ゲルドアルドはブラッシングのお返しでレディパールに身体を磨かれている
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ドームを囲む不法侵入者避けの十メートルの壁には東西南北にゲート。来訪者に対応する為にセンサーやカメラ。担当者を呼び出す為のブザーや、映し出すモニターも備わっている。
ガハラ市を壊滅させた災害を引き起こしたGハイブと呼ばれる物体を管理、研究するここは、言うまでもなく重要施設だ。
センサーに容易く感知されるだろう、大型輸送トレーラー十台を引き連れた一団が察知されないわけがないのに何故か対応に出てこない。それどころかブザーを押しても担当者が設置されているモニターに現れない。
とてもおかしな話だ。
猛烈に嫌な感覚を覚えた。
浅谷の内心が急速に冷えていく。
彼の身体をドバドバと冷や汗が覆う。
深夜テンションのノリと勢いで、ギルドメンバーの明らかにヤバい実験に許可を与えた時の感覚とそれは非常によく似ている。
直近では、試射会でゲシュタル・ゲル・ボロスに搭載されている【アルマゲドンキャノン】の起動をその場のノリで気軽に許可を出してしまった時にも襲われた感覚である。
それは今まで外れたことがなく、気付いた時には手遅れだった。
(私は今!誰かのとんでもない大失敗に足を踏み込んでいる!)
彼がそんな確信を持ったその時、トレーラーを鈍い振動が襲った。
地面から突き上げられたような振動。地震にしては短く、原因は近く感じる。
「総員、警戒態勢!」
「て、敵襲ニャ!?」
塩戸がMPライフルを構える。レガクロスを運搬するため他国のミサイルなら平然と耐える強度を与えられているトレーラー内で慌て出す。ライフルのセーフティロックは解除されていないが、トリガーに指が添えられていて危険だ。
武装隊員は「気絶させるか?」と静かに彼の背後に忍び寄り、首を手刀で狙うが、気付いた浅谷に視線で「やめろ」と言われたので中断した。
代わりに塩戸を羽交い絞めにして「どーどー」と馬を御するよう声をかけて取り押さえ、別の隊員が銃を奪取する。見事なチームプレイだが、浅谷には鮮やかすぎてどこかコントに見えた。
「塩戸さん、ここは下手なシェルターより安全ですから落ち着いてください……カメラ確認してますよね?何か異常ありましたか?……土中から何か飛び出した?」
外部カメラで監視警戒中の同じトレーラーに乗った隊員の言葉に「コッチのデスクに映像回してください」と指示。
「ニャニャニャー!?」と取り押さえられている塩戸から、自分用に宛がわれた各種モニターが配置されたデスクに向き直る。
一拍置いて、モニターの一つに映ったのは、目的地のドームを囲む壁から十メートルほど離れた芝生の上。浅谷らのトレーラーの一団から見れば十時の方向へと約二百メートルの位置。
到着した時には芝生しか存在しなかった場所に、湿った土と芝生の一部を頭に乗せた銀色に輝く円柱状の巨大な物体が出現していた。
土中から飛び出した証拠に周囲に土砂と根が剥き出しの芝が散乱している。
「……非常用の脱出エレベーターに見えますね」
彼にはとても見覚えがあった。運営関連の重要施設や浅谷の実家にも存在する物である。大陸内のゲシュタルトシティにも、実家のそれを真似して設置した物が幾つかあった。
普段は土中に隠されていて、同じくエレベーターの近くに隠されたコンソールか、施設内部の非常用出口で操作することで地上に出現する仕掛けだ。
トレーラーの高性能マイクが、芝生を乗せた銀色の円柱内部で、機械の動作音と高速でワイヤーが巻き上げられるような金属音を捉えている。
『……つまり、一見静かなドームの内部は、普段隠されている外部に直通の脱出エレベーターを動かす事態になっていると?』
大鬼七式内部で待機中の岩波はそうマイク越しに呟く。その間にも腕はレガクロスの起動の為の準備している。
魔法を利用することで実現した、手の平サイズの小型核融合炉の出力が上昇。ヴゥゥゥゥゥと低い唸り響かせて、機械の巨人達の金属眼球に次々と光が灯っていく。
トレーラー内の浅谷らと武装隊員は、装備を素早くチェックし終えて既に臨戦態勢。塩戸はいつの間にか縛られて床に転がされていた。幸いなのかはわからないが、彼の出番は無さそうだった。
「誰か出てきた」
「数は?」
「四人」
「待て、資料では研究職だけでも二千人は居た筈。なのにたった四人?」
大きさからして百人は乗せて稼働できる、巨大エレベーターの入り口から出てきたのはたったの四人。施設の規模に対して明らかに少ない。重要人物だけを厳選したとしても、白衣を来た研究職だけで、武装した護衛が居ないのは不自然だ。
それにエレベーターは複数ある筈。現状ではたった一機しか動いていない。
「映像拡大して下さい、あと音も」
簡潔な武装隊員同士の会話。彼らと同じ映像を見る浅谷は映像と音の拡大を要求する。
「怪我をしている。衣服に刃物で切りつけられたような跡や、焦げ跡が見えます。明らかに戦闘痕だ」
「クソジジイが居ますねぇ……」
脱出してきた四人は全員幼い。日本人全員がそうだが、その中でも際立って幼い容姿を持つ緑人、荒谷が確認できた。最重要目標の木陰蜜八……ゲルドアルド程ではないが重要人物だ。
彼は額に血の滲む包帯をした獣人の女性に背負われ、顔中を涙や鼻水で汚して大声で泣きじゃくっている。
「確認とれました。全員が荒谷班に所属していた古株の部下達です」
『……荒谷のじーさん引くほど泣いてるな。道端で駄駄をこねる子供を思い出す』
「制圧しますか?」
武装隊員の隊長に問われた浅谷は、端正な幼い顔の眉間に深い皺作り、前が見えているのか怪しい糸目を更に細くする。
「このシチュエーション……怪我してるギルメンに駆け寄ったら、暴走したキメラが彼らの背後から現れて、頭から食われた時を思い出します」
キメラの暴走事故は、ゲシュタルトでは良くあることだが、地球で再現されたキメラ関係の錬金術は、人工臓器の培養くらいで、大陸や映画の中のような怪物が暴走できるような技術ではない。
「エレベーターがおかしい……上昇してる!」
地の底から響く這い寄る破砕音。エレベーターから出てきた四人は、音で背後を振り返り、顔を恐怖一色に染めて慌てて走り出す。
銀色の円柱は、頭上の土や芝生を落としながらグラグラと上昇し、ついには傾いていく。
それは何かが邪魔なエレベーターを内側から持ち上げ、排除しようとしているように見えた。
「なんだあれは!?」
『……不吉なモノが見える、サブマスが下手なこと言ったせいだな』
「花……?」
エレベーター押し退けて出現したのは、鮮やかな赤紫色の五枚の花弁を咲かせる蠢く植物達。
丸い花弁は巨大で一枚が人の顔よりも大きく、巨大奇花のラフレシアを想起させる。花の下には手足を備えているらしい身体が見えた。
奇怪な花頭人身の姿。花人と呼ぶべき不気味なモンスターの多くが、ボロボロになった白衣を着ているように見える。それが嫌な想像を膨らませる。
「嘘だろ、二千もいるのか」
「その数字は研究職だけだ。何があったか知らないが殆どがああなっているなら、それの三倍は行く」
思わず最悪を呟き、別の隊員から更に深刻な現実の訂正が入る。現在、謎の生物は約二百。見ている間にも数が増えていく。
「あれが全部でありますように……」
武装隊員がドームの中で広がっているだろう惨状を想像。一斉に顔をしかめた。願わくは目の前の群れが全てと思いたい願うが、途切れる様子は無い。
「ゾンビ映画かよ」
自らが潰れるのも惜しまず、無数にひしめき合い、体液を撒き散らしながらエレベーターを頭上から排除した花人達は、人のように二本ずつある手足を駆使してエレベーターシャフトから這い上がると、逃げる四人をドタバタと手足を振り回し不恰好に追い始めた。
浅谷らが待機するトレーラーに向かって。
トレーラーに刻まれた運営の関係者示す紋章に気付いたのか、荒谷達は助けを求めてコチラに向かっているのだ。
それを追う花達。シャフトから次々と湧出て、二本足で走る異形の花が濁流となって一斉に動き出す。
「ギルメンが作ってる映画みたいなバイオハザードを地球で起こしやがって!あのクソガキ本当に何しやがったんだ!?」
浅谷が口調を乱すのも当然。仮に現在、現実の住所がわからなくなっているゲルドアルドが、荒谷達の協力者として、あのドーム内に居るとしたら無事とは思えない。
余談だが、ゲルドアルドはこういう失敗はほぼ無い。ゲシュタルトでは稀有な人材である。
「サブマス、口調が乱れてるニャー」
悟りきった表情で床に転がされている塩戸が突っ込みを入れた。目の焦点は合っておらず虚空を見ている。パニックが一周回って逆に落ち着いたらしい。
「武装隊!四人を確保!最悪荒谷だけは連れてこい!ゲルさんの場所を吐かせるぞ!
レガクロス隊は正体不明の生物を殲滅!見た目増殖しそうなので一体も逃すな!運営に報告と応援要請も忘れるなよ!
岩波さん!出し惜しみ無しです!」
『……地球での実戦は初めてだなぁ』
「ところで今はどういう状況ニャ?ここだと天井しか見えない……あ、空が綺麗ニャ」
開かれた昼の太陽の光で輝くトレーラーの装甲の下から、深緑のレガクロス達が立ち上がる。
浅谷らの経験する、とても長くて神秘と奇跡に満ちた異常な一日は、機械の巨人達が奇怪な花人達を迎え撃つことから始まった。
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