万雷の異邦人・3
機体全長に匹敵する長細い腕が高速で振るわれると、黄金の手の内にとらわれている岩波は容易く音速に達し、六メートルの凶弾として仲間を襲った。
激しい金属音。岩波機を投げ付けられた機体は、両者共にもつれ合い、猛烈な勢いで地面を転がって戦場から離脱して行った。
その過程で手足を飛び散らせた、機体は随分と離れた位置で停止し、そのまま沈黙してしまう。
『た、たいちょー!』
『隊長がやられた!』
『石田もだ!嘘だろ!』
この場で間違いなくトップクラスのレガクロス操縦者の早すぎる離脱に混乱が広がる。
なんなく倒せたと思った相手の手痛過ぎる反撃に次々と声が上がった。
しかし、戦場でそんな余計な事に使っている暇はない。
『全機散開!!』
悲鳴のような副隊長の号令。訓練が行き届いた部隊員達は素早くその場から移動開始。他の機体よりも遅れた機体があったのは、ただ位置が悪かった。
スパークフォーリナーから幾重にも重なるMPモーターのオーケストラが始まっていた。
サンダーフォーリナーをよく知る大陸ではゲシュタルトのギルドメンバーには非常に聞き覚えがある曲。
それは、大量のMPがMPモーターを回し、膨大な電力を生み出している音だった。
戦場が轟音と共に白に染まる。
巨大な眼球に見える黄金の頭部の眼部分が光輝き、雨のように雷が放たれた。
折り重なる雷紋が空間を埋め尽くすように広がり、わずかな隙間さえも雷光に染められていく。
それは一瞬にして、スパークフォーリナーの頭部から純白のドームが生まれたように見えた。
その正体は〈スパークバスター〉。
サンダーフォーリナーの頭部に搭載された電撃を放つ六つの球体〈ボルトバスター〉の派生兵器。
範囲を重視した範囲殲滅兵器である。
ゲルドアルドの技量が未熟であるため元の兵器と違い、頭部一つが巨大な電撃発射装置となってしまっているが、元々の破壊力がMPモーターで発生させた大量の電力に依存している。
その威力は〈ボルトバスター〉殆ど変わらない。
不幸中の幸いで、スパークフォーリナーと大鬼七式の距離が近かったために放射状に広がっていく攻撃範囲は狭く。その範囲から逃げ切れなかったのは、たったの五機だけだった。
雷でズタズタに引き裂かれ、赤熱する地面の上に黒い金属の塊が五つ転がっている。
雷が放ち終わり再びMPモーターによる発電を始めたスパークフォーリナーの背後から、二機の大鬼七式が推進ガスで加速して肉薄する。
突如、浮き上がった胸部パーツ接触して転倒した先行の二機だ。
大量のMPをMPモーターを回転させ、発電した電力を利用する仕組みなため〈ボルトバスター〉も〈スパークバスター〉も充電に少し時間が必要。
二機はそのタイミングで、手足が長すぎるデザインが足を引っ張り近接戦闘が不得意なスパークフォーリナーに取り付く気なのだ。
至近距離ならレールガンを逸らせない、他の武装も通用する。賭けに近いが、ゲルドアルドの性格上スパークフォーリナーにも近接兵器はつまれていないだろうという身内判断だ。
それは、正しかった。
機体に取り付かれても、このスパークフォーリナーは敵を即座に排除できるような兵器は装備されていない。
なので、味方機からの援護に頼った。
背後から襲ってきた、空間を這う幾重にも重なった雷紋が取り付くことに成功した二機を、スパークフォーリナーごと纏めて打ちのめして破壊する。
撃ったのは、ドームから近づいて来る二機の黄金の巨人。
MPが希薄な環境への対策を終えた敵の増援である。
敵ごと無数の電撃で撃たれたスパークフォーリナー(以後スパークA)は無傷だ。
ここにいるスパークAも、近付いてくるスパークフォーリナー二機(以後スパークB、スパークC)の蜂蜜金属を主体とした装甲は多層構造。
熱をMPに変換する爆蜜蜂毛を金属化した層、装甲の主体となる蜂蜜金属の層、絶縁体の層の三つで構成されていた。
電気も電気抵抗で発生する熱も、スパークAを傷付けることはできない。
雷が踊り、灼熱と化した周辺空気を物ともせず、黄金の巨人達が進軍する。
その数はドンドン増えていく。
◆
「おい、クソガキ!どういうことだ!明らかに五機以上出てくるぞ!」
余りの異常事態に丁寧口調を投げ捨てた浅谷が声を荒げ、荒谷の胸倉を掴んで持ち上げ、ふらついて横転した。
荒谷は幼児体型だが浅谷も見た目は子供である。そして、貧弱だ。
勢いで幼児を持ち上げることができても、保持する筋力は持ち合わせていない。
「びゃああああああああ!」
「泣いてる暇なんてないんですよ!」
怒鳴っている暇もない。
普段浮かべている胡散臭い笑みが欠片もない。
既にスパークフォーリナーは十体も戦場に現れ、更に追加がドームから歩み出ている。
一体何機あるのか?
この世の終わりのような光景だ。侵略メカっぽいデザインのレガクロスではなく、地球に侵略戦争を仕掛けてきたレガクロスにしか見えない。
「うちで作ってる映画みたいニャ」
実際にゲシュタルトで製作された宇宙人侵略モノ映画に、見た目だけ似せられたサンダーフォーリナー型のゴーレムが侵略兵器役で使われたこともあった。
その映画と笑えるほど現状がソックリだ。
余りの光景にトレーラー内の殆どの者が無言だ。
現在戦闘中のレガクロス舞台の悲痛に満ちた通信音声がトレーラーに響いているが誰も反応できない。
もしも、ゲルドアルド蜂の巣の中にまだ二万近く待機している知ったら、彼らは発狂してしまうだろうか?
ここに存在している機体は極一部で、なんとなく二万機並べようと思ったゲルドアルドが二万機用意しただけで、彼の意思一つで無限に用意されると知ったら間違いなく発狂するだろう。
「……一般にゲームと呼ばれている世界からやって来たロボットに滅ぼされるか……いや、笑えませんねぇ」
「びょえあびょあ……」
見た目は幼児だが自分の倍は生きているはずの荒谷が、本当の幼児……いや、赤子の如く泣き始めたのを見て、少し冷静なった彼は決断した。
決断を即した荒谷は飴を咥えている。この状況でも飴を食う奴と、飴を与える忠臣の部下に感心したら良いのか呆れたら良いのか。
コチラのレガクロス部隊は既に生存ではなく、浅谷達を逃がすための殿として動き始めている。
撤退だ。
できるかどうか怪しいが、今すぐに運営本部に戻って、いかにして生存するかを浅谷は考えねばならない。
保守的で臆病なゲルドアルドが関わっていないだろう彼女達とコンタクトを取るためには、我らがゲシュタルトのギルマスの力が必要になると、彼はこの世界でもほぼ姿が変わらない彼女の元気な姿を思い浮かべた。
「その前にやることがありますね」
普段浮かべている胡散臭い笑みを取り戻した浅谷は、いつの間にか彼から離れた位置で部下に世話をされ飴を舐めながらぐずる荒谷に容赦ない言葉を投げつける。
「クソガキ、お前には死んでもらいますよ」
◆
ゆっくりと歩を進めるスパークABCの周囲には、黒焦げになった大鬼七式が転がっていた。
無数の雷紋に打ち倒されたばかりで装甲が帯電している機体もある。
全滅だ。
それは必然だった。
余りにも戦力が違い過ぎる。
時間にして十二分も注意を惹き付ける事ができた彼らは英雄と言っても過言ではない。
彼女達の戦力が過剰すぎる。
スパークABCを含んだその数は既に三十四機。
まだまだ途切れることなくドームに開けた穴から、歩み出てくる。
彼女達……大蜜蜂の目的は蜂蜜泥棒の殲滅だ。
それはスパークABCが次の標的にしているトレーラーに居る四人を殺せば達成される。
じゃあ、何故これほどの数のスパークフォーリナーが地球にやって来たのか?
それは、ゲルドアルドが地球に忘れていた肉体を回収する為。それには未知の世界で戦える武装が施された蜂の巣であるスパークフォーリナーが沢山必要なのだ。
スパークABC内部に居るキメラ達は訝しんだ。
「何故あの車両は逃げずにその場に居るのか?」と。
球状に配置された無数のキメラの頭部が一斉に蠢く。
ゲルドアルドのスキルで、キメラに必要なパーツだけを生み出された彼女達は、自分達が群れの一部だとは認識していても、大蜜蜂だとは欠片も思っていないが、自我はあるし仲間意識もある。
蜂蜜も好きだ。
戦闘中に大蜜蜂が差し入れに来た檸檬の味がする、花粉を蜂蜜で固めて熟成した蜂パンも好きだ。
どちらもとても美味しい
だからこそ彼女達は不思議に思う。
仲間であろうレガクロスらしき小さな者達が、命で稼いだ時間をあの車両に立て籠る者達は逃げもせずに無駄にしたのだ。
逃がすつもりなど毛頭無いが、至高の蜂の巣と仲間を守るためなら命も軽々と投げ捨てる群れの一員である彼女達は、仲間を無駄にする行為が不思議でならなかった。
甲高いMPモーターの音が重奏が響く。スパークフォーリナー歩幅で十歩の距離にまで車両に近づいた三機が〈スパークバスター〉の発射準備に入っている。
車両に動く気配はなかった。
内部が無人とも考えたが、蜂蜜泥棒が中に居ることは確認済みだ。
三機の頭部から一斉に放たれる無数の眩い雷紋。
蜂蜜泥棒が乗る車両を真っ白に包み込む。
電熱で弾ける空気の連続音。
そして、電気が空気に拡散していく。
光が晴れると、そこには煮えたぎる赤熱の巨大クレーターと化した地面があった。
車両の影は跡形も無い。
(((((?)))))
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スパークABCを操縦するキメラ達は無数の頭部様々な角度に曲げた。標的を仕留めた手応えが無かったように思えたのだ。スパークABCが確認の為に赤熱するクレーターに足を踏み入れようとしたその瞬間。
背後で幾つもの破裂音をセンサーが感知した。素早く上半身が反転し、武装を構えた三機が見たのは、大量の白い煙だった。
地面に転がるレガクロスの残骸から、一帯を埋め尽くさんばかりに噴出している。凄まじい量と勢いだ。全長三十メートルのスパークフォーリナーの頭上を軽々と越えながら煙が広がっていく。
金属眼球の視界が塞がれた。ただの煙ではなく妨害する物質が混じっているのかセンサーも不調だ。魔法系のセンサーは周囲のMPが薄くて最初から役に立たない。
警戒態勢の五十二機のスパークフォーリナーだったが、煙が晴れると警戒を解いた。何機かが偶然レガクロスから脱出してこの場から離れていく人影を発見したが、無視された。
元々蜂蜜泥棒ではなく、泥棒を匿い彼女達を妨害する行動とっていたから対応しただけで小さなレガクロスになんの関心もなかったからだ。
やがて、スパークABCが反転して後退していく。
ドームを囲みつつあるスパークフォーリナーの群れに加わるために。
キメラが感じた違和感は、内部の蜂蜜神界に連絡に来た罠蜜劣蜂に「蜂蜜泥棒は死んだ」と告げられた為に気のせいだったと、キメラ達の無数の頭から忘却された。
次回の更新予定は未定です。10月中はたぶん更新します。
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