エピローグ・その日、星は蜂蜜に包まれた
大変お待たせしました。
ゲルドアルドがまず感じたのは、いままで体験したことがないほどの頭部への痛みだった。
「…………!?」
光速の一撃が命中し頭の天辺から埋没。悲鳴を上げることもできずに地響きと共に大地を砕いて倒れるゲルドアルド。
そんな彼の中で声が聞こえ始める。
(死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね)
子供が駄々を捏ねているような金切り声が幾重にも重なる。
ゲルドアルドの死を願う大合唱だ。
強烈な痛みで苦しみ、暴れまわりたい体から急速に力抜けて行く。
俯せのゲルドアルドの4つに増えた蜂蜜結晶の琥珀色の眼からは光が失せて暗くなる。
彼の頭部を穿った【俺は永遠を許さない】の竜滅の弾丸の威力は、この世に生まれたばかりの生命に溢れるゲルドアルドの命の輝きを破壊しようとしていた。
命が頼りない蝋燭の火のように萎み、そして消える瞬間。
ゲルドアルドの中で別の声が一斉に声を上げる。
(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)(拒否。生存。敵。死。)
三十二億の蜜蜂の怪物達が一斉に歌い出す。
蕩けるような甘いを香りを漂わせる大合唱は、蜂の巣を傷付ける敵に向かって声を揃えて叫んだ。
「お前が死ね!」と。
「■■■■■■■■■■■■■■■!」
体内で呪術を扱える罠蜜蜂を中心に三十二億の思念を束ねた呪詛返しで、竜滅の呪いをはねのけたゲルドアルドが、大気を震わせる咆哮と共に立ち上がる。
しかし、たかだか三十二億程度の想いで、完全に無効化できるほど、世界を滅ぼしかけた【俺は永遠を許さない】は甘くない。
「■■■■■■■■■■!?」
体内で無数に蠢く生きる意思を支えに立ち上がったゲルドアルドが頭を抱えて苦しむ。
頭を貫き、魂をその存在を完全に消し去ろうとする呪いは、彼の中に深く潜り込んでいた。
影響は受けても、竜種ではない大蜜蜂が居なければ、彼が蜂の巣の魔人でなければ、早々にこの世から消えているほど、その呪いは苛烈。
故にこの日、ゲルドアルドの秘していた必殺技が。
よりにもよって取り返しのつく大陸ではなく、取り返しのつかない現実で炸裂することになった。
人生で最も追い詰められたゲルドアルド。
現在、彼の意思というものはまともに機能していない。
思考する時間もなく突きつけられた、今までで最も真に迫る死と苦しみが理性を駆逐し。
生存を諦めない本能と無意識が彼の禁じ手を解き放つ。
「■■■■■!■■■■■■■■■■■!?■■■■■■■!!!!」
ブチブチと鳴る筈の無い音を立てて、ゲルドアルドの丸く巨大な頭部が体から切り離されていく。
普段は抵抗もなく簡単に外れる蜂蜜で繋げられた頭と胴体。
抵抗と音の正体は、頭から全身に蔓延る木の根に似た呪詛。
引き抜かれ根は頭に無理矢理詰め込まれる。
蜂の巣の魔人にとって容易い頭を外すその行為。
今夜は重い代償を支払うことになった。
(ジョブ【超蜂錬金術師】が破損しました。)
ゲルドアルドの魂と一緒に肉体に引きずり込まれていた。ディセニアンのウツセミに搭載された管理システムが、彼のファーストジョブの破損を告げる。
魔人族にとって、ファーストジョブとは他のジョブや肉体の根幹。それの喪失は、彼が取得している全てのジョブと肉体にまで悪影響を及ぼす。
ゲルドアルドの全身に無数のヒビが入った。
ただ自分を滅ぼそうとする呪詛に抗うために動く彼はそれに構わず、本能が訴える衝動のままに、両手で抱えた己の頭部の中で全力で反撃の準備を行い。
そして、頭を月に向かって全力で投擲した。
◆
◆月内部。
【俺は永遠を許さない】に搭載された呪怨リアクターは、狂気と怨念しかない内部に怒りを混ぜて、荒れ狂っていた。
ギラギラと厭に目につく金色を纏う竜種が、体の一部を犠牲にしたとはいえ、自分が与えた死を簡単にはね除け、あまつさえ反撃までしてきたからだ。
全ての竜種の墓となり、そこに生前の自身の名を刻む為だけに竜種を恨み続けるソレにとって、あってはならない光景だった。
荒れ狂う呪怨リアクターは、膨大なエネルギーを生み出す。
月その物を鉄とチタンとアダマンタイトの合金の鎧にしている【俺は永遠を許さない】にとっては、弱すぎる反撃を全力で叩き潰すために。
リアクターで生み出したエネルギーを電磁破壊光線に変換して解き放つ。
月が一瞬にして何倍にも大きくなった。そう勘違いしそうな程、無数の光線が月面を埋め尽くし、幾億幾兆の光線発振器から照射。月を目指して飛ぶゲルドアルドの頭に向かって、呪詛によって一斉に誘導される破壊光線。
多すぎる光線はまるで一塊の物体のように見え、それが動く様は水面から飛び出た巨大な魚の大口が、迂闊に水に近づいた馬鹿な羽虫を飲み込む姿に似ていた。
【俺は永遠を許さない】の目の前で光の花が咲く。
それは予想外の光景だった。
ギラギラゴールドによって、傷一つ負わずに電磁破壊光線を全て退けられる。
金に執着し身を飾り立てる者達から集めた欲望を練り合わせし呪詛は、己よりも輝く者に対して恐ろしく傲慢で強力だった。
ゲルドアルドの頭部が加速。付与されていた呪詛返しによって、電磁破壊光線に込められた呪いも利用し、目標に向かって加速したのだ。
光速には遠く及ばなかった投擲速度が勢いを増し亜光速に達する。
その時、二度も攻撃を退けられた呪怨リアクターは完全に制御不能になっていた。
本来は自機の破損を厭わない無茶な攻撃を行わないために搭載された制御システムは、リアクターが生産するエネルギーと呪詛に完全に屈服。ゲルドアルドに撃った初撃で破損している砲身を呪術で無理矢理強化して、亜光速で迫るゲルドアルド頭部に向かって主砲を発射する。
主砲の爆散と引き換えに発射された竜滅の弾丸は、ゲルドアルド頭を完全に粉砕したが、それはあまりにも早計な行為だった。
◆
この怨念の巨砲が少しでも冷静な判断能力を持っていれば、かつて竜種を一撃で粉砕し、その勢いで山脈を幾つも貫いて飛んだ己の怨念が、たった一匹の竜種を貫けなかったことを疑問に思っただろう。
三頭親だったゲルドアルドは雲より高い、全高九千メートルの身体を手にして四頭親に変化。その頭の大きさは直径約二千二百メートル。直径約三千四百メートルの月に迫る大きさだったが所詮は蜂の巣である。
しかし、そんな容易く貫ける筈の小さな頭の中には、地球の質量の十倍に匹敵する蜂蜜とそれを納める異空間が詰まっていたのだ。
「爆弾の威力とは、火薬の性能で決まるのではない。いかにして物質の質量を消滅させるかで決まる!」
ゲシュタルトでそんな話を聞き齧っていたゲルドアルドが、手にした能力でその言葉を再現してしまった兵器。
その名も【蜂蜜気化爆弾】。
【蜂蜜神界】の力で小さな蜂の巣内部の異空間に、彼が最もスキル制約に縛られずに作成できる蜂蜜を大量に生産。
その後、目標近くで、空間を維持するために必要な外殻である蜂の巣を破壊することで大量の蜂蜜を一挙に解き放つ兵器。
聞き齧りの浅はかな知識。
妄想で産み出された偽物の理論。
それはゲルドアルドの得意とする物量によって本物を軽々と越える。
想像絶する超兵器をこの世に生み出した。
たった直径二千メートルの蜂の巣に収まっていた地球の十倍もある膨大な質量が解放された瞬間に質量に相応しい体積に広がった。
その勢いは莫大な運動エネルギーを産み出して蜂蜜を気体に変える。体積を千倍に膨張させながら加速する。
その時の蜂蜜の膨張速度は光を越えていた。
至近距離で突然出現した超質量に【俺は永遠を許さない】は何もできない。抗う術もなく、衝突の衝撃でプラズマ化した蜂蜜の光に飲み込まれていく。
まもなく、月を飲み込んでも止まらない蜂蜜の膨張と衝撃は地球にも到達。
その日、星は蜂蜜に包まれた。
爆発オチみたいな終わりですが、まだ続きます。
次回から最終章スタート(予定)。
更新は間が空くかもしれません。
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