蜜蜂の巣
コメント、ブクマ、ポイントありがとうございます!
◆アイゼルフ王国。ゲシュタルトシティ。ゲルドアルドの蜂の巣。
目の前で止められない戦いが始まろうとしている。
それをハラハラドキドキしながら見守っていたゲルドアルドの脳内に、個人音声チャットの呼び出し音が鳴り響いた。
彼は拳を作り小指と親指を立てて耳元に当てる。この手の形を作ることで使えるチャット機能は「コマンドメニュー画面が爆発するかもしれない!」と世界中で彼一人しか悩んでいないだろう問題で、メニュー画面を開く勇気を持てない彼が使える数少ない機能である。
「もしもし、ダイ・オキシンさん?今朝ぶりですけどなんのようですか?」
若干、声に警戒を滲ませて個人チャットに応じたゲルドアルド。声色だけで警戒が手に取るようにダイ・オキシンに伝わっていく。
警戒しているのは、相手が今朝からオリハルコン関連で何か変なスキルやジョブを彼が入手していると疑っているらしい、我らがサブマスだからだ。
どうやって誤魔化そう?
色々感付かれている気がするし、いっそ素直に言ってしまうか?
でも、あんまりギルドの仕事増やされるの嫌だなー逃げ場無いし。
現在、建築中の決戦用ジャイアントサンダーフォーリナーが完成するまで向こうは怖いしどーしょー。
等と彼は暢気に考えているが、ダイ・オキシンが聞きたいことはそんなことじゃなかった。
「ゲルさん……ゲルさんは今、何処で、何をしていますか?」
警戒していることは全く関係ない無い質問だった。
今朝より妙に雰囲気が硬く、腹芸技能がマイナスのゲルドアルドにも解るくらい声に焦燥滲ませている彼を訝しむ。
そう思うだけで、特に隠すことではなかったので、反射に近い感覚で、現状をありのままに答える。
「何故か僕の巣の中で、レディパールとティータ姫の決闘が始まるので、ハラハラドキドキしながら見守っています」
レディパールとティータ姫。二人の女傑による戦いの火蓋が切って落とされようとしている。
本来、ゲルドアルドが管理している蜂の巣の中で、彼と彼女達に勝つのは不可能だが、二人の希望でステータス調整し、彼女達の強さを同程度にしてある。
なので、結果が見えずハラハラドキドキしてしまう。
「いや!見てないで止めてぇ!?ティータ姫は王族ぅ!!!」
しまったー。ゲルドアルドは迂闊にも言わなくて良いことポロっと喋ってしまった事を悟った。
適当な事を言って誤魔化せば良かったと後悔するが遅い。
「ダイジョウブダヨーナニモシンパイナイヨー」
語るに落ちるとは、今のゲルドアルドの事を指すのだろう。
「裏声ぇ!というかさっきハラハラドキドキしてると言ったじゃないですか!?」
気安い関係を築いてはいるがティータ姫は王族。王族の姫と決闘なんて、本来は不敬極まりない。
母親であるタイタニスは、襲撃されたのでもなければ、お互い合意のある決闘で手足の一本や二本消し飛んでも「鍛練」の一言で済んでしまうが、魔法と機械の文明国であるアイゼルフ国の中枢は基本的に頭脳派。彼女のような脳筋は少数派。
つまりは大問題だ。
こんなことで怪我するのもダメで、誰かに見られてのも色々と面倒な事になる。
これが蜂の巣の外であれば、ゲルドアルドも二人の決闘に協力したりせずに、後で構い倒すの条件にレディパールに命令して下がらせているところだ。
決闘が行われるのはゲルドアルドのジョブ【蜂巣神界】で支配された蜂の巣の中だ。怪我することも、この問題が表に出ることは有り得ないのだが、能力を頑張って隠しているのにそれをダイ・オキシンに説明することは出来ない。
決闘を中止を訴えるダイ・オキシンの話題を、緊張と同様が声に出すぎている妙な声で話の流れをぶつ切りにして強引に反らし、一区切りついたと勝手に思った、無理矢理なタイミングでゲルドアルドは音声チャットを終了した。
「よし、なんとか誤魔化せたぞ」
◆
◆荒谷高次元素材研究所。東搬入ゲート前。
「あー!なんか別に気になることが出来てしまった!」
簡易起動で音声チャット機能を使用し、大陸に居るゲルドアルドと通信に使用していたダイブギアを投げ捨てるように外し叫ぶ浅谷。
額の傷から流れてきた血を乱暴に拭う。トレーラーひっくり返った時に尋問に使っていた机と衝突した時の傷だ。衝撃緩和の結界装置を所持していなければ、この程度の怪我ではすまなかっただろう。
応急処置でガーゼと包帯を巻いているが額の傷は浅くても派手に血が出る。
「ミミミミミミミミミミミ」
「ンニャー!?」
「岩波さん!戦況は!?」
『……膠着している、ゲルさんは?信じられないことに連絡が取れたようだが?』
ドームの壁を粉砕して現れた金色の巨大レガクロスを最大限警戒しながら応答する岩波。
出現した見慣れた機体と良く似たレガクロスは、ド派手な登場シーンを披露したのに何故か三十分経過した今も微動だにせずに立ち尽くしている。
コチラを警戒しているのかトラブルが起きたのか不明だが、岩波達は距離を取って警戒していた。
何せ出現したレガクロスは、大きさこそ半分くらいしかないが、ギルドの生産職がこぞって開発に関わったゲシュタルト幹部専用機サンダーフォーリナーとそっくりだったからだ。
「えぇ、イラッとするほど、暢気にお過ごしの様子でした。大陸でしか使えない音声チャットが機能するということは、ゲルさんは安全な場所にいるということになりますが……」
「ミミミミミミミミミミミミ」
「ンニャー!?誰かー!誰かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
大陸に意識を降ろすダイブギアには安全装置がある。
周囲で発生する激しい音や振動などを関知して即座に、そして安全にログアウトさせる機能だ。この機能が発動した場合は、すぐにログインはできないようになっている。
もしも、ゲルドアルドが現実のドームの中に居るとしたら、ドームの一部と一緒に、付近の地面や六メートルのレガクロスを積める大型トレーラー十台を宙に吹き飛ばした爆発の余波で装置が起動してログアウトしている筈だ。
「今、精霊巫女から連絡来ました。調べてもらったゲルさんの連続ログイン時間は約十一ヶ月だそうです」
『……廃人にも程があるな』
「認めるのは物凄く嫌ですが、荒谷のクソガキの言うことが正しいことがほぼ証明されました」
金色のレガクロスがドームから出現して三十分の間。荒谷らが必死に持ち出した研究の一部である、彼らがゲルドアルドの死体だと思っていた奇妙な金色の蜂の巣や、研究区で暴れているらしい大蜜劣蜂と蜂蜜精霊の記録映像を見せられた浅谷は、ディセニアンのウツセミを管理している精霊巫女と連絡を取り、ゲルドアルドに音声チャットを試みたのだ。
結果わかったのは……。
「何やら妙な力を手にしたらしいゲルさんの不審な行動、長すぎるログイン時間、それにクソガキの情報を合わせると、信じられない事ですが、現在の彼は現実の肉体が不要となっているようですね」
「そ、そんなことがかのうなのか!?」
「おまけに、この状況をゲルさんが把握していない可能性があります。いや、してませんね。断言できます」
荒谷の言葉を意図的に無視して話を続ける浅谷。
無視された荒谷の目尻に大粒の涙のダムが築かれる。決壊まで五秒とかからないだろう。
『……あんな、サンダーフォーリナー擬きが出てきたのに?』
厭らしく輝く金色の巨人。元々は虹の光沢を持つ白がトレードマークだったがとある理由で呪われてキンキラキンになった。
そんなマヌケな笑えるエピソードがある機体だが、あれは戦闘に向かないジョブを取得しているゲルドアルドの大量のMPを破壊力に効率よく変換するために作られた大量破壊兵器である。笑うどころか恐怖で身体が震えてしまう。
かなり距離は取っているが、岩波は冷や汗が止まらなかった。
サンダーフォーリナーに少しでも準じる性能を持っているなら、この程度の距離なんて意味が無い。近づくのも正気では出来ないくらい恐ろしく、彼は戦場にいるのに酒に逃げたくなった。
「あれはスパークフォーリナー。ゲルさんが一人で作成可能なサンダーフォーリナーのデッドコピーです。実機を作っていたとは知りませんでしたが、あれは操縦者として大蜜蜂か大蜜蜂を使ったキメラを想定していました」
「ミミミミミミミミミミミ」
「来てる…来てるニャァァァァァ!?頭に向かって来てるニャァァァァァ!?」
頭に向かって来る無数の小鳥の囀りが聞こえてくる白い箱から必死に逃れようとする塩戸。しかし、ワイヤーでグルグル巻きにされている彼は床の上でのたうつしかない。
「そこの人、すみませんが……気が散るので頭を覗くんに襲われそうな塩戸さん助けてください」
浅谷に指差された武装隊員が心底嫌そうな顔してから、非常にゆっくりと恐る恐る、激しく振動しながらズリズリと、床にワイヤーで縛られた状態で放置された塩戸に向い這いずる白い箱に向かう。
その歩みはこれ以上無いくらい重い。
「もっと急いでニャァァァァァァ!?」
「ミミミミミミミミミミミ」
別に塩戸を助けるのが嫌という訳じゃない。頭を覗くんを見たくないし近づきたくないのだ。
浅谷以外の全員が視界に納めたくないあまりに必死に視線を逸らしていた。
余裕がありそうに見えるが、半分は現実逃避から来ている奇行である。
「これは大蜜蜂の独断行動です」
周囲の空気を無視して浅谷は断言する。
次回の更新は未定です。たぶん来月になります。
コメント、ブックマーク、ポイント評価してくれるととても嬉しいです。




