万雷の異邦人・1
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「何にせよ、既に蜂の巣はつつかれている。大陸と容姿も内包するMPもまるで違う私達では、大蜜蜂との交渉は不可能です」
蜂の巣を突けば蜂が襲ってくる。
現状変えることが出来ない常識だ。
突いたのが浅谷達では無く、荒谷達だとしても、既に一戦交えてしまった状態では無意味。
『目標から高濃度MP流出!』
『目標が活動再開!』
約三十分の不気味な沈黙を破ったMPモーターの甲高い音。
金色の丸い頭部。上下左右に備わる金属眼球が光始め、浅谷に悲鳴のような報告が次々と告げられる。
「MPの流出。動かない……いや、動けなかったは、やはり稀釈されていたせいですね……!」
浅谷はドームから派手に出てきたスパークフォーリナーが、その後に停止した理由を察していた。
理由は単純明快。目の前で緩慢に動き始めた金色のレガクロスは、大気中にMPが溢れ、魔法が当たり前の世界である大陸から来たからだ。
大陸が大海なら、地球は僅かにMPを含んだ大気と土壌を持つ日本でも水の無い砂漠も同然である。
魔法が無ければ存在しえないゲルドアルド十八番の魔法金属である蜂蜜金属や、施されている魔法効果を維持するMPは、極端にMPが薄い環境だと、薄い方へと流出し、大気に希釈されてしまう。
浅谷考えが正しく、当時の設計通りならば、今、あの機体の中では、蜂蜜を大量に消費して機体が自壊しないように必死にMPを生み出している筈だ。
もっとも、ここまでわかっていても安易に攻められなかった。希釈される速度が速すぎるため確証を得るための情報が手に入らなかった。
相手が動き出すまでは。
「優れた魔法の産物であるからこそ、日本で再開発されたMPが薄い環境下で前提の魔法技術が通用する!」
『……レールガン全機発射ぁ!』
限界まで充電を終えていた二十機の大鬼七式の両肩から伸びるレールガンが一斉に火を吹く。衛星軌道。充分すぎる充電を終えていた約三百キロメートルの目標を撃ち抜ける兵器の最大出力だ。
更に魔法により、現実の物理法則を凪ぎ倒す、電磁加速で撃ち出される弾丸の初速は光速を簡単にぶっちぎる。
「亜音速機動が出来ない愚鈍なサンダーフォーリナーのデッドコピーに回避は不可能です」
それでも、大陸だったならば、この程度の兵器では、十全に能力を発揮した装甲に阻まれ、破壊は難しかっただろう。
合計四十発の磁力と魔法の鉄槌が、スパークフォーリナーの胸部装甲を貫き、強力な武装を組み込まれた長い手足と丸い頭の根本を粉砕し、支えを失ったパーツが胴体から吹き飛ばされ、錐揉み回転しながら飛んでいく。
『……一機撃破』
轟音と共に放たれた鉄槌の一部がドームの壁に突き刺さる。
ギラギラゴールドに染まる装甲と破片が厭らしく輝いて舞い、内部のハニカム構造を破壊された胸部が地面にゆっくりと墜落する。
起動するのに十億のMPが必要な超大型MP増殖炉を二機も同時起動可能なゲルドアルドの驚異のMP供給能力が機能していないことに、トレーラーの中から状況をモニターしている浅谷と静かに安堵した。
『……?』
しかし、現場でレガクロス部隊を指揮していた岩波は僅かに違和感を感じる。
『残りは四体!』
『楽勝だ!』
実際にレールガンで対象を破壊したレガクロス部隊員が歓声を上げる。
楽勝。それは都合の良い幻想である。これは、たまたま環境を味方にできたラッキーショットだ。
それを誰もが理解しているので声を張り上げて無理矢理テンションを上げているのだ。
確かに簡単に撃破できたように見えるが、三十分というアドバンテージがあっただけの話。電力も魔法も念入りに準備できたがゆえの高威力。
同じ威力を出そうとすれば、同じように時間がかかる。
それを、ドームに空いた穴から静かにコチラを観察している金色の巨人達が許してくれるのかと言われると。
「む、むりだ!おわりだ!ぼ、ぼくたちはここでしぬんだ!?」
荒谷が恐怖で叫ぶ。びえー!泣き叫ぶ情けない彼も技術者である。今の一撃が特異な状況が味方した上の奇跡のような一撃だと理解できているのだ。
横で荒谷を介抱する花原は憐愍の感情で目を潤ませ、彼の口に棒付きの赤い飴を突っ込んだ。
「……いいえ、幾ら後の機体が対策を練っていても、MPほぼゼロの環境下に躍り出れば、必ず性能が低下する」
先手必勝の電撃戦。助かるにはそれしかない。MPに充ちているドームから出てきて弱体化した機体から武器を破壊して無力化し、戦闘力を奪う。
かなりシビアだが、敵は強大だが鈍い巨体。亜音速機動こそできないが、機動兵器としては圧倒的に大鬼七式が勝っている。それを歴戦のパイロットが操るのだ、やってやれないことはない。
幸いなことに巣を刺激された大蜜蜂は非常に好戦的だ。天敵であろうと死力を尽くして挑む彼女達だけならば、間違いなく攻めてくる。
動きがあった。
新たな金色の機体がドームの穴から進み出ようとしている。
『……突撃っ!接近戦だ!蛇のように張り付いて戦え!』
『シャー!』
『レガクロスは性能だけが全てじゃない!』
『専用機に量産機!羨ましい』
『妬ましい!』
『キィィィィィ!』
己を鼓舞しすぎて普段は隠している暗黒面の嫉妬が漏れ聞こえている。
機体腰部から高圧ガスの噴射で一気に加速した機体が地を駆ける。
いち速く、目標とトレーラーの間にある撃破したスパークフォーリナーに到達した二機のレガクロスが、残骸を飛び越えようと勢いを落とさずに跳躍した。
『いぃぃぃっ!?』
その時、急に浮き上がった五体を失った金色の胸部パーツが、跳躍して空中で無防備な二機の大鬼七式を下から襲った。
『ゴッ!?』
『めあっ!?』
真ん中に大穴が開いてはいるが、厚い蜂蜜金属の装甲に覆われた質量体に強襲された二機は、機体の手足を金色に引っ掻けてバランスを崩し、地面の上を無様に激しく転倒。
後続の機体は予想外の事態に思わず速度を緩めてしまう。
(……動く!?キメラを破壊できていなかったのか!)
半壊しても割りと平気なゲルドアルドが乗っているならともかく、MP希釈されてしまう環境でレールガンの直撃を受けたキメラが生きているとは驚愕だ。
(……勢いを止める訳にはいかない!)
アドバンテージは地の利しかない。敵が自由に動き出せば、浅谷から聞いた火力で無惨に一掃されかねない。
岩波は敢えて加速を選択し、機体を跳躍させてフワフワと浮かぶ金色の塊に突撃する。
『……直接中を抉ってやる!』
岩波の操るの大鬼七式は、手も足も頭を失った状態で動き出したスパークフォーリナーの胸部の大穴へと、武装を起動させた機体の片腕を突き出した。
次回の更新は未定。今月はもう一度更新したいなと思っています。
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