生と死
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◆雹庫県。ガハラ市跡地。荒谷高次元素材研究所。
大蜜蜂達の大きな失敗は、ゲルドアルドの肉体とは地球に置き去りにされていた物だと知らなかったことである。
彼女たちがそうだと信じていたのは、大陸の影に落ちてしまった剥き出しの彼の魂がMPで作り出した仮初の肉体だった。
故に儀式によって、Gハイブと呼ばれてる地球に置き去りにされていたゲルドアルドの本当の肉体の方に魂が戻った。
それが原因で、彼が大陸で大量に吸収したオリハルコンの影響によりギラギラと厭らしい黄金に輝く蜂の巣と化していた身体が砕けようとしている。
当然の結果だった。
地球から大陸に意識を投影するだけの細い道を通じて、多少は肉体が最適化されていた。
それでも地球に存在する肉体は僅かなMPで細々と生きる弱く脆く小さな器である。
そんな器に始祖竜種の奇跡にまで到達した史上三人目の魔人族という、器から見れば大海に等しい巨大な力を内包する魂が無理矢理押し込まれているのだ。
器が砕け散るのは必然。
魂の内圧に耐えきれない黄金の蜂の巣からは、表面に無数にヒビが走る断末魔の音が聞こえる。
哀れ、ゲルドアルドは己の力により母なる地球で死ぬ。
ところが、彼の蜜蜂を産む蜂の巣の魔人という性質が哀れな運命を変えて。
神話の復活にふさわしい、恐るべき戦いへとゲルドアルドを誘ってしまう。
置き去りの肉体は蜜蜂の巣だった。
その巣という器を満たす魂はどのような物か?
答えは決まっている。
蜂の巣を満たすのは無数の蜜蜂。
蜂たちの食料である甘く芳醇な蜂蜜。
それらがゲルドアルドの魂だ。
魂たる蜜蜂と蜂蜜が大海の如く存在しているならば、それを産み出し貯蓄している筈の器たる蜂の巣は、それを全てを飲み干せるほど大きいのだ。
そんな子供染みた論理が現実を歪めて成立した。
死の運命は逆転し生命が無限に高まり。
ただの魔人を始祖竜種へと変える。
どこかの誰かが笑った魔人の逸話が証明される。
単純明快に大陸より戻ってきた蜂蜜を飲み干した蜂の巣は巨大化した。
荒谷高次元素材研究所の外壁であるドームを支える巨大な柱。その天辺内部から、驚くべき膨張速度でドームを突き破った黄金の蜂の巣は、夕日に染まった雲を突き抜けて聳え立つ。
見比べることが出来たら、ガハラ市を丸々包み隠していた研究所のドームが豆粒のように思えただろう。
そのドームは一瞬で押し潰されてもう存在しない。
ゲルドアルドの本能か、ドーム内に居た筈の大蜜蜂も蜂蜜精霊もスパークフォーリナーも、巨大化に巻き込まれる前に唐突に消えていた。
突然出現した、夕日を蹴散らし、異様にくどく黄金に輝く地球最大の蜂の巣を目撃していた者達は、あまりの光景に言葉を失った。
先祖から脈々と受け継がれてきた彼らの悲願は、これ以上なくハッキリと現実に根付いたというのに誰もまともな反応が出来ない。
事態の急変を連絡を受けて本腰を入れて動き出した運営だったが、もはや地球で最大の力を持つ彼等でも、どうしようも無いほど魔法と神秘が復活している。
その時、預かり知らぬ先祖の悲願を叶えた元凶である魔人族……いや、史上三体目の始祖竜種は大変困惑していた。
一瞬、意識を失ったと思えば手足が動かない。首も回らない。狭い場所に押し込められていると彼の主観ではそう思えた。
手足の無い、巨大な蜂の巣になっているとは露とも思わない彼は、深く考えずに手足に力を込めてみたが……その安易な行為をすぐさま後悔した。
身体を内側から突き破られる、そんな激痛がゲルドアルドの全身に襲い掛かったのだ。
呆然していたが観察と記録を続けていた運営関係者の視線の先では、ゲルドアルドが手足を伸ばそうしたことで凄まじい変化が起きていた。
蜂の巣の下半分が突然爆裂する。
飛び出したのは恐ろしい勢いで巣の内側から根を成長させた果樹の姿で、それは彼が新たに手にした下半身だった。
その形状はいつもの小さく頼りない赤子の短足ではなく、太く逞しく、爪先の長い獣の後ろ足に似ている。
鍛え抜かれた筋肉のように束ねられた樹木の幹と根が、深く折れて蜂の巣を支える獣足を形成。
太股に相当する場所から、一つ一つが車や一軒家ほどの大きさがある枝葉と花が咲き乱れ。
四本の大きな鉤爪を形作った根が大地を切り裂いて沈み混む。
二本の獣脚で立ち上がった蜂の巣の左右。
巣の外壁を突き破り今度は大量の蜂蜜が滝の如く吹き出す。
それは五指を備える前腕が異様に大きい腕を形成。
腕は不安定に揺れ動き蜂蜜を滴り落とす。
落ちた蜂蜜はガハラ市の隣接都市の家屋道路を砕いて湖作りながら、持ち上がった腕が芳醇な甘い香りを漂わせながら、天の雲を掬い上げて立ち上がる。
地に落ちた蜂蜜からは蜂蜜精霊が大量に生まれ。
精霊はそれが使命と発生した直後から、ゲルドアルドの蜂蜜の腕を目指して上昇して行く。たどり着いた者から腕を覆う幾重にも重なるハニカムで形成された鎧と化した。
鎧を纏い終えた腕と花咲く足が震える。
苦しむように蠢いて振り回された手足が、台風のように空を引き裂き、大地の表面にへばりついた街を無惨に踏み潰す。
遂にはバランス崩し、ゲルドアルドが隕石衝突を彷彿させる衝撃を持って腰から大地へと墜落するころには、ガハラ市を囲む周辺都市は広範囲に渡って無くなっていた。
傾く夕日と破壊された大地が舞い上がった塵が周囲を暗く沈ませる。
その中でも趣味の悪いギラギラとしたゲルドアルド輝きは、闇を引き裂くように輝いている。
座り込み震える彼は胸部と言える位置に収まった蜂の巣の天辺へと、巨大な精霊鎧の腕を曲げて伸ばすと深々と指を巣に突き立て、そのままの勢いで大きく左右に引き裂いた。
「ぶはっ!?」
内部から引き裂かれた傷を大きく広げて一回り小さい。蜂蜜に濡れ連なる。三つの蜂の巣が飛び出し産声を上げる。
連なった巣の先頭には、蜂蜜色で檸檬型の光る発光する結晶がアルファベットのX字を描くように埋まっていた。
「んぎぃぃぃ!全身が痛い!」
声に合わせて結晶は光り輝く。
「………………え?ここ何処……?」
首と目を増やしたゲルドアルドの頭が呆然と喋る。
「おぇっ……なんか気持ち悪い」
急に四つになった目を持て余す全ての元凶は、状況を全く把握していなかった。
「ジョブ……おぇ!………ジョ、ジョブチェンジ?なんで?」
喋りだした途端。その質量と自ら殻を破り生誕する姿で神々しい雰囲気を纏っていたゲルドアルドから、一気に荘厳さが失われる。
「おぇっ」
誰一人、正確な状況を把握できず、まともな判断をできない中。
暗くなる空の向こうで、満月だけが迷いなき動きで移動を開始している。
◆
◆月。???。
ソレは眠り続けていた。
志半ばで損壊し、逃げ延びた月を揺り篭に傷を癒しながら。
(竜因子を感知しました)
(座標確認の為に隠蔽呪詛シールドを一部解放します)
(座標特定開始)
(緊急。致命的な空間MP不足により外部センサーの精度が98%まで低下を確認。座標特定不可能。)
(緊急。本機より急激なMP流出を観測)
(緊急。MP流出により竜滅装甲が軽微の破損。被害は拡大中)
(緊急。このままでは推定67049秒後に致命的損壊が本機に訪れます)
(至上命令の遂行に支障有り)
(至上命令遂行のため偽装状態を解除。休眠中の呪怨リアクターの再起動を行います)
(なんで俺は死ぬんだ?あいつらは生きてるのになんで俺は死ぬんだ?あいつら永遠を生きるのになんで俺は死ぬんだ?こんなにも世界は繁栄しているのになんで俺は死ぬんだ?あいつらは永遠を約束されているのになんで俺は死ぬんだ?たった十五歳でなんで俺は死ぬんだ?こんなにも才能にあふれているのになんで俺は死ぬんだ?あんな汚らわしいあいつらが子まで生むのになんで俺は死ぬんだ?どこかであいつらが寝ているのになんで俺は死ぬんだ?あいつら必要もないのに美味しいメシを食べているのになんで俺は死ぬんだ?あいつらは殺しても死なないのになんで俺は死ぬんだ?あいつらは感謝もせずに永遠を生きるのになんで俺は死ぬんだ?魔人族でさえ殺せば死ぬのになんで俺は死ぬんだ?こんなにも生きることに渇望しているのになんで俺は死ぬんだ……)
(呪詛濃度の炉心点火レベルまで上昇を確認)
(呪怨リア(殺す)クター稼働開始)
(竜滅装甲(殺す殺す)修復開(殺す)始。)
(緊(殺す)急。致命的なMP不足に(殺す)よる装甲(殺す)の著しい弱体化発生。現在、本(殺す殺す殺す)来の性能の48%)
(性(殺す殺す殺す)能(殺す)補填のた(殺す殺す)めに月表(殺す)面の余(殺す)剰資材を吸収開始)
(装甲性能5(殺す)3(殺す)%まで回復。完(殺す)全(殺す)回復(殺す殺す)には8(殺す)9(殺す殺す殺す殺す殺す殺す)5606秒必要)
(竜(殺す)因子(殺す殺す殺す殺す)アクティブ(殺す殺す殺す)ソナ(殺す)ー発動…………………………竜因(殺す)子発生座標を(殺す)確認)
(因子濃度測定(殺す殺す殺す殺す)中……竜種(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)である確率87%)
(地球上に竜種(殺す)が復(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)活したと定義)
(こ(殺す)れよ(殺す殺す殺す)り本機は二次計画【宇宙竜(殺す)種の殲滅】を一旦凍(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)結し、一次計(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)画【地球上の竜(殺す)種の殲滅(殺す)】再始動。そ(殺す殺す殺す殺す殺す)れに(殺す)沿って行動を開始します)
ソレは若くしてこの世を去った。
一人の少年が存在していた証。
永遠を滅ぼすことができる最強にして最大の呪術兵器。
大陸で再現され、邪神の一体として語られる竜種を殲滅するまで撃つことを止めない狂砲。
治らぬ奇病に抗うために永遠を恨み続けることを選んだ少年が作り上げた。
竜種を道連れにするための巨大墓石。
呪怨竜滅砲【俺は永遠を許さない】
(竜種追(殺す殺す)跡装(殺す)置(殺す殺す殺す殺す)正常(殺す)稼(殺す)働を(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)確認)
(スラス(殺す殺す殺す殺す殺す殺す)ター始動。射(殺す殺す殺す殺す殺す)撃可能位置へ移動(殺す殺す殺す殺す)開始)
(対竜(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)種呪(殺す殺す殺す殺す殺す殺す)詛弾頭装填。砲身(殺す殺す殺す)展開)
(呪(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)怨リアク(殺す殺す殺す殺す殺す殺す)ター最大(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)出力)
(対竜(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)種(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)呪詛(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)弾(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)頭発射)
(目標(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)、到達(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)ま(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)で(殺す殺す殺す)3(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)秒)
(……(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)……(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)………(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)………(殺す殺す殺す殺す殺す)………直(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)撃確認。)
(砲身(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)損傷。修(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)復の(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)次弾装填(絶対に殺す!)開始(皆殺しだ!!)します)
悠久の時を越えた私怨はゲルドアルドに直撃した。
この章は、次回のエピローグで終了予定です。
次回更新は未定。できるだけ早めに更新したいです。
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