魔人族のジョブチェンジ
お待たせしました
◆ゲシュタルトシティ。ドーム型多目的試験場。
久々に出会った、ゲルドアルドとウミネコは、随分と和やかな風景になった試験場でマッタリしていた。
「蛇っぽいの増えたねぇ」
ワサワサと大蜜蜂を纏わりつかせたゲルドアルドが、のんびりとした口調で隣に声をかけると。
「イベントで〈イビルテック〉入手できた潜入班が頑張ってるニャ」
ウミネコが身体を構成する生物の一種である、全身の雲丹をワサワサと動かしながら答える。
とても磯臭い。
和やかな風景を具体的に言うと、ギルドを裏切る(振りをする)代わりに邪神オブシディウスとの戦いで特殊なスキル〈イビルテック〉を入手したギルメンが、敵のレガクロスのジャベリンに使われていた技術の再現を目的にした、レガクロスの試験開発のためモヒカンコングの割合が減少したからだ。
稼働している剣呑なゴリラフェイスが半減し、下半身にジャベリン由来の蛇を思わせる機構に換装したバルディッシュⅣが、試験場を忙しなくスルスルと無数の節と装甲を持つ蛇身をくねらせて動きまわっている。
上半身が洗練されたバルディッシュⅣである〈イビルテック〉試験レガクロスには、モヒカンコングの荒々しさは一切見られない。
上半身がモヒカンコングになっているレガクロスもあるので、油断はできないが、優雅な光景だとゲルドアルドは思った。
「ところでゲルさん、暫く見ないうちに何か身体がデ……」
久々にゲルドアルドと出会い、その分かりやすい変化に気付いたウミネコは、それを尋ねようとしていた。
魔人族外見の変化=ジョブ変化であるからだ。同じ魔人族として非常に気になる。
「ゲルさん!!」
しかし、ウミネコのその疑問は、どこか必死さを感じさせるダイ・オキシンの声が試験場に響くことで遮られてしまった。
ゲルドアルドとウミネコが何事かと振り向く。
ゲルドアルドの動きで、ギラギラとした趣味の悪い厭らしい輝きの蜂の巣の身体に取りついて磨いている、複数の大蜜蜂のモフモフの黄色の体毛が反動でモッサモサと揺れ動き。
ウミネコの動きで、何匹かの雲丹が海水と共に身体から転げ落ちて床で蠢く。
ゲーム時間で半年ほど前、強制ジョブチェンジが原因の、蜂の巣発光事件を今更問いただされたりするのだろうかと、ゲルドアルドは内心焦ってしまう。
折角、量産した大量のオリハルコンと引き換えに予想外の新たな力を手にしたので、「できれば、隠しときたいなー」「追及されたくないなー」と考えていたゲルドアルド。
(どうやって誤魔化すか)
正直言ってゲルドアルドは腹芸が得意じゃない。
彼の腹芸は隠したいことは言わない程度しかなく、腹芸PSは、アバターの幼児体型故の丸い腹と比べると、随分と慎ましい。
別にお世話になっているギルドに不利益を与える気は全くないが、アニメートアドベンチャーのゲーム世界で肉体を獲得してしまったゲルドアルドは、小心な心の安寧のために奥の手は隠しておきたいのだ。
つまり、パーソナルエリアを死守したい。
動揺を悟られまいと、ゲルドアルドは表情引き締める努力を開始する。
彼の蜂の巣の身体に表情筋は存在しないので無駄な努力だ。
「無事だったのですかぁぁぁぁぁ!?」
何故かスキルを駆使して、いきなり目の前に転移してきたダイ・オキシンの勢いと意味のわからない問い掛けに「うぉっ!」と面食らったゲルドアルドが思わず一歩下がってしまう。
「ぐぼぉ!」
そのダイ・オキシンは、彼の横合いから滲み出るように出現した艶やかな輝きの黒い物体に吹き飛ばされる。
端正な顔が歪み、彼が普段は絶対出さない声を出して吹っ飛んでいき、突然の展開で驚いたウミネコは身体を構成する雲丹を幾つか滑落させた。
「ディラック、彼は敵じゃないから落ち着いて」
(了。)
ゲルドアルドがそう声をかけると、交信フェロモンで短く返事をした女王罠蜜蜂の【ディラック】は、輪郭が滲んで空中に溶けるように見えなくなった。
〈モンスター作成〉スキルで彼女の元になった大蜜蜂の卵を作成したゲルドアルドには、彼女との見えない繋がりや、別のスキルで居場所がハッキリ解るが、本人の戦闘力が低めのこの場では、隠密と呪術に特化し試験場で十分なスライムアッパー作業を終えた、彼女の姿を確認できるプレイヤーは少ない。
(だから、彼女たちも引っ込めてね)
(了。)
ダイ・オキシンに向かっていた罠蜜蜂達の気配がザワザワと離れていく。
何やら彼女達……レディパールも含んだゲルドアルド配下の大蜜蜂が最近やけに好戦的だ。
イライラしているようだが、ゲルドアルドにはさっぱり原因がわからない。
ディラックのパワーレベリングにレディパールが着いてこなかったのも不思議である。
「さて……ダイ・オキシンさん、大丈夫ですか?」
「サブマス死んだかニャ?」
プレイヤー死亡時の光の粒子化は起きていないので生きてはいるが、不意打ちでレガクロス並の大きさがあるディラックに体当たりされたので、物理ステータスの低いダイ・オキシンのダメージは大きかった。
◆
「ぶはっ!?げ、ゲルさん!無事だったので……で、デカ!!?え、ゲルさんデカ!!」
「やっぱり、デカイよニャ、ゲルさん」
ゲルドアルドとウミネコが近付いて行くと、衝撃から立ち直ったのかダイ・オキシンが飛び起きる。
そして、目撃したゲルドアルドの分かりやすい変わりように、発しようとした言葉が舌の上から吹き飛んでしまった。
「ソンナコトナイヨ」
普通に返事をしたつもりのゲルドアルドの声は硬く、妙に甲高い。
ゲルドアルドの容姿、二等親に近く三頭身の幼児体型。それでいて床に届くほどの巨大な腕を持っている。
その奇妙な体型には変化はなかったが、その体型のまま、ダイ・オキシンとウミネコの記憶よりゲルドアルドは遥かに巨大になっていた。
具体的な数字を出すと二メートル程度だった身長が、三メートルになっている。
一メートルも高くなりながら、体型が三頭身の幼児体型のままなので身体全体のボリュームが完全に人間の範疇から飛び出ている。
遠目でも、隣に比較できるウミネコが存在しているので、先程からレガクロスや周囲のギルメンが、明らかに記憶している姿よりも、異様に大きいゲルドアルドをチラチラ見ていた。
大玉スイカとよく形容されていたゲルドアルドの頭は、今ではお化けカボチャサイズ。
更に身体に大蜜蜂達が纏わりついてシルエットが膨らんでいるので、小山と表現してしまうサイズ感である。
「「なぜに片言で裏声」ニャ」
次回更新はできるだけ早く投稿したい、遅くても16日には。
評価、コメント、ブクマ等あればとても嬉しいです。
ウミネコは三章の試射会や四章のゴリラ舞うにチラチラと出ている、ジョブのせいで語尾に「にゃ」がついてしまう魔人族の生産職。姿は肉体が海水やウニ等で構成された二足歩行の猫です。




