け取り掲げる。
染みになっている残骸の方にも集まっている。コチラは地面に叩き付けられたゲルドアルドの至高の蜂蜜を舐めるのが目的だ。
(至高巣。救出。頭。限定。謝罪。)
頭だけしか助けることができなかったディラックが謝罪し始める。失敗が続く彼女は十メートルもある身体を縮こまらせてしまう。
グルリと動いて彼女は艶やかな黒い毛玉と化した。
「いや、ボクが冷静じゃなかっただけから君は悪くないよ……それよりもここどこ?あと敵は今どこに居る?」
大蜜蜂達に身体を修理されながら……どうやら頭とは違い身体は普通に直るらしい……ゲルドアルドは見知らぬ場所と思い込んでいるだけの地元で問いかける。
落ち着いたように見えるが、彼は今も痛みと殺意で思考がグルグルとかき混ぜられ混沌としている。
その証拠に自分を殺せると認識している相手である潰しかけた王族の存在に彼は気付いていない。
結果的に無視された御姫様が御立腹である。
プクリとティータは可愛い頬を膨らませて、その愛らしい姿とは裏腹に剣呑な輝きが彼女の美しい瞳に宿る。
ティータはおもむろに、空間拡張でアイテム収納機能を付与された手袋から、先端に小さなリンゴの似た果物が刺さる棒を取り出した。
パーティーグッズでハニーフォンデュする為に常備している果物串である。
「妾を無視するとはゲルドアルドの癖に生意気なのじゃー!」
そう叫ぶと彼女は躊躇なく、大きく破損し、ハニカム構造が剥き出しの蜂蜜タップリのゲルドアルドの頭に果物串を突き刺した。
次回更新は未定。来月こそは二回ほど更新できたらいいなって思っています。
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