不穏
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◆荒谷高次元素材研究所。東搬入ゲート前。
荒谷高次元研究所のガハラ市一つを丸々覆う巨大なドームの東側。
ドームを囲む高さ十メートルの鋼鉄の壁と真新しい道路に十台の巨大トレーラーが並んでいた。即座に動けるように間隔を十分開けた状態で、この一団は到着してから十分ほど、この状態で待たされている。
十台の内の前から五台目の車両に、この一団を率いる長と腹心二人、更に武装した仲間達が乗り込んでいた。
「全く、運営が推進する【月占領計画】を無視して、荒谷のクソガキ……じゃなかったクソジジイは過激派に祭り上げられて協力してんでしょうねぇ?」
「これだから優秀な偏屈研究老害は始末に負えない……」と言葉を続ける彼は浅谷。少年にしか見えない緑人であるが齢五十を越えている。
日本人定義では働き盛りの若者だ。
現実でも大陸と同じく胡散臭い笑みを常に顔に浮かべた彼は大陸ではダイ・オキシンと名乗っていた。
彼がこの一団を率いる長。腹心二人はゲシュタルトに所属しているプレイヤーのハンモウとウミネコである。
トレーラーの荷台には浅谷自慢の地球産レガクロス【大鬼七式】が二機、片膝立ちの状態で固定されている。その六メートルの巨体の一つに大陸でハンモウと名乗る腹心の一人、本名【岩波】が内部の操縦席で待機している。
最近の連合と連邦は月に大規模な採掘場を作るために宇宙開発事業が活発だ。
熾烈な戦いを水面下で両陣営が繰り広げていた。
目的は、地上に存在する物を遥かに越える高エネルギーを生み出すと研究結果が出た、月の土壌に含まれる水素やヘリウム3である。
この月のエネルギー資源を使えば、両陣営のエネルギー問題は解決し、核エネルギー関連事業が数百年は先に進むと両陣営では予測されていた。
月の奇跡と呼ばれるこれらの他にも、通常の鉄やチタンとは同じ成分とは思えない異常な性能を持つルナアイアンやルナチタンも次世代素材……というよりは連邦と連合が日本に対抗するための武器として欲している。
『……月の地下に遺跡があるのだったか?』
大鬼の外部マイクで拾った浅谷の言葉に、外部スピーカー起動させた岩波が相槌を打つ。最終チェックは済んでいるので暇なのだ。
「そうなんですよねぇ。
消滅を免れたMPが地下深くの宝石等の鉱物資源に宿っていることはありますが、あれだけ広範囲に少量ですがMPが含まれているとなると、魔法文明の遺跡が……しかも、オリハルコンを核にしたヤバイのが今も稼働している可能性が高いと思います」
月には魔法文明の遺跡が存在している。
アポロン計画で持ち帰られた月の石を密かに盗み出した運営が出した結論だ。
遥かな昔に滅びた魔法文明。その文明が生み出した遺跡が現在も稼働しながら生きている。
まだ推測の段階だが、それは魔法文明の復活を目指す運営にとって喜ばしい事であり、同時に厄介な問題をもたらした。
その問題を解決するための月占領計画は遅々として進まず。今回のガハラ市壊滅を契機に、突然手に入った大量のMPによる世界征服なんて、安易で面倒臭い方向に、塞き止められていた流れが変わってしまったのだ。
月に行くよりも世界を魔法と神秘で殴り付ける方が楽だ。
その後に待っている膨大な後始末に費やされる労力を無視すればの話だが。
「全く、普段は偉そうにふんぞり返ってる奴等は臆病で仕方がないですね」
例えると日本人は海水魚。MPという塩が含まれる環境でないと呼吸すら出来ない。
逆にMPが存在しない淡水に生きる連合や連邦の人類は淡水魚。MPがある環境では死んでしまう。
日本以外でMPがある環境を維持し続けるのは地球上でも、無理ではないが非常に難しく、宇宙空間では更に難度もコストも跳ね上がる。
現状では、偉大な先祖が残しただろう文明の残り香に無遠慮に日本人以外が触れるのを指を咥えて見ているしかなかった。
それは、全世界から孤立して何の問題も無い現在の日本に対抗できる武器を、他国が手に入れてしまう国防上の問題があってもだ。
「たしかに、我々は宇宙どころかMPが存在しない日本を以外の土地に行くことも大変で、宇宙開発はMPを持たない連合や連邦の独壇場。
そして、連中が月の資源を連合や連邦が利用できれば……」
『……MPが含まれた核なら、この国の街も焼けるか』
「ええ、可能ですね。連中がMPが宿る素材をまともに扱えたらの話ですが……ねぇ、塩戸さん」
「んニャ!?」
水を向けられた塩戸が、大陸ではないのに何故か語尾にニャをつけ、慌てた様子で声を出した。武力による制圧も予定されているので緊張しているのだ。
地球でも大陸でも彼は非戦闘員だが、訓練は受けているし機械の操作に長けているためここにいる。
彼の別名はウミネコ。大陸では魔人族であり、保有するジョブのせいで猫語尾を強要されているが、その影響は現実には及ばない筈である。
その証拠に普段の彼は語尾にニャー等つけない。
「ニャ、ニャー……まず、MPが宿るチタンどころか、鉄……というかあれは隕鉄が半端に変異したアダマンタイトモドキ、連中では加工なんて不可能、精々大砲で無理矢理とばすか素材の味を生かした不格好な装甲を作るのが精々ニャ。
MPが宿る金属が扱えない状態で、MP宿るエネルギー資源に手を出せば……少量ならともかく核関連で大量に使えば連合も連邦も、ドッカーン!と花火ニャよ」
緊張しているのか猫語尾で喋り続ける塩戸を二人は訝しむが、話の腰が折れるため二人は指摘しない。他の仲間も耳を傾かせているが無視していた。
「それに焼けると言っても、日本の防衛機構を抜いて核弾頭撃ち込むのは不可能ですしね」
『原爆も本土上空に来る前に撃ち落としたのだったな』
「完全消滅させて無力化したらしいので、向こうは何が起こったのかも分からなかったでしょうね……父上がその時の事を笑いながら話してました」
世界大戦時にどんな飛行機よりも速く飛び、どんな潜水艦よりも深く潜れる超弩級万能戦艦を防衛兵器として運用していた日本にとっては、ノロノロと重たい原爆を運ぶ爆撃機を撃墜するのはとても簡単だった。
原爆を載せた爆撃機が飛んできたのは、連合の艦隊が日本に攻めてきた時に大活躍したその万能戦艦のせいだが。
万能戦艦の主砲から放たれた砲弾が、十隻の艦艇を貫いて艦隊を轟沈させたのは明らかにやりすぎだった。
力を見せ付け過ぎるのはいけない。
「ところで、オリハルコンなんて魔法と神秘の極みが消滅を免れるってそんなことあるのかニャ?」
『……癖になってるのか?』
ついに岩波が耐えきれずに塩戸の語尾を指摘した。周囲は「やっと突っ込んだか!」と戦闘用防護服に身を包んだ者達が顔の見えないフルフェイスメットのバイザーの奥で微笑んでいる。
「ニャ?」
「塩戸さん、猫語尾はジョブのせいだと窺っていたのですが?」
「ニャニャ!?」
指摘された本人は全く気づいていなかったらしい。
「MPが濃いせい?いや、まさか……。
それはともかく、さっきの質問の答えですが、厳重に隔離されている……恐らくは呪術系魔法のシールドで守られているんじゃないかと。呪いは通常の魔法とは違いMPを結び歪めているので外部からの干渉もMPの霧散殆どしません。
ほら、運営の至宝、大陸と地球を結ぶ入り口の大元、現存する数少ない太古のマジックアイテム【精霊王の扉】が例です。
あれはアダマンタイトとオリハルコンの合金ですけど、扉は強力な呪術で何重にも保護しているお陰で、唯の隕鉄や粒子になって消滅せずに現代まで傷一つ付かず保存されてます」
「たまにある呪われた悪魔の宝石とかもMPが残留していたり、呪具の一部に使われていた宝石が現在まで残っていた物だったはずに…にに……ニャ」
塩戸はどうしても語尾がニャに変わってしまうようだった。
「まぁ、オリハルコンとか扉以外では見つかったことないんですけどねぇ……お、素直に開門されましたか?」
浅谷の通信端末に一号車、先頭車両の乗員から連絡が来た。荒谷に突きつける運営からの強制捜索の指令書を持たされた武装隊員が東ゲートを開けようと交渉していた。
交渉が決裂した場合は、最悪、レガクロス部隊によるゲートの強行突破になるが、あまり外で派手な動きはしたくない。浅谷は出来れば避けたいと考えている。
用意した大鬼七式で突撃する前に、先ずは専門知識を持つ浅谷や塩戸らがハッキングするなりして開けるのが無難な対応だろう。
「え、なんですって?」
『どうした?』
「せ、制圧ですかニャ、ぶっぱなすニャ!?」
塩戸は大陸とは違う命懸けの戦闘に恐怖で「ニャニャニャ」と呻きながら震えている。その状態でMPライフルを構え出したので危なっかしい。
音もなくやって来た突入任務を一緒にこなす予定の武装隊員が、バイザーの奥で微笑みながら塩戸の銃を下ろさせた。
微笑んでいるが「コイツに銃を持たせるのは危ない!」と内心ヒヤヒヤしている。
「全く反応がない?」
浅谷の台詞、現存する唯一の太古のマジックアイテム【精霊王の扉】を。
現存する数少ない太古のマジックアイテム【精霊王の扉】に変更しました。
【アースデーモン七式】を【大鬼七式】に変更。次回の予定が少し変更になったのでサブタイトルも変更しました。
次回の更新は未定です。今月の内にもう一話は更新したいとは思っています。
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