プロローグ・大いなる人災
おませしました。
ゲルドアルド最終章開始です。
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◆宇宙。木星。
木星……ガスを主成分とする太陽系五番目の惑星。
その星が、形成していた主成分のガスが渦巻く奇妙な姿に変貌していた。
その姿はまるで、上から見た惑星規模のハリケーンだ。
渦の中心。ハリケーンの目の部分はドス黒く。
真っ直ぐ地球に向けられたその穴は。
地球を睨む怨嗟の瞳。
事実それは、憎しみを滾らせた呪怨の塊だった。
その熱視線の正体は魔法が天地を支配する旧世界を滅ぼしかけた、竜の死となることを誓った少年の墓標にして最強最大の呪術砲。
呪怨竜滅砲【俺は永遠を許さない】。
新たな竜種の誕生と共に魔法を失った新世界で目覚めたそれは、旧世界と同じく怨敵への逆恨みに突き動かされるままに襲いかかった。
だが、ゲルドアルドが放った圧倒的質量の蜂蜜の衝突によって、半壊しながら吹き飛ばされ遠き木星にまで追いやられてしまう。
それは嘗て無いほど、呪いで動く呪怨リアクターを唸らせていた。
旧世界で目的を遂げられぬまま月に逃げ延び。
機体中枢の修復のために眠らざる得なかった時よりも遥かに。
猛り狂っている。
その理由はゲルドアルドにあった。
旧世界で【俺は永遠を許さない】を機体の大部分を棄てさせるほど、戦いで追い詰めたのは人である。
竜種や亜竜を滅ぼすため、ところ構わず森や街を砕き大地を穿ってきた。
その絶大な威力の怨念を撃ち続けた狂った呪術砲は、当時の魔法文明の軍隊には勝てなかったが、目標である竜種には一度も負けたことがなかった。
当時の名を馳せていた無限に増殖する森林の化身【不滅森林竜】始めとした。
数多の討ち滅ぼしてきた筈の【俺は永遠を許さない】が、たった一匹の竜種に撃退される。
それは余りにも屈辱だった。
【俺は永遠を許さない】にとっては己の全てを否定されるのと同じであった。
故にそれは、己を受け止めた木星に呪術で干渉し始めたのだ。
月を呪術で練り上げたアダマンタイトとチタンの合金。
半壊した本体を守る装甲を再び呪術で手を加え、前方が大きく膨らむ円筒型の細長い弾丸に機体を作り上げていく。
その内部にガス惑星である木星の質量を圧縮して取り込みながら。
主成分の一つ金属水素は、ありったけの竜種への怒りを混ぜ合わせされ。
科学だけでは決して到達できない、未知の威力を持つロケット燃料へと変えられていく。
木星と同等の質量を小さな月サイズに納め。
光を置き去り、宇宙の果てまでも一瞬で辿り着く。
何者も貫いて滅ぼす最強の弾丸が完成しようとしていた。
この弾丸が発射された時。魔法を失った脆き時空は容易く貫かれるだろう。その進路にあるものは悉く消滅して跡形も残らない。
この世界にそれを止めることができる存在は居ない。
しかし、MP無い宇宙空間での行われるその作業は極めて難しく、効率が悪かった。
呪怨リアクターが呪いを産み出すそばから、希釈され呪いがMPに戻る。バランスが崩れたなら、そのまま己も機能停止しかねない危うい状態。
万全の状態でその弾丸が放たれるには、地球の時間で七日は必要だった。
◆地球。衛星軌道上。蜂蜜海
最初に宇宙へと上がった宇宙飛行士は、自らが生まれた故郷を見て。
「青く美しい星」と言った。
青い地球が暗い宇宙中にポツリと浮く宝石のように思えたのだ。
人々を感動させたその光景は、星が蜂蜜に包まれてしまったその日に過去になった。
ゲルドアルドが己と大蜜蜂の群を守るため。
地球の十倍の質量の蜂蜜を放出するという常軌を逸した行動。
それは同時に大地を容易く貫いてしまう凶弾から、地球を守ることにもなったが、危機的状況にあった彼にはそんな意識は皆無だった。
地球に帰って来たという認識すらなかった。
地球自体の破壊を免れるも、それ以外は壊滅的打撃を受けている。
拙いながらも魔法で対策できる日本以外では、今この瞬間も被害が広がり続けていた。
軌道上の通信衛星及び宇宙ステーションなどのあらゆる宇宙施設。降り注ぐ有害な宇宙線から地上を守っていたオゾン層。そして月。
それらは放出され、グルリと地球を包み込んだ膨大な蜂蜜に押し流され。
その質量と速度で生じたプラズマの中に消えた。
何も知らない人々が見たプラズマの瞬きは美しく。世紀の天体ショーとして連合や連邦ではTVで報じられた。
そんな連邦と連合の人々は、今どれくらい生きているだろうか?
全ての通信衛星が破壊。蜂蜜がオゾン層の代わりを果たせるわけがなく。月という衛星も失った。
大部分は宇宙の彼方へと飛んで行ったがそれでも地球よりも遥かに重たい蜂蜜に包まれた地球の重力は異常を来している。
天も海も荒れ狂い。
陽光は血に飢えていた。
連邦と連合にできることは、神に祈ることだけだった。
そして、日本は。
蜂蜜という大海原に向けて船を出していた。
◆
MPの薄い新世界で、MPを大量に含んでいる大蜜蜂の蜂蜜は上位の物質であり、物理法則を簡単に逸脱する。
冷たい真空の空でも、集まった蜂蜜は液体のまま存在していた。
地球の公転の影響を受けて……正確には公転で移動するゲルドアルド影響で揺れ動き、流れていく姿はまるで海のようである。
そんな蜂蜜海を内側から突き破り金属の塊が浮上する。
それは本来は海上で運用されるべき形状をしていた。
MPで強化されたチタン合金製の装甲とアラダイト樹脂で覆われた船首が、蜂蜜の海面を勢いよく突き破る。
水よりも粘度が高く、遥かに重い蜂蜜海の圧力から解放された船体が、悲鳴のような軋みを上げた。
それは世界大戦で連邦と連合の主力連合艦隊を主砲の一撃で轟沈させ、核兵器を積んだ爆撃を迎撃して消滅させた戦艦。
空飛ぶ城と恐れられた大戦の悪夢。
全長六百メートルの超ド級戦艦。
大和級万能戦艦一番艦【大和・改】である。
表向きは退役したと発表されていたが、月にあると予測されていた魔法文明遺跡と接触するために、大戦時よりも密かにアップデートされながら運営の秘密基地で船出を待っていたのだ。
その予定は大幅に狂い、月自体が地球から遥か遠く、木星まで飛んでいってしまったが、幸か不幸かそのアップデートが大きく役立ち。
この日、蜂蜜の海を抜けて、宇宙に出ることに成功したのだ。
大和・改を除けば、高濃度MPで満たされ、鋼鉄の箱も握りつぶしてしまう蜂蜜の水圧に負けずに衛星軌道上の蜂蜜の海を抜けることができるのは、同じ性能を持つ二番艦の【武蔵・改】だけである。
「浮上確認、急ぎ地上と交信準備。思金船体をチェックしろ」
思金は大和の航行システム。演算器に宿る人工精霊の名前だ。
人工精霊は電脳空間という限定された領域だけだが、魔法を失った新しい世界で唯一存在できていた精霊だ。
ただし、今は違う。衛生軌道上の蜂蜜の海には無数の蜂蜜精霊が蠢いている。
精霊に想定外の航行を終えた大和の自己診断を命じたのが、本当は月を目指すアストロノーツだった鹿の特徴を持った獣人女性。
金芽貞子艦長である。
「船体装甲に損傷有りか……降りる時が不安ね。
無事に地上に帰れるかどうかは円卓とゲルドアルドの交渉次第か」
「えー!サダちゃん!怖いこと言わないでよ!」
はあーと、精霊が告げた不安な情報と、任務中だと言うのに耳元で愛称を叫ぶ、副艦長の普人女性に憂鬱な長い溜め息を吐いた。
ギロリと、彼女の横長の瞳孔が任務以外でも交遊がある普人女性を睨む。
「……副艦長、今は任務中」
「えー」
えーじゃない!真面目にやれと!と怒鳴る代わりにもう一度タメ息を吐く。
相手をしている余裕は無い。彼女は装甲以外にも懸念事項の確認をしなければならなかった。今この瞬間にも、この万能戦艦大和・改を持ってしても手も足もでない。
旧き世界から新世界にやって来た、恐るべきモンスターの群れが襲いかかってくる可能性がある。
蜂蜜海は旧世界の領域だ。
「か、艦長!地上と交信できました!は、大蜜蜂達は上を見上げています、が、動く様子は無いとのことです!」
通信士である鉱人男性が震える声で嬉しい結果を伝えてくれる。
「蜂蜜海周辺の蜂蜜精霊もレガクロスにも動きなし!やった!助かったぞ!」
「そうか……動かないか」
「やったね!」
艦内に安堵が広がっていく。
たった一日で起きた緊急事態の数々。どれもこれも一歩間違えれば地球が滅ぶような異常事態が続いていた。
大和は解決のための一歩として、蜂蜜に沈むか、蜜蜂の食料になるかもしれない危険を承知で出航した。
ここで任務を終えるまで、一息ついている暇など無いが、嬉しい報告だった。
「そろそろ静かにしろ、任務はまだ終わってないぞ!
思金!データを纏めて武蔵・改に送れ!」
蜂蜜海を抜けた大和・改の航行データがあれば、武蔵・改はより安全に蜂蜜の海を抜けられる。
データ自体はもしもの為に送り続けていた。下手すれば自分達は死に。
最悪、武蔵・改だけで地球の重力調整を行わなければならなかった。
「なんだか地球を救うヒーローみたいだね!」
妙に明るく言う彼女の言葉を金芽艦長は鼻で笑った。確かに任務内容だけみれば、これは地球を救うためのグレートミッションだ。
「私語慎め副艦長。それにこの事態を引き起こしたのは我々だ」
旧世界と運営とゲルドアルドが引き起こした人災は拡大を続けている。
「わざとじゃないのだけが救いの反吐が出るような尻拭い。ヒーローとは程遠い」
今月はまだ更新予定あります。
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大和の乗組員は皆は見た目は子供です。
この世界の日本人は、MPが全く無い外洋にでると数時間で死んでしまう。
なので迎撃兵器であるこの世界の大和は、艦内のMP濃度を保つメチャクチャデカイ装置を積むために船体が膨らみ。図体が大きくなって機動力が落ちた分を補うために更に色々載せて船体が膨らむの繰り返したせいでとても大きいです。




