ドス黒い蜂蜜の底から・3
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それは不思議な光景だった。
今にも弾けようとする部屋狭しと膨らむ太陽を彷彿する熱と輝きの塊。
それを蜂蜜精霊が侵入してきた隔壁の穴から、蛇の如く這い出てきた艶やかな蜂蜜が丸呑みにした。
防護服越しにも感じていた顔を焼く暴力的な灼熱の光が消る。蜂蜜の蛇に呑み干されて跡形もなく消化されてしまったのだ。
幻のように光が消えるその光景は、太陽ではなくただの蝋燭だったのかと錯覚しそうな光景だ。
視界には強烈な光源が消え失せ名残の深く痛みを伴う残光が残り、周囲を暗く感じさせる。
焼けて溶け崩れるセーフティルームの壁をコーティングしていた、アラダイト樹脂の強度を思い出せば、消えた蝋燭の火……〈ファイヤーボール〉は、大陸と比べると空気や物質に含まれるMPが薄いこの場所では、その威力は核爆発で発生する熱量を越えている。
そんな熱の塊に蜂蜜という水分の塊が接触すれば、一瞬にして蜂蜜は甘ったるい蒸気に昇華してしまう。
膨れ上がった体積の圧力で自分どころかこの部屋も跡形もなく吹き飛んでいただろう。
そう現実でも大陸でも肉体の頑丈さに定評がある鉱人族である彼……西田は思った。
二トントラックと正面衝突しようとも、擦り傷程度で済んでしまう鉱人の頑丈な肉体が災いし、隣で気絶したままである同僚の緑人と違い早々に目が覚めしまっていた。
たった一人で彼は、人が創造した神話よりも遥かに古い世界を生きていた、本物のモンスターが常識を蹂躙する場に戻ってきてしまったのだ。
不幸中の幸いなのが、彼が頭を強く打ったためにその意識が朦朧としていることだろうか?
防護服が許容できる範囲を越えた衝撃を受けた頭部が、内出血を起こしているのが原因だ。
西田の目と鼻の先には、呼び寄せた大量の蜂蜜を纏い、空中を浮遊する蜂蜜色スライムと化した蜂蜜精霊。
四体のゴーレムを同時にバラバラに引き千切り、内部に閉じ込められていた罠蜜劣蜂達を生き返らせている。
通常種と違いプチ種の蘇生コストは単純なMPの消費のみ。
失われた神秘と奇跡がフェスティバルを開催している異常な光景が広がっている。
(あぁそうだ、今日は大庭を食事に誘ったんだ。)
フルフルと震える蜂蜜の塊と、羽音が全くしない黒い蜜蜂達が西田に近付いてくる。
(OKが貰えるとは思ってなかった、予約はちゃんとしたか……?)
目の前にまで迫った蜂蜜の一部が細く伸ばされ、幾つもの触手になり、それは西田に向かう。
(した…筈?……あとで確認しよう)
アラダイト樹脂でコーティングされた頑丈な防護服のフルフェイスヘルメットが、人形でも壊すように簡単に蜂蜜の触手に剥ぎ取られた。
(楽しみだ……脈はあるよな?……あっ?)
ヘルメットを剥ぎ取られた西田の顔を霧散しきっていない〈ファイヤーボール〉の熱が肌を焦がす。意識の混濁から職場の気になる異性との今夜の食事デートに思いを馳せていた、彼の思考が痛みで塗り潰される。
「ああああああああああづい!?あづいおあげぼげっげぼっげげっげぼっ!?」
音を立てて焦げる肌、眼球を貫く鋭い熱の痛み、悲鳴は直ぐに喉を焼く痛みで激しい咳となる。そんな焦熱地獄でも鉱人である彼の五感は死に切れなかった。
口を抑えもがき苦しむ西田の様子に頓着せず、品定めするように彼の周囲を飛び回る罠蜜劣蜂。
その内の一人が、暴れる西田の頭部に狙いを定め腹部を突き出すと、腹部の先端から音を立て指先サイズの彼女達から体長の四倍はある長く鋭い毒針が剥き出された。それに続いて五人が腹部から毒針を露出させる。
一斉に剥き出した毒針を構えた罠蜜劣蜂達が西田に飛びかかる。
黒い体液で濡れた針が次々と、腹部が皮膚に触れるほど深々と毒針突き刺していく。
「カッ」
西田はその瞬間に白目を剥き、口から意味の無い声を上げた。
それまでの暴れようはなんだっと思うほど、彼は不自然に動きを止め、代わりに毒針を突き刺した罠蜜劣蜂達が世話しなく動き始める。触覚が激しく蠢き、小刻みに前後左右に首を振り回す彼女達の頭には、ある映像が流れ始めていた。
それはこの施設の見取り図。
西田が把握しているこの施設の情報が濁流のように彼女達の中を駆け巡り、情報は交信フェロモンとして仲間に散布される。
Gハイブと呼称されたゲルドアルドの肉体が保管されているここは、施設を覆うドームの頂点とドームを支える巨大な状状構造物天辺が交わる場所にあり。
先程、苦も無く破壊した回収用ゴーレムよりも強い、警備ゴーレムが近くに二十体配備されていて。
施設の責任者名前が荒谷で、その責任者自慢の上級戦闘ジョブカンストに匹敵する全長三十メートルの巨大ゴーレム七体がこの柱の外の演習状でデモンストレーションの最中だと。
彼女達は知った。
ドガンッ!金属に重い何かがぶつかる音と共に、金属板が彼女達に向かって勢いよく飛来する。
「「「カチカチッ!!」」」
素早くその場から飛び退いた彼女達の目の前で、飛来した金属版が白目を剥いていた西田の頭部を赤黒い花に変えた。
呪術で脳をかき混ぜる情報収集を邪魔された事に苛立った、罠蜜劣蜂が顎を打ち鳴らす。
赤黒い染みが付着した金属板勢いは止まらず、床で跳ね、液体を撒き散らしながら蜂蜜精霊に向かうが、空中で突如制止。
〈念動〉スキルで受け止められた金属の扉だった歪んだ板は、激しい音を掻き鳴らして拳程の球体になる。
Gハイブが保管されている部屋とは別の方向。肉厚な金属扉をぶち破り、セーフティとは名ばかりの危険地帯に、重々しい複数の足音が踏み込んで来る。
それはMPの薄い現実世界では有り得ない姿。二メートル近い背丈と筋骨隆々の金属製の肉体を持つ、緑人を模した警備用ゴーレムだった。
ゴーレムは噛み締めた歯を剥き出す表情を彫られ、赤い水晶の眼が嵌め込まれた顔面で、侵入者である精霊と蜜蜂を無言で睨む。
MP不足で幼形成熟する現実の日本人には不可能なボディビルダーを彷彿とさせる芸術的筋肉ライン。
それをアラダイト樹脂でコーティングした、真っ白な彫像の筋肉ボディを更にバンプアップさせた、何処に注目しても何もかもが太い警備用ゴーレム達は、猛然と目の前の侵入者達に襲いかかった。
◆
◆アイゼルフ王国。ゲシュタルトシティ。ゲルドアルドの蜂の巣。
「んんんんんー!……ん?」
外はカリっと、中は蕩ける甘い蜜を蓄えた、ゲルドアルドお手製の大学芋という芋のお菓子を堪能していたティータは、遠くで不審な動きをする五つの影を捉えていた。
影は見慣れたギラギラとした趣味の悪い黄金の輝き放っており、高レベルに由来した彼女の視力でも見えづらいほど遠くにあるのにも関わらず、数までもハッキリと見えている。
(サンダーフォーリナーモドキが動いとるのじゃ)
二万機並んだ巨人の一団から。
五機の巨人【量産型TFスパークフォーリナー】が離れていく。
蜂の巣の中とは思えない、蜂蜜の綿雲が流れる青空に浮かぶ太陽の輝きを受けて、倍にして返す勢いで反射するギラギラゴールドに染められた機械の巨人達。
機械の巨人は大規模な呪術儀式が行われている、未だに世話しなくなる飛び回り続けている、浮遊する小さな蜂の巣や、大量の罠蜜蜂に誘導されるように、水の代わりに蜂蜜が注がれた湖へと、直立姿勢の状態で浮遊しながら移動していた。
「のう、ゲルドアルドよ……」
興味を持ったティータはスパークフォーリナーが何をしようとしているのかゲルドアルドに訪ねようと振り向いたが、直ぐに諦めた。
「……………………」
「………ガキンッガキンッ!」
何故ならゲルドアルドは、その頻繁に光る蜂蜜結晶の檸檬型の瞳以外には、顔らしい顔のパーツが見当たらない顔でも、一目で真剣で一心不乱だと判別できたからだ。
ゲルドアルドは大盾と間違いそうな巨大なブラシを両手で持ち、レディパールに無言でブラッシングしていた。
凄まじい集中である。全神経を……蜂の巣で出来た身体に存在しているのか分からないが集中し、一本一本が宝石の輝きをただの塵だと言わんばかりにレディパール美しい毛を、更に美しくしようと。
周囲はおろか配下の行動すら見えない、研ぎ澄まされた精神でブラッシングをしている。
声をかけても反応しないな。
レディパールも顎を鳴らして威嚇している。
ティータは先程の見た光景を忘れることにした。
「モフモフゲットじゃ!」
彼女は近くを通りかかった大蜜蜂を捕獲すると、ゲルドアルドの真似をして手櫛でその黄色毛並みを堪能し始めた。
手櫛が気に食わなかったのだろう。ティータは捕獲した大蜜蜂に手を振り払われ後、フワフワの毛に覆われた前足で両頬をブニっと挟まれた。
「ぬも」
ゴリマッチョ警備用ゴーレム。
周囲よりも更に幼い容姿がコンプレックスの荒谷がデザインしました。
次回更新は未定です。今月中にまた更新したいとは思っています。
ポイント、コメント、ブクマ等あればとても嬉しいです。




