役者が揃う
本日2話目です。
◆アイゼルフ王国。ゲシュタルトシティ。ゲルドアルドの蜂の巣。
ゲルドアルドは不貞腐れていた。
何故なら、彼と大蜜蜂達の聖域である蜂の巣に無粋なクッコロが増えたからである。
「アタシは、一国の王妃であると同時に戦士だ。敵に屈した戦士……しかも美人の女どうなるか心得ているさね」
大蜜蜂一人に打ち負かされたとは思えない威風堂々した表情。潔い戦士の散り際心得ている女……タイタニス王妃が咆哮する。
「煮るなり焼くなり好きにしな!」
タイタニスの咆哮に反応して大蜜蜂が大の字で草原の上に倒れる彼女の顔の左右に降り立つ。
そして「捕虜の癖に喧しい!」と言わんばかりにタイタニスの両頬を二人の大蜜蜂がフワフワの毛に覆われた前肢で突いた。
「ぬも」
ティータよりも野性味を感じさせるが、その美しい顔立ちに確かな血縁を感じさせる彼女の顔。一介の冒険者時代に戦場で殴られた時にもしたことないだろう形に面白く歪み、奇妙な声を漏らした。
「自信失くす……」
そんな一国の王妃の変顔もゲルドアルドの心を癒すことができない。
そもそも、彼の視界に入っていなかった。
彼の心情を表現したのか、骨や皮膚の代わりに蜂蜜で首から下を繋いでいるお化け南瓜サイズの首がゴロンと草の上に落下する。
偶然近くにいた一人の大蜜蜂が、ゲルドアルドの首断面から滴る芳醇な香りの至高の蜂蜜に堪らず舌を伸ばして舐め始めた。
「私も!」「お前だけずるいぞ!」と赤や真珠、指先サイズなどのモフモフの仲間達が殺到する。
これまで聞いたことがない凄い能力の【蜂巣神界】のジョブスキル。
諸事情で大っぴらにできないし、する気はあまり無いが、自分こそは既存や既出スキルのマイナーチェンジではない。真のオンリーワンジョブとスキルを持つ魔人族だと。
ゲルドアルドは密かに自慢だったのだ。
巣を作ることで自身を強化できる魔人族は他にも存在する。
蟻とか雀蜂とか色々あり、キャラかぶりをちょっと気にしている。
珍しいので熊型モンスターを召喚する洞穴の魔人族なんて奴もいた。建造物を破壊することで経験値が入るジョブだったらしく、ソロ時代に因縁つけられて何度も巣を破壊されたので嫌な思い出が彼の脳裏こびりついている。
そういえば急にあれは襲ってこなくなったなと、思い出してゲルドアルドは首を傾げる。ゲシュタルトに幹部として招かれてから、PKに襲われるなんて滅多になかったがギルドに所属前に襲撃は止んだと記憶している。
【蜂巣神界】凄いジョブだと言うのに既に二人も外部からの侵入を許してしまっている。
この世界でプレイヤーを含めても上位の戦闘力を持っているとはいえ、あんまりだった。
ティータは時空を操るレガクロス、クロックロードという空間に干渉できる力、つまりはゲルドアルドのジョブスキルに干渉できる能力を持っていたので納得できていたが。
タイタニスは拳一つでぶち破って侵入してきた。
衝撃的である。
やだもーこの狂金王妃。
彼はとてもショックを受けていた。
もっとも、このスキルの真価は侵入者を阻む空間の隔絶ではなく、蜂の巣の中で神のごとく全能の力を振るうことだ。
侵入してきたタイタニスは、スキルで超強化された一人の大蜜蜂に前肢突きの一撃で沈んで二人目のクッコロと化している。
それでもゲルドアルドのショックは大きかった。
ついには俯せなり不貞寝し始めてしまう。
ドサリと倒れて先に地面に落ちた頭と合体する。
そこに素早くレディパールが駆け寄り覆い被さった。
彼女の美しい極上の真珠色の毛が彼の姿を完全に隠した。
何故か覆い被さった彼女は自慢げに顔そらし、ブンブンと触覚を動かしている。首の断面から蜂蜜を舐めていた大蜜蜂は慌てて逃げ出している。
「羨ましいのじゃ」
体長を十メートルの巨大な蜜蜂の毛に埋もれて視界から消えたゲルドアルド。血の繋がった母親の滅多に見せない痴態をスルーして、レディパールの毛に埋もれる彼をティータは羨んでいた。
「なんだい、王族の捕虜に菓子の一つでも出せないのかい?」
図々しくも菓子を要求してきたクッコロ王妃。そんな彼女に「捕虜の癖に図々しい!」と二人の大蜜蜂が頬を突き、美しい顔を再び面白く歪ませる。
「ぬも」
◆
ゲルドアルドがレディパールの極上の毛並みに癒されて立ち直るまで二時間も要した。
立ち直った今は彼女の前肢で、趣味の悪い厭らしい黄金色の身体をキュキュキュっと磨かれている。
その間にティータとタイタニスはすっかり寛いでいた。
「アタシ、今日からここに住むわ」
「帰ってください」
「母上が住むなら妾もここに住むのじゃ」
「帰って?」
両者に遠慮の欠片もない。
タイタニスの目線は遠く離れた位置で佇んでいたり、蜂蜜湖に移動している二万体近く存在しているスパークフォーリナー。蜂蜜色の雲の間を浮遊している饅頭のような機体下部に脚部と思われるパーツをぶら下げる、ギラギラと輝く謎の巨大レガクロスに魅せられている。
どうやらここが気に入ったらしい。
そして、手には蜂蜜色の雲からもぎ取られた蜂蜜の綿菓子、もう片方の手には蜂蜜酒の瓶が握られている。
(コイツらマジで居着く気だ!)
復活したゲルドアルドに戦慄が走る。ボディからはキュキュキュとリズミカルに音が鳴る。捕虜の癖に大きすぎる態度の王妃と姫に憤った大蜜蜂達が、二人に襲いかかり集団で叩き始めた。
ポフポフポフと気の抜ける音がリズミカルに奏でられる。
今や蜂の巣の中なら神にも悪魔にもなれる彼なら、二人のどのような力も無敵の装甲と無限のパワーで圧倒し、簡単に巣から放り出すことが可能だが、普通に追い出しても侵入が防げないなら彼女達は戻ってきてしまう。
蜂の巣の中に入ってからの記憶を奪うなんてこともできるが、この二人なら記憶を奪っても同じことを繰り返すだろうと、二人と付き合いが長いの彼は容易に想像できてしまった。
(いっそ消すか……いや、無理か)
巣の中なら完全に逆転しているが、戦闘力という点で超級戦闘系ジョブをカンストし、更に【Unlimited】であるタイタニスにゲルドアルドは手も足もでない。
レベル的には二千近くも下だが、レベル差を簡単に覆してしまう戦闘力と時空を操る能力を持つクロックロードを有するティータにも勝てない。
所詮、ゲルドアルドは生産職である。
しかも、魔人族の性質で生産職としても中途半端。
ガチ構成の戦闘職で高級な装備を身に纏う二人に勝てる要素がなかった。
彼女達をゲルドアルドが独力で倒せない以上、肉体どころか魂の一欠片も残さずに消滅させても、二人を消滅させた彼が巣から出ると、彼女達は復活してしまう。
(機神を使うか、あの方法なら外でも勝てると思うけど)
ゲルドアルドに不可能な事……彼の戦闘力ではタイタニスとティータを跡形もなく消すことができない。二人を消したゲルドアルドという概念を巣の外に持ち出すことができないのだ。
(機神は契約でアイゼルフを害する行動ができないし、あの方法は手加減なんてできないから実行に移したら何もかも吹っ飛ぶ……駄目だわ)
ジョブスキル範囲外に持ち出すには、実際にやって成功している必要があった。
消してから引きこもり続ければその状態を維持できるが、ゲシュタルトの幹部で、ゲシュタルトシティの敷地内に蜂の巣を建設させて貰っている以上、外に行く用事は幾らでもあるし、既にちょっとオリハルコン加工のために結構な時間引きこもっている。
現状では引きこもりを維持するのが難しい。
ゲルドアルドは好き勝手にやっているように見えるが、それは雇われ幹部として請われた事を忠実に、時に大きく越える結果で答えて来たからである。
そうでなければ、オリハルコンなんて貴重で限られた素材を、アニメートアドベンチャー最大の生産ギルドと呼ばれるゲシュタルトがゲルドアルドに渡したりはしない。
因みに彼の力で強化される大蜜蜂の手で行っても結果は同じだ。【蜂巣神界】の制約である。
記憶なら巣に入ってから生まれた部分限定で制約を回避できるが、さっきも述べたようにそれは意味がない。
「蜂蜜坊や、酒を寄越しな」
「妾はレモン花粉の蜂パンを所望する」
黄色や赤色の毛玉に埋もれて姿が見えない二人だったが、その状態でも気にせず堂々と飲食物を要求してくる。ゲルドアルドや大蜜蜂を恐れる様子がまるでない。
「くっ大物だ……!」
驚愕しているが、ゲルドアルドが小心者だと二人に見抜かれているだけだ。ゲシュタルトの幹部という立場、自身があまり頭が回らないと自覚し、最高ではなく常に無難な対応する彼に対しての信頼と言えば信頼だが、完全に侮られている。
「「ぬあー!」」
偉そうだった二人は、ゲルドアルド磨くのを中断したレディパールにモフモフの前肢で薙ぎ倒された。彼を侮る態度が不快だったらしい。
「少しスッキリ」
外に出たときが怖い。今は忘れようと彼は記憶の片隅に投げ捨てた。
(愛。至高巣。誘導。)
「え、何?」
所属する国家の王妃と姫をモフンモフンと殴り倒したレディパールが戻ってくると、グイグイとその巨大な頭部でゲルドアルドを押してくる。
(制圧。完了。再。儀式。)
「え、制圧?儀式ってまたあれやるの?というか何処を制圧?そこのクッコロじゃないの?」
二人のクッコロを指している訳ではないらしい。
彼女の交信フェロモンで伝えられる情報が曖昧だった。
彼は「どこかを制圧した」という情報が気になるが、蜂蜜湖でやった儀式をまたやるらしく、急かしてくるレディパールの頭の圧力に屈して額の上にのってしまい、そのままスタコラと運ばれてしまう。
「暫定異世界の不死の大森林周辺なら良くないけど、問題ないんだけど……ねぇどこ制圧したの」
(敵。蜂蜜泥棒。)
はて、いつ蜂蜜なんて盗まれたのかしらん?
彼は身に覚えがない盗難事件を告げられ彼女の額の上で首を傾げる。傾きすぎた頭が再び落下するが、飛んできた大蜜蜂が空中で受け止めた。
そのままゲルドアルドは、無数の巣やレディラックを中心にした罠蜜蜂の一段とそれを囲むスパークフォーリナーと、湖の上空で輝く黄金饅頭型の巨大レガクロス【クラウドフォーリナー】が待ち受ける、物々しい蜂蜜湖へと運搬されるのだった。
「やはり、生け贄の儀式かの……?」
その光景は、ゲルドアルド達の後ろ姿を見送った母子には、どうみても生け贄の儀式がはじまるようにしか見えなかった。
◆
これから行われるのは、レディパール達が盗まれたゲルドアルドの一部だと思い込んでいる……彼の肉体奪還の儀式。
誰も知らなかった。
運営も蜜蜂も蜂の巣も。
自分達が本当は何をしていたのか。
彼等の無知と傲慢が何をしてしまったのか。
神秘が消え去った世界に残された怨念の怪物。
神秘の残滓より生まれ出る新しき神秘の怪物。
相反する出生と性質の両者は、この日、お互いの存在を知ることになる。
次回更新は未定です。11月中にまた更新したいとは思っています。
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