万雷の異邦人・2
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◆蜂巣神界スパークフォーリナー19995号地。
『……はっ?』
気が付くと岩波が乗る大鬼七式は地平線の先まで広がる草原の上に居た。
『……ど、どこだここは!何が起こった!?』
突然の事態に岩波は混乱し叫ぶ。
それも無理はない。スパークフォーリナーの胸部に空いた穴に飛び込んだら、そのまま機体ごとスッポリと中に納まった上、目の前に青空と草原が広がっていたのだ。
スパークフォーリナーは全長三十メートルの巨体だが、胸部は十メートル程度。
制御中枢であり、魔法の機械や、巣の飛行能力などを支える大蜜蜂特有の複雑なハニカム魔法装置が詰め込まれた胴体に、全長六メートルのレガクロスが納まる筈がない。
岩波は感じていた違和感の正体を悟った。
(……そうだ、貫通していなかった!確かに前面装甲は破壊したのに、胸部に命中した弾丸は背中から飛び出していない!)
機体のセンサーがレールガンの射程よりも遥か彼方に佇む球状の影を捉える。
金属眼球の最大倍率で拡大したその姿は、大蜜蜂の頭部を球体に配置した、おぞましいキメラだった。
全方位に無数の頭部を向けて、触覚と顎を細かく動かすキメラの下部からは、無数の赤い肉の根が下に延びている。
その真下には琥珀色の液体の静かな湖面が広がっていた。
中央が盆地になっているらしく、見渡した湖の広さがよくわかる。
その正体を悟ってしまった岩波の戦闘の高揚で熱い全身が、冷や水を浴びたように冷えた。
『……この色、馬鹿な!全て蜂蜜だと言うのか!!街一つ沈められそうなこの湖が!?』
信じられない気持ちだった。
機体のセンサーと計測器で量を試算しただけでも、ゲルドアルドと大蜜蜂が一年で用意できる量の数百倍は目の前にある。
湖の中央に浮かぶキメラには、蜂蜜をMPに変換する力がある。
これだけあれば、幾らMP拡散しやすいと地球環境でも何千年何万年と、スパークフォーリナーは動き続けることが可能だ。
そして、これだけの蜂蜜があればMPを撒き散らされるただけでも、ガハラ市壊滅規模の災害を幾らでも起こせる。
(畜生め!コイツらは土俵が違う!
迎撃に出てきた機動兵器なんかじゃない!爆弾なんだ!)
恐怖と焦燥で逸る心が、機体の破損も厭わない全力稼働を選択させる。機体全てのエネルギー資源を使い切る覚悟で疾走を始めた。
(今すぐにあの不気味な大蜜蜂のキメラを破壊しなければならない!)
岩波はMPを撒き散らして周辺を破壊する爆弾だと解釈したが、大蜜蜂達にそんな意図は無い。
大蜜蜂達にはMPが多少薄い環境ならともかく、雀の涙以下しかない環境なんて想像の埒外だ。
ただ、MPが薄いのは調べて分かっていたので、一番頑丈で使い捨てができる、生存能力が高い道具を使っただけなのである。
『ぐがっ!?』
凄まじい速度で走行を開始した大鬼七式が突如停止した。岩波を予期していなかった急停止の驚きと反動が襲う。
『……なんだっ!機体が動かない?』
動かそうとすると不気味な異音と振動が機体から発生する。外部から圧力が加わっていた。巨大な不可視の力によって動けなくされていた。
蜂の巣外壁の破損で効果が落ちていた。侵入者を拒むこの特殊な空間の力が、この世界の中心に据えられ操作権限の一部を与えられているキメラに近付いたことで、外部からやって来た異物への影響力が強まったのだ。
ここは【蜂蜜神界】の力によって、スパークフォーリナーという蜂の巣の中に作られた甘美なる別世界。
ここに滞在できるのは、この世界の創造神たるゲルドアルドか大蜜蜂に許された存在だけだ。
『……う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』
突如発生した後方へと押し戻される力に驚き、悲鳴を上げた岩波。彼はそのまま外壁の穴から外へと排除された。
来たときの倍はある速度で。
静寂が訪れ、大蜜蜂のキメラだけになった。
キメラの球状に並べられた無数の頭が一斉に蠢きだす。触覚が震え、顎が打ち鳴らされる。それは何かを相談しているようにも見えるが、ただ意味もなく動いているだけのように見えた。
やがて、彼女たちが肉の根を伸ばす、真下の蜂蜜湖に波紋が生まれた。
キメラを囲うように波紋が六つ。複数の波紋が合成されて蜂蜜湖に小さな波が発生し、それは浮き上がる。
それは、趣味の悪い厭らしく黄金に輝く頭と手足。そして装甲。
浮き上がってきたのはスパークフォーリナーの破壊されたパーツだった。
◆
◆荒谷高次元素材研究所。東搬入ゲート前。
『……おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』
外から見ているとそれは不思議な光景だった。大鬼七式・岩波機が浮き上がったスパークフォーリナーの胴体の胸部に飛び込んだと思ったら、同時に外へと悲鳴を上げながら排出される岩波機が飛び出してくる。
この不思議な光景の原因は、この世界とスパークフォーリナー内部世界の時間の流れの違いが起こす現象だった。
レールガン攻撃を受け、それが思っていた以上の速度だったために、対抗するために内部時間が加速されているのだ。
飛び出した岩波機が空中で今度は実体のある、花弁のようにぐるりと生えた金属の指を持つ手に捕獲される。
スパークフォーリナーの左手だ。
『……馬鹿な!』
破壊したはずの手に捕獲された岩波は信じられない光景を見る。
スパークフォーリナーの頭部があった破損箇所からニュルリと、絞り出されるように歪んだ球体の頭部が出現。元の場所に収まるとそれまでの柔らかさが嘘のように硬質な質感を取り戻す。
同じように他の破損箇所からも内側からまるでペーストでも絞るように手足が生えてきた。
極めつけは大穴が開いた胸部装甲。破損した穴にピッタリとはまる装甲が内側からせりだしてきたのだ。
そこには手足を失った黄金の巨人はもういない。新品同然の傷ひとつ無い姿がそこにあった。
『タイチョーを放せ!』
『腕を狙え!』
捕まった岩波救出のために最小の充電で次々とレールガンが放たれる。予期せぬ修復能力に動揺はあったが即座に対応できた。そうした手合いと戦った経験が成せる技だった。
僅かながら動揺したのは、ゲルドアルドが単独で作成した話だったレガクロスに非常に高度な自己修復能力が存在していたせいだ。
『『『!?』』』
放たれた十二発の弾丸は容易く装甲によって弾かれてしまう。
しかも、それは自由な右腕を盾にして、装甲の曲線を利用して僅かな動きで弾道を逸らすという高度な技術で。
弾かれた弾は明後日の方向や、地面に向かって飛び音を立てて突き刺さる。
最小充電とは言え、手足を砕いたレールガンの攻撃を右腕に僅かな擦過傷を作るだけで凌がれてしまった。
今度こそれが機体の動きに影響が出てしまうほど動揺してしまうレガクロス戦闘部隊。
機体の集音マイクに周囲に甲高いMPモーターの回転音が響く。
振り上げられた長い黄金の腕が空気を切り裂き、レールガンで攻撃してきた機体の一つに向かって、岩波機が投擲された。
明日の昼12時にもう1話更新予定。
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