動き出す肉体
遅くなりました。
ブックマーク登録ありがとうございます!
時期はゲルドアルドのジョブの一つ【蜂巣要塞】が【蜂巣神界】にジョブチェンジした頃。
事の発端は、蜂蜜の管理をしている古参の罠蜜蜂の一人が、巣の外へと流出する蜂蜜の流れを発見したことだった。
古参だが、数が少ない彼女達は呪術を種族的に得意とするため、呪いを利用した蜂蜜などの巣の生産物の盗難対策を担当している。
無断で蜂蜜が盗まれれば、巣の維持に欠かせない蜂蜜に執着する大蜜蜂の情念。それが込められた蜂蜜が呪詛を生む。ゲルドアルドの巣は大蜜蜂が大勢いる。生まれる呪詛は大きく、それを追うだけの簡単だが罠蜜蜂にしかできない難しく重要な仕事だった。
しかし、盗まれた蜂蜜の場所がわからなかった。
呪詛は確かに生まれているのに場所が特定できない。
盗まれた蜂蜜を追いかけるために飛び立ったのに、気がつくと出発地点に辿り着いてしまうような奇妙で異常な状況。
大陸は勿論、ゲルドアルドが暫定異世界と呼ぶ場所であろうが追跡可能なのに盗まれた蜂蜜の場所がわからない。
盗まれた量は巣に貯蔵されていた蜂蜜全体から見ると大海から一雫程度の僅かな量だったが、本来の能力を活かす機会が無い、唯一の役目で全く役に立てないのは古参の彼女達には大問題だった。
罠蜜蜂の死力を尽くす追跡作業が始まった。
「君たちが群がってくるの珍しいね?」
普段はレディパールよりも歳を重ねている最古参として、老練に振る舞う罠蜜蜂がゲルドアルドに群れるのは珍しい。彼はその行動に不思議に思ったが、昔は良くあったことなので感じた違和感はすぐに忘れた。
彼女達のその行動はゲルドアルドに甘えている訳ではない。
蜂蜜や蜂蜜が詰まった蜂の巣で様々な魔法を使える大蜜蜂の一種である彼女達にとって、至高の蜂蜜が詰まった蜂の巣である彼は最高の呪術道具である。
ましてや、蜂の巣の規模で能力が変化するゲルドアルドにとって、己が管理する蜂の巣から蜂蜜が盗まれるのは、他人に勝手に血を奪われているのと同義。
盗まれた蜂蜜との縁は大蜜蜂よりも強い。
血を盗まれている本人は、その量が蚊が吸うよりも少ないため、全く気づいていなかったが。
ともかく、ゲルドアルド利用することで呪術による盗まれた蜂蜜の捜索精度が格段に上昇する。
しかし、彼女達はこの行為で蜂蜜が盗まれたことよりも重大な事が彼の身に起こっている事を発見してしまったのだ。
大事な愛しい巣であるゲルドアルドの魂が欠けていたのである。
余りの事実に愕然とした彼に群がる彼女達。
再起動してさらに慌てて慎重に呪術行使。深く探ることで正確には欠けているわけではないという新たな情報を手にした。
魂の一部が細く長く引き伸ばされ、異世界でも大陸でもない。方向も距離も定かではない未知の世界へと続いていると判明したのだ。
詳細を探ろうにもそれ以上の情報をこの時点では手に入れられなかった。
古参の彼女達にも何をどうしたら良いのかすぐに思いつかない大事件が、ゲルドアルドも大蜜蜂達も知らない内に進行している。
彼女達はゲルドアルド致命傷を負いかねない今の状況を告げずに一斉に離れる。
魂の異常を本人に意識させては絶対にいけない。
呪術を扱う罠蜜蜂は魂の扱いもある程度心得ている。これはゲルドアルドの絶命と崩壊を招きかねない。それゆえに何も言わずに去ったのだ。
数が足りない。
仲間の数が。
下手にゲルドアルドにこの事を意識させるとその魂がこっちとあっちに引き裂かれてしまう可能性があった。
この時から彼にも内緒で、密かに大蜜蜂達はゲルドアルドを救うために動き出した。
そして、現在。
大蜜蜂達の隠れた努力が実を結び、ついにゲルドアルドの魂と蜂蜜の奪還の目処がたった。邪魔な蜂蜜泥棒は皆殺しにして安全は確保。
未知の世界……地球には、ゲルドアルドがタイタニスやティータ達が戯れている間に、二万体のスパークフォーリナーが送り込まれ、目標地点で確認したドーム状建築物の周囲に配置されている。
スパークフォーリナーはゲルドアルドがスキルで作り出した空飛ぶ蜂の巣に装甲や武装を施したレガクロス。
罠蜜蜂が使う呪術の触媒になり、その周囲はゲルドアルドや大蜜蜂を強化する力場を持つ。
この機体で雹庫市全域を覆う巨大ドームを囲うことで、市全体を即席の蜂の巣として扱える。
後は大陸のゲルドアルドの蜂の巣で行われている大規模だが簡単な呪術儀式を成功させれば。
ゲルドアルドの今にも引き裂かれそうな魂を器であり魂の大部分が収まる肉体に呼び戻すことができる。
準備も状況も、締めの儀式も完璧だった。
しかし、残念ながら彼女達の認識は根本から間違っていた。
今、自分達の目の前で動くゲルドアルドを彼女達は、魂が収まるべき器だと信じきっていた。
「……ん?」
異変に真っ先に気付いたのは、意外なことにゲルドアルドだった。
呪詛、精霊、レガクロス。彼の知らない間に様々なモノを地球に送り出す巨大な門と化している蜂蜜湖。そこに彼が横になれる大きさがある蜂の巣が再び浮かんでいる。
ゲルドアルドがディラックに体をさすられたり軽く何度も叩かれたりと、儀式のためにされるがままに座っていた時にそれはゆっくりと出現した。
ジョブスキルで作り上げた蜂蜜の湖から立ち上がる謎の四本……いや、五本の巨大な金色の柱。目の前の四本に遅れて斜め後方にも一本出現している。
ゲルドアルドの周囲には大蜜蜂にしかわからない魔法や呪術的意味がある配置で蜂の巣が滞空し、湖の周囲は数えきれない黄色、赤色、黒色、真珠色の大蜜蜂達が集まって彼に向かって前肢や触覚を擦り合わせて一心不乱に祈り続けている。
儀式に夢中で天を突く巨大な五本の柱の出現には、レディパールですら全く気づいていなかった。
事態の中心だが儀式の進行とは無関係。手持ち無沙汰だったゲルドアルドだけが、自分の世界に現れた謎の存在を認識している。
ティータとタイタニスの二人は、万が一に儀式の邪魔にならないように大量の大蜜蜂に包まれて黄色い毛玉と化しているので何も見えていない。
ゲルドアルドは慌てて無かった。
自他共に認める小心者だったが【蜂巣神界】で作り出したこの空間に彼の害になるモノなど存在できない。今行われている儀式の効果だと気軽に考えていた。
無論、大蜜蜂が自分を害するとも微塵も考えていない。
「これって……」
儀式が進むほど上に向かって伸びていく五本の金色の柱に既視感を感じたゲルドアルド。
彼はその正体に咄嗟には思い至らなかった。
それは日常的によく見ている代物で。
身近すぎて理解が遅れた物体。
一本一本が高層ビルのように太く長いギラギラとした厭らしい黄金に輝く柱は、全体的に丸みを帯びる。表面には無数の不規則な凹凸。それぞれに柱には三分割するように節が横に走っている。
「……ボクの手?」
それはゲルドアルドの手だった。
彼が悩んだ数分で、有名な物語の一場面のように自身を囲う巨大な彼の指と掌が湖から浮かび上がった。手は蜂蜜湖よりは小さい。逆に言うと直径が二キロある湖と比べるような巨大な手。
ゲルドアルドが自分の手だと認識した途端。それまでのゆっくりとした動きを消し去り、五本の巨大な指が素早く内側に閉じられる。
儀式で彼の周囲に滞空していた無数の蜂の巣ごとゲルドアルドと側にいたディラックを拳が握り潰し。
蜂蝋と木材でできた巣が乾いた音を響かせて漏れでた蜂蜜が周囲に飛び散る。
(((!!!)))
レディパールを始めとした祈り続けていた大蜜蜂達は、蜂の巣が握り潰される音で我に帰った。この時になって始めて、固く閉じられた巨大な金の拳の存在に気づいた。
彼女達が驚きで硬直している間に湖から出現した巨大なゲルドアルドの拳は、出現した時とはうって変わって素早く湖の中に引っ込み蜂蜜の柱を高々と生んで消え去る。
(■◆▲■。◆■。至高巣。▼▲▲。▲。▲■◆。◆■◆●。)
まともな情報が殆ど含まれない交信フェロモンを周囲に撒き散らしたレディパールが、慌てて拳が消えた衝撃により高々と上がり、湖に落ちていく蜂蜜の柱に飛び込んだ。
(((緊急。救出。至高巣。)))
遅れて動き出した他の大蜜蜂達もレディパールに続こうとしたが、それよりも早く、蜂蜜湖を中心にゲルドアルドのジョブスキルで作られた世界にヒビが生まれて崩壊。
大地と空がバラバラに崩れ、拳の後を追うように落下していく。
全てが崩れ落ちた後には、狭苦しく大蜜蜂達がやっと通れる通路とハニカム構造で埋め尽くされた、本来の姿と広さに戻った巣だけになっていた。
もうちょっと書いているのですが、上手く纏まらなかったので次回に回します。
次回更新は未定です。今月中にまた更新はあるかなぁと思っています。
ポイント、コメント、ブクマ等あればとても嬉しいです。




