三十二億の呪詛
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二度目のクッコロが披露され、ゲルドアルド達が愉快に騒いでいた頃。
儀式を終えて、その場から移動していた新参女王種ディラック率いる罠蜜蜂の集団が目的の場所にたどり着いていた。
その場所はゲルドアルドによって作られた【蜂蜜湖】の一つ。
彼が彼女達に請われるがままに作成した真円を描く蜂蜜溜まりは、幅が二キロ、深さが十キロにも及ぶ。
黒く艶やかな体毛でしなやかな体躯を飾る女王罠蜜蜂ディラックの羽音は静かだ。
周囲にはスキルで作成された、同じく無音飛行する大小様々な空飛ぶ蜂の巣を率いて、先に湖の真ん中に着水させていたレガクロス並の巨体のディラックが余裕を持って乗れる蜂の巣の上に降り立った。
先程のゲルドアルドを使用した儀式に参加していた数十人。
これから行う【門】の構築に必要な五千人の罠蜜蜂が、一斉に無音で蜂蜜湖の周囲へと儀式の準備のために集い、ディラックの指示で配置されていく。
その様子は暗雲が渦巻くように見え、不気味で不吉な光景だった。
事実これは【門】の先にある場所へと厄災を届けることになる大蜜蜂の激情が渦巻く呪いの儀式だ。
湖の縁で祈る者。
縁で踊る者。
空中に配置された蜂の巣に取りつき祈る者。
その蜂の巣の周囲を一定方向にひたすら飛ぶ者。
蜂の巣を中心にひたすら飛び続ける者。
罠蜜蜂の配置が進み。
儀式が進む。
(精霊。召喚。)
ディラックがスキル使用する。彼女の艶やかな黒い体毛が淡く輝き、周囲に幾つもの臨界状態のMP球体が発生。ゲルドアルドのジョブや巣の強化。彼のMPが拝借され莫大な量のMP投入される。
「……………?」
召喚されたのは、ゲルドアルドの周囲に入れば頻繁に出会うが、上級の【精霊術士】系ジョブを取得しているプレイヤーでも滅多に見ることが無い珍しい下級精霊。
大きさは一メートルの濃い蜂蜜色。
触れれば指が落ちるハニカムを思わせる極薄の六角型の姿。
蜜蜂と養蜂家の守護神【蜂蜜精霊】だ。
召喚された蜂蜜精霊達は、ディラックに命じられるままに自らのスキルで蜂蜜湖の蜂蜜吸い上げて球場にして纏う。
世にも珍しい養蜂家が使役できる蜂蜜の化身が千体出現し、蜂蜜を纏ってディラックの周囲をゆっくりと回る。アニメートアドベンチャーの養蜂家が見れば嫉妬で狂い死ぬような光景だ。
蜂蜜精霊が存在維持するために必要な良質な蜂蜜の中でも、最高品質の至高の蜂蜜が存在する巣には国が作れるほど、彼等は数多く存在する。
なのに彼女がワザワザ召喚した理由は、その殆どがこれから彼女達が行う儀式で捨て駒になると予想されているからである。
下級精霊に自我は無いが、その殆どがゲルドアルドが召喚した個体か、彼が居るから自然発生した存在。
明確な序列ではないが、巣の維持に貢献してきた先輩たる精霊を捨て駒にする選択肢はディラックにはない。
呼び出された蜂蜜精霊達は、儀式で判明した【奪われたゲルドアルドの身体の一部】の座標に向けて打ち出される。
祈り続ける罠蜜蜂達からドス黒い呪いがザワザワと滲み湖へと流れ出す。それはすぐに濁流となって、大きくうねり激しく音を立てて底へと注がれていく。
アニメートアドベンチャーの大陸。
ゲルドアルドが暫定異世界と呼ぶ大陸の影。
それぞれの巣に棲む三十二億の大蜜蜂達の怒りと殺意が、罠蜜蜂を通すことで呪いに変換され湖の底に溜まっていく。
呪いは歪める力であり、繋ぎ縛る力だ。
溜まった呪いは湖の底の空間を歪め、遠く離れた場所にあるゲルドアルドの肉体に【門】を構築する。
通常は不可能な行為だが、彼女達にとって非常に不本意な事に向こうにゲルドアルドの身体が存在し、ここ【蜂巣神界】はゲルドアルドの体内と同義だ。
【門】の形成は容易い。
後は寸断された空間をぶち抜き【道】を形成すれば良い。
その呪いの一部が球状に蜂蜜を纏った蜂蜜精霊を核に集まり物質化し、目的のために成形される。
全体は通常のレガクロスの二倍はある、巨大な蜂蜜色の表面がつるりとした円柱。下部は槍の穂先のように鋭く尖る。
穂先から天辺まで、それが大蜜蜂の呪いだと示すように今にも動き出しそうな、怒りと殺意で顎を打ちならす大蜜蜂の無数の彫像が刻まれている。
(行。先陣。開門。道。作成。)
千本の円柱……幾億の呪いを物質化して生み出されたおぞましい破城槌がディラックの号令で、次々と蜂蜜湖へと飛び込んで行く。
◆
「ゲルドアルドよ、御主の配下がやたら不穏な上に、見たことも聞いたこともない規模の魔法儀式らしいことをしているが、放っておいて良いのか?」
ディラック以外の行使する力は微々たる物だったが、儀式に関わっている数が尋常ではない。
レガクロスを主力にしているアイゼルフではあまり見ないが、戦争などで使用される街を一つを吹き飛ばす、戦術規模魔法でも放つのかと思う規模だ。
「こんなに離れていても命の危機を感じるのじゃが?」と、言葉とは裏腹に呑気にゲルドアルドから渡された焼き芋を食べるティータ。アイゼルフ王国では育たない甘く蕩けるような甘い芋に舌鼓を打つ。
「んんー甘々トロトロ、美味なのじゃ!」
優雅で美しいドレス姿で、両手に湯気が立ち上る焼き芋を持つティータの姿はとてもミスマッチだった。
大蜜蜂は果物と蜜が主食だが、彼女達はモンスターなので雑食。なんでも食べるが甘い物を好んで食べる。なので焼くと甘くなる、現実のサツマイモに酷似した、このスイートポテトも好物だ。
特にこのスイートポテトは、至高の蜂蜜を【超蜂錬金術士】のジョブスキルで加工した栄養剤を与えながら大蜜蜂達が品種改良して生まれた特別な芋だ。
蜜はタップリで柔らかく、とても甘くて美味しい。
しかも、成長が早く大量生産が可能。
芋なのに蜂蜜の材料にもなる。
お菓子の加工にも適している。
ゲルドアルドとティータの周囲では、レディパールを始めとして黄色、赤色、真珠色のモフモフが周囲を埋め尽くすほど集まり、ゲルドアルドから渡された至高の蜂蜜を舐めている。
問われたゲルドアルドは、珍しく顎に手を添えて首を捻って考えている素振り見せている。
それを見たティータは、流石の彼も突然始まった大規模な魔法儀式に困っているのかと一瞬思ったが……。
「そうか……これだけ数が居て意識の統一が容易いのだから、強い感情がなくても呪いを集めて超級ジョブ並の強力な呪術が行使できるし、呪物の安定供給も可能……|万雷の異邦人《レガクロス》の武装に使える」
ボソボソ呟かれるゲルドアルドの言葉の半分は、ティータの耳に届かなかったが、とても不穏な事をこの蜂の巣の魔人が考えているのは手に取るように理解できた。
「御主……クーデターでも起こす気かの?」
【万雷の異邦人】それはゲシュタル・ゲル・ボロスが採用された為に没となった対邪神用レガクロス。ゲルドアルド専用機サンダーフォーリナーを再設計した量産機だ。
その最大の特徴は、ゲルドアルドが一人で量産可能で、本家に劣るが一撃の火力に特化していることだ。
設計図は作成されたが、実機が作られなかった為、レガクロスを作成するには国に届け出る義務があるアイゼルフ王国には知らされていない機体だ。
察しの良いティータは、その名前からレディパールに投げ飛ばされた時に見ることになった、地上を埋め尽くすように立ち並ぶレガクロスだとすぐに理解した。
「…………………」
ゲルドアルドは、無言で用意した椅子に座っているティータを見下ろしている。元々二メートルあった身長はジョブチェンジの影響で三メートルになった。
身長が伸びた訳ではなく、全体が巨大化した彼の頭はとても大きく、その為、光を遮り見下ろす彼の顔には濃い影が落ちていた。
影の中で感情が宿らない檸檬型の蜂蜜結晶の両目が薄く光り、存在を主張している。
何時もと雰囲気の違うゲルドアルドの様子にティータは身構える。いつの間にか至高の蜂蜜を味わっていた筈のレディパール達がティータを無機質な複眼で見つめていた。
両腕で焼き立てで熱い筈の焼き芋を幾つも抱えて立ち上がり臨戦態勢。
命に代えても焼き芋は死守すると強い意思が感じられる。
「…………………………………………………お納め下さい」
彼は長い沈黙の後に木皿をティータに差し出した。
その上には油でカリッっと揚げられ、タップリと至高の蜂蜜を絡ませた、出来立てホカホカの大学芋が山のように盛られていた。
賄賂である。
ゲルドアルドはレガクロスを作成するには、国に届け出が必要だと今頃になって思い出したのだ。
「うむ」
マジックアイテムの手袋の拡張空間に焼き芋をしまったティータは、一言そう答えると大学芋を手に取り、小さな口で一口食べた。カリッと小気味良い音が鳴る。
「んー!外はカリッと、中はホクホクの甘ウマーなのじゃ!」
どうとでも出来るのと実際にやれるかは別問題である。
(我々。渡。美味。蜜。芋。早。)
大学芋を求めるレディパール達が集まり、ゲルドアルドがモフモフに埋もれていく。
次回の更新は未定です。
次からはたぶん地球が舞台になります。
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