我々の戦いはこれからだ!
「偉大なる唯一神ダークネスホーリーマスターよ!我に聖なる黒炎の鎧を!<炎極重王鎧>!!」
姿を隠していた黒いローブ内側からはじけ飛びスキルを吠えたアッガスの鎧から、聖なる黒炎が勢いよく噴き出した。その姿は地上に誕生した黒い太陽を彷彿させる。太陽となったアッガスから発生した輻射熱が空気を一瞬で乾燥させ、赤い蜂に襲いかかる。周囲の枯れ葉が焼かれ、灰が吹き散らされる。
アッガスが身に纏う神具クリムゾンリブズフルアーマーに込められた魔法を極限まで引き出し、鎧スキルに魔法攻撃を乗せするアッガスの奥義<炎極重王鎧>。使用者の防御力を強化、スキルで獲得した三倍の重量で敵を受け止め、敵対者を聖なる黒炎で焼き尽くす。常に前衛と殿を務める仲間を護るアッガスらしい防御と攻撃を兼ね備えたスキルだ。
人型の太陽と化したアッガスが三倍になった重量で巨大な赤い蜂に対抗する。赤い蜂の勢いは鈍り、アッガスの全身から噴き上がった黒炎が物理的圧力を伴った熱で赤い蜂に襲い掛かる。しかし、赤い蜂の前進は止まらない。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉ!なんてパワーだ!!それにコイツ、黒炎に焼かれて平気なのか!?」
黒炎を全く構わず進みつづける赤い蜂。それもその筈、アッガスが纏う黒炎よりも遥かに強力な黒炎を使えるブレズが作った黒炎の城壁をこの赤い蜂は突き破ってきたのだ。神具を触媒にしたとはいえ、純粋な戦士として強さを誇るアッガスの黒炎では傷をつけることは不可能だ。
アッガスは見た目よりも赤い蜂が軽いことに気付いたが、相手は力自慢のアッガスよりも力が強く、なんの慰めにもならない。
「アッガァァァァァァァァスッ!!」
冷静な沈着なステッツに珍しい大声。それと同時に彼の魔法スキルが放たれる。
無詠唱化された魔法スキル【黒炎飛槍】がステッツの神具を使うことを前提にしたによって聖なる黒炎の槍が大きく回り込むような軌道で赤い蜂の横合いから襲い掛かる。
炎熱に対する強い耐性を持つ赤い蜂に炎の魔法は効果は薄い。この魔法スキルは圧縮されたことで物理的な質量と貫通力を持つとはいえ、先に襲ってきた蜂よりも遥かに大きい赤い蜂に効き目は薄いとステッツは考えているが目的は別にある。
赤い蜂の毛玉のような身体に下からえぐるように衝突した【黒炎飛槍】が、その質量で赤い蜂を浮き上がらせる、遅れて解放された爆炎が赤い蜂を右上へと大きくステッツの狙い通りアッガスから吹き飛ばすことに成功した。アッガスも爆炎の範囲に入っているが、聖なる黒炎の祝福を与える神具には、同じく聖なる黒炎の祝福を与える神具を装備するものをけっして傷つけない。
「ステッツ!コイツは自分から飛んだ!お前を狙ってる!!」
アッガスが吠えながらステッツに向かって走る。重装備を抱えた戦士としては破格の速さだったがこの場では純粋な魔法士であるステッツよりも劣る鈍足だ。
相手は蜂、アッガスに言われなくてもステッツは自分に標的が移ることを覚悟していた。飛ばれたら鈍足のアッガスでは追いつけない。鎧を付けてない自分は狙い目だ。迎撃用の魔法を発動しよう血肉を捩り合わせたような神具を構え、浮き上がった赤い蜂に狙いを定める。しかし、そこ赤い蜂は居なかった。
地面スレスレを高速で飛行する赤い蜂。
左右一対の凶悪な顎がほんの数メートル先まで迫っていた。
「っ!?」
驚愕の表情のステッツが咄嗟に放った狙いも制御も甘い聖なる黒炎の魔法を、赤い蜂は横宙返りで回避する。凄まじい速さでステッツの目には、その動きは空中に真っ赤なリングが突然生まれたように見えた。
ギラリと赤い蜂の背中で左右一対の翅が硬質に光る。
その翅は磨き抜かれた業物の剣のように鋭利で、忙しなく羽ばたいて浮力を生み出さしたりせず、ギロチンのようにステッツの首にピタリと狙いを定めている
まるで人馬一体を極めた、馬の突進力と歴戦の戦士の一撃のようだと、自分に迫る死を見て、ステッツは人事のように思った。
「させん!!」
聖なる黒炎を纏ったホーリーブラッディアを構えたブレズが赤い蜂とステッツの間に割り込む。纏った黒炎が間欠泉のように真っ直ぐホーリーブラッディアを基点に噴出し、人間が振るえるとは思えない巨大な黒炎の大剣と変化した。
「<炎極巨人斬>!はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一振りで千の邪悪な亜人を切り裂いたという、唯一神ダークネスホーリーマスターから直接ホーリーブラッディアを賜ったという伝説の剣士を思わせる、巨大な斬撃が赤い蜂を真っ向から迎え撃つ。
聖なる黒炎の刃が赤い蜂に叩きつけられた瞬間、ブレズの無敵の城壁<炎極聖城壁>を突き破り、アッガスの<炎極重王鎧>のーの黒炎も平然と耐えた赤い蜂が黒炎によって燃え上がる。
ガッチッ!!!
赤い蜂が焦ったようならされた顎打ち鳴らす音。破裂音と聖なる黒炎とは違う赤い爆炎がブレズの目の前に発生し、弾かれるように黒炎に包まれた赤い蜂が苦しげに後退する。
「くたばれぇぇぇぇぇ!!」
後ろ向きで自分の方向に弾け飛んできた赤い蜂にアッガスが自身の異能を発動させながら自身の武器を上段に構え、聖なる黒炎が噴き出す巨大戦斧を振り下ろす。攻撃に特化した異能と聖なる黒炎を纏った神具の合わさった一撃がアッガスの十メートル先まで大地を深く裂き、深い谷を生み出した。それはステッツが指摘した地面の下の蜂の巣の一部も切り裂く至る。
ブレズの足先に触れるまで迫った大地の裂け目を見たブレズが「力加減間違ったな!アッガス!?」と声に出さずに目で訴えるが、すぐに赤い蜂に視線を移す。
「糞!コイツ尻から火を噴きやがる!」
通じなかったが気にしている暇はブレズに無い。アッガスにもステッツの二人にもだ。アッガスが斧を振り下ろす瞬間、身体の真横に尻を向けた赤い蜂が尻の先から爆炎を放った。爆炎の勢いで高速で、直角に右に飛んだ赤い蜂にアッガスの斧は掠りもしなかった。
アッガスの苛立ちに呼応して鎧に纏った聖なる黒炎の勢いが増す。
「なるほど、それが貴様の軽い身体で<炎極聖城壁>を突破出来た秘密か」
ガッチガッチと赤い蜂が苛立ったように顎を打ち鳴らし、上に持ち上げられた尻の先から爆炎が何度も発生する。あれで自在に加速し、軽い身体を勢いで補っているだとブレズは理解する。ガッチガッチと顎を打ち鳴らし威嚇する赤い蜂は、今までと違い、炎熱に耐性を持つはずの身体が黒炎によって目にわかるほど傷ついていた。
真っ正面から<炎極巨人斬>受けた顔は焼けて黒い煙りが立ち上り、左目が潰れていた。全身を覆っていた柔らかな赤い体毛も焼け焦げ、一回り小さくなったように見える。
(効果はあるが致命的な弱点という訳ではないか)
痺れる腕、ブレズの頬を冷たい汗が流れる。
実は神具の祝福で獲得できる聖なる黒炎を操るスキルは火の魔法のスキルではない。黒炎はダークネスホーリーマスターの祝福の現れであり、どんな効果の魔法系スキルも聖なる黒炎の姿に変えて扱う事が出来るのが、神具に備わる黒炎の祝福の正体だ。
ブレズは水のエネルギーを魔法をホーリーブラッディアに纏わせ、赤い蜂を切り付けたのだ。ステッツが外した黒炎の魔法も水の魔法スキルだった。どの魔法を使っても見た目が変わらない黒炎の祝福はこのように同じ見た目で様々な魔法攻撃が可能。相手の意表を着くことが出来る。
見た目で火だと侮った赤い蜂にもこうして一撃を食らわせることが出来た。ダメージの感覚も聖なる黒炎が与える痛み……つまり火傷の痛みだ。
赤い蜂は「何故自分が火で傷ついたのか?」と混乱している。アッガスの巨大戦斧に込められた黒炎も実は雷エネルギーだ。斧は掠りもしなかったが、脚肢の先に黒炎が触れて焦がしている。僅かに感電させたようだ。
ガッチガッチと混乱を隠すためなのか、より一層強く顎を打ち付けて迂闊に動かず、こちらを威嚇している。
赤い蜂はこちらを警戒しているのだ。
(ワールドゲートを使う暇が無い、しかし、勝ちの目はある……!)
赤い蜂はとてつもなく強い、今まで戦ってきたどの亜人やモンスターよりも。それゆえにブレズは確信した、この赤い蜂は自分達を確実に殺そうと放たれた邪神の最強の手駒なのだと。邪神のあまりの規模の大きさに、その底知れなさに、敵を過大評価してしまった。邪神の行動は姑息に不意打ちし、煉獄獣と【煉獄の炎】分断した。ワールドゲートで転移しようとすれば慌てて阻止に来る。
敵も我々【煉獄の炎】を……いや、唯一神ダークネスホーリーマスターが築いた人類の守護者、聖暗黒教国を恐れているのだ!!
「勝てる……いや、勝つ!敵も我々を恐れているぞ!」
「あぁ!ぶっ殺して、蘇生した仲間と奴の首を囲んで宴会と洒落こもうぜ!!」
「……突破口は見えた、もう油断しない……!」
三人の勇者が神具に聖なる黒炎を纏わせる。
「「「偉大なる唯一神ダークネスホーリーマスターよ!我等に邪悪を消し去る力を与え賜え!!!」」」
ガチガチガチガチガチガチガチガチガチ!
咆哮する三人の勇者に合わせるように、赤い蜂が天に掲げた顎を高速で打ち鳴らす。
弱者を笑う自分を強者と信じる邪悪の傲慢か。
勇者に怯えた獣の声無き鼓舞の咆哮か。
結末は太陽の代わりに、天に昇った月が見届けた。
監督デグラン・オブライエン
映画「サイクロプス」
強敵として描かれつつも、噛ませとして終わることが多い気がするサイクロプス主演映画。
ただのサイクロプス退治の映画かと思ったら違いました。
手癖の悪い旅人から家畜と毛皮を守るために人間を殺したサイクロプスが、軍に捕らえられ見世物にされた挙げ句、皇帝の圧政に心を痛め無実の罪でグラディエーターにされた古代ローマ帝国の英雄の革命に巻き込まれて、故郷の森に帰ることも出来ずに死んでしまうという悲しき一つ目巨人の生き残りの最後が描かれた悲しい物語でした。
わけもわからず闘技場で見世物にされていたサイクロプスが餌と自由という言葉と概念を革命英雄に与えられ、拙い言葉で「ジユー!ジユー!!」と叫びながら革命の戦力として使い潰される姿は涙無しでは見られません。
皇帝が打倒される革命の戦いの中、闘技場の貴賓席で皇帝を討ち取り貴賓席の屋根の上で「ジユゥゥゥゥゥゥゥ!!」を叫んだサイクロプスの瞳に無常にも投げ槍が突き刺さる瞬間は「サイクロプスさんが一体何をしたっていうんだ!!」と叫ばずにいられません。こんなに悲しいサイクロプスの死は初めてです。
あと、サイクロプスさんは巧に武器を操るパワーとテクニックを備えためっちゃ強い戦士でした。衛兵をぶちのめして鍵を奪って牢屋を開ける知恵もあり、喋れないのと狂暴なだけで人間の同等の思考能力はありそう。




