煉獄の炎
ちょっと長い
あまりに膨大な数が重なり過ぎた蜂の羽音の頭がおかしくなりそうな轟音。思わず耳を塞ぎたくなるが、そんな事で手をふさぐわけには行かない。
隣に居る頼れる仲間に声を届けるのにも苦労する中で力の限り【煉獄の炎】の隊長は叫ぶ。
「羽音は偽物だ!気をとられ過ぎるな!!」
「クソッ!デカイ蜂の後ろに小さいのが隠れてやがる!?」
「……煉獄獣の反応が追えない!?」
聖暗黒教国の最強の英雄部隊【煉獄の炎】は壊滅の危機に陥っていた。
苦楽を共にし、今回の聖戦を共に遂行する悪しき邪悪な亜人達を屠ってきた隊長を含めた十五人の頼れる勇者達が、僅かな時間で三人までその数を減らしてしまった。偉大なる唯一神ダークネスホーリーマスターより授けられた秘術により創り出されし、煉獄獣の姿もどこにも無い。敵の方があらゆる面で上手のようだ。
【煉獄の炎】の隊長にして人類最強とも目されていたブレズは端正な顔立ち歪ませ、焦りと悔しさと己の未熟を噛み、歯を軋ませる。
万全を期したつもりだった。
一人の巫女の異能によって察知された世界に災いをもたらす危険の到来。
それに呼応して行われた未来予知、遠視の強力な異能を持つ家系から選び抜かれた、巫女達複数の異能を束ねる先読みの大儀式によってもたらされた結果に聖暗黒教国の上層部を戦慄させた。共に国を世界を支える柱の一人であり、ブレズの愛しい女性であった巫女が、生き絶える間際に伝えた巫女達の半数を再起不能にした悍ましいイメージ。
人々が平和に暮らす街……街や人が作り出す巨大な影の中にうごめく数えきれない無数の生物の姿、それに飲み込まれていくダークネスホーリーマスターを祭る神殿、バラバラにされた煉獄獣、聖なる十字架と黒き聖炎を象った聖暗黒教国の旗。
それら全てを飲み込んだ無数の生物がやがていびつで巨大な人型の姿になり、持ち上げられた手が空を多い尽くすように伸ばされる……その先には彼らが愛する祖国。偉大なる唯一神ダークネスホーリーマスターが築き上げた聖暗黒教国の姿が!!
それは世界の危機の予言であり、唯一神ダークネスホーリーマスターがかねてより示唆していた異界より来る邪神の到来であると誰もが理解した。ダークネスホーリーマスターに匹敵すると伝えられる邪神に対抗するために、ダークネスホーリーマスターが残した神具である複数の強力な武装を装備した【煉獄の炎】は出撃した。勇者達の誰もが歴史に名を残る激戦を頭に描き、世界救う聖戦に参加できる名誉と使命に胸に秘めて戦場へと旅だった。
しかし、【煉獄の炎】に襲いかかる現実は余りにも非情だった。邪神の力は想像以上、神具は何の意味も成さず人類の守護者【煉獄の炎】は全滅しようとしている。
(こんなことが!こんな馬鹿な事があってたまるか!?
我々が負けたら世界は、人類はどうなる!
倒れた巫女達の……彼女の犠牲が無意味になってしまう!!)
「そんなこと、あってはならない!!」
決意の言葉と共にブレズは己の異能の力を全力で自分達を取り囲む悍ましい邪神の先兵達に奮う。
神が自らの身を傷つけ、流した聖なる血で染めたという鮮やかで紅く美しい長剣、神具ホーリーブラッディアの刃から聖なる黒炎が噴き出す。振るわれた刃に宿った黒炎が【煉獄の炎】の勇者達を守るように周囲を火炎が渦を巻き防壁と化す。黒炎は味方に一切熱を感じさせず、悍ましい邪神の先兵のみに襲いかかり周囲の森の木々を焼く。聖なる黒炎に恐れたのか幻の羽音すら遠ざかっていく。
ブレズの異能は肉体を鍛えあげて作り上げた戦士としての力と同等の魔法士としての力を獲得できるというものだ。戦士としての才能が高いほど魔法士としても高みに登ることができるその異能は聖暗黒教国最強の戦士を同時に最強の魔法士にした。
「偉大なる唯一神ダークネスホーリーマスターよ!我に邪神を切り裂く聖なる力を!<炎極聖円刃>!!」
周囲を高速で回転する黒炎の竜巻が一瞬で圧縮され、高速回転する円刃になり、ブレズのスキルの宣言と同時に驚くべき速さで外側に向けて拡大した。頑丈で再生能力を持つはずの再生木が、円刃に触れる側から切り裂かれ一瞬で炭化する。円刃に圧縮された黒炎が触れてもいない地面を覆う木の葉も灰となって崩れていく。
<炎極聖円刃>が消え去ると、【煉獄の炎】を中心に森の一角が円形に失われ、灰色に染まっていた。勇者達がいた場所だけ地面の木の葉や木々が残っているので上から見ると二重円に見えるだろう。
「がはっ!……倒れている者は!生きているのか!?」
スキルの発動に莫大なマナを消費したブレズが片膝を付き、限界まで水に潜っていたような荒い呼吸を無理矢理抑え、倒れた者の安否を問う。
巨大戦斧を手にした勇者が剣を支えにして荒い呼吸で片膝を着く隊長の代わりに周囲を警戒し、魔法士の勇者が素早く他の勇者の生死を確かめる。
「……だめだ、全員死んでいる。」
「畜生!あの忌ま忌ましい蜂共め!」
「そうか……アッガス周囲に敵は?」
「どこにも居ねぇ!」
ブレズの言葉に怒鳴るように返事をし、巨大戦斧の勇者アッガスが、使用者の力を倍にし聖なる黒炎纏う神具の斧を地面に叩きつける。
単純な力だけならブレズよりも勝る膂力を持つ戦士の一撃は、地面を揺らし、斧の刃から噴き出した黒炎が足元に残っていた木の葉や腐葉土を燃やして、斧が起こした風と衝撃で火の粉と共に舞い上がらせる。
「……落ち着け、アッガス」
アッガスと同じく内心怒鳴り散らしたい思い必死に押さえ、努めて冷静に魔法士がアッガスを窘める。
「ステッツ、皆の傷は致命傷には遠い……何故死んだ?」
ブレズは疑問だった。勇者達の殆どは巨大な蜂の攻撃を退けたが、巨大な蜂の影に隠れていた小さな蜂に刺され倒された。
しかし、あのサイズの蜂の攻撃で勇者達が一撃で倒されるわけが無い。小さくとも虫の毒は強力だが状態異常を防ぐマジックアイテムは全員所持していた筈だ。
「……全員麻痺毒が心臓や内臓に回って死んでる」
険しい顔をしたステッツが答えるとギョッとしたアッガス叫んだ。
「マジックアイテムが機能してねぇのか!?」
慌てたアッガスが装備している装備者に毒に対する強い耐性を与えるマジックアイテムに確かめるように手を触れた。全身鎧の下に装備したマジックアイテムにはこの状態では触れられないが、神具よりは格が落ちる装備だ、この状況では恐れを知らぬ戦士でも心配になる。
「……全員のマジックアイテムに異常は無い……何かで無効化されている」
「心当たりはあるか?」
「……奴らは蜂だ、巣を作るタイプの虫型のモンスターの巣はマジックアイテムみたいな物。
その周囲では巣に所属するモンスターの能力が強化される」
息を整えたブレズは油断無く周囲を見渡す。しかし、あのサイズの蜂が棲めるような蜂の巣は見当たらない。人の頭より大きいのだ、あの蜂の巣なら小山のように大きくても不思議ではない。いくらこのイモータルフォレストが広大でもその大きさなら遭遇した場所からでも巣の一部が見える可能性は大きい。
「あのデカイ蜂が棲めそうな巣なんて見当たらねぇぞ……!」
ブレズと同じく周囲を見回したアッガスが隠しきれない苛立ちを漂わせながらステッツに言い返す。
「……地上を探しても無駄、既に一度、地上の見える位置に巣が無いのは空から確認済み。
大概の場合、強化能力の巣の外に対しては範囲は狭い、なのにここが強化の範囲内ということは……」
「まさかこの下か……!?」
恐ろしい想像に戦慄し冷汗が滲むブレズの言葉にギョッとしてアッガスも地面を見て身構える。巫女から伝えられた無数のうごめく生物のイメージが蜂の姿で明確に再現されてブレズの脳裏で再生される。下から奇襲して来るかもしれないとアッガスが斧を構え直す。そ額に油汗が滲んでいる。
「……煉獄獣はここから遠くに連れさらわれた、少なくともここから見える範囲全て、もしくはこの森の全体に巣が広がっている可能性がある。」
「何と言うことだ……」
この森があるのは世界で最も大きな大陸【センダート】。
センダート大陸の中央から海岸まで、大陸を横断するモンスターがひしめく大陸の約五分の一を占める巨大な森林地帯森、それがここ【イモータルフォレスト】と呼ばれる場所だ。その下には邪神の先兵……いや、邪神そのものかもしれない勇者を殺す猛毒を持つ蜂の化け物達が何千何万と、下手すれば何億という数でうごめいているのだ。もはやそれは巣なんかではない、悍ましき邪神の帝国だ。
巫女達が見たイメージ通り、気付かない内に人類の影の中に奴らが無数に潜んでいる!
通常の亜人達を相手にする任務中であれば、ステッツの正気を疑うところだが、巫女達が己の命を削って見つけ、指し示した邪神の居所だ。ステッツの予想は間違っていない。もはや我々だけの手には追えないとブレズは確信した。
「唯一神ダークネスホーリーマスターよ我等に邪悪を焼き滅ぼす聖なる護りを与え給え<炎極聖城壁>!」
ブレズがホーリーブラッディア奮いスキルを発動させた。再び勇者達は周囲を聖なる黒炎の竜巻に包まれる。陸路で攻めて来る敵を炎の壁で焼き付くし、無防備に見える上空から侵入しようとしても灼熱孕む上昇気流が無謀な敵を灰にして吹き飛ばす防御スキルだ。
あの時スキルで攻撃した時、ブレズは手応えを感じなかった。その事実に僅かに身体が震える。奴らは見た目よりも硬く、炎にも耐性があるのかも知れない。しかし、あの見るからに身体が軽そうな虫のモンスターなら<炎極聖城壁>を突破して近づくことは煉獄獣を連れ去った、煉獄獣に匹敵する大きさの蜂でも出来ないはずだ。
「すぐに撤退だ、仲間をマジックバックに回収しろ。
回収が終わり次第、神具の力で国に帰還する」
ブレズの言葉にステッツは、下からの奇襲に備えて魔法障壁を地面這わせながら、悔しさ滲ませた顔で静かに頷く。勇者達の中でも一番情に厚く、仲間が殺されたことに最も腹を立てるアッガスはヘルムから僅かに見える顔を真っ赤にして異議を吠える。
「冗談じゃねぇ!仲間がやられてんのにおめおめと逃げ帰れるか!!」
「……黙れアッガス、我々の任務は失敗だ。直ぐにブレズ隊長の言う通り撤退する。
これは生きて国に伝えなければならないし、勇者の死体も勇者の持つ神具もここに何一つ残してはならない。」
勇者は強い、その死体は頑丈で大量の力が宿っている。放置すれば高確率で勇者はアンデットと化すだろう。焼いて灰にしても、邪悪な亜人の死霊術士が灰から強い勇者のアンデッドを作り出すかもしれない。その可能性を零にするには死体を持ち帰るしかない。帰れば本国の蘇生魔法を使える特別な魔法士によって勇者は復活できる。本来なら同行した勇者に蘇生魔法を行使できる人物が居た。その魔法士は現在ステッツ持つマジックバックの中だ。
神具をこんな亜人が蔓延る不浄の大陸に置いて去るなど冒涜的な行動なんて出来るわけがない。
「俺は一人でも戦うぞ!」
「アッガス言うこと聞け……それにお前一人で何ができる!勇者を無駄死にさせる余裕は無いんだぞ!!
今優先すべき事は、勇者の死体を増やすことじゃない、本国にこの情報を持ち帰り、蘇生した勇者達と共に軍を引き連れて邪神を滅ぼさなければいけない。」
「畜生!!」
アッガスは直情的だが頭が悪い訳ではない、状況は理解している。撤退するのが最善だと。唯一神ダークネスホーリーマスターが残した神具でなければ柄を握り潰してしまうほど力が込められたアッガスの両手血が滲む。アッガスも最後は頷きステッツも勇者の死体を回収した。
「ワールドゲートを起動する!離れるなよ二人とも!
ブレズ天に掲げた長さ三十センチの黒い十字架の形をした転移の神具ワールドゲートの側面が白い光を放ち、聖なる黒炎に包まれる。不思議とそれを手に持つブレズの手には一切傷つかない。神具によって黒炎で亜人を滅ぼすことが多い【煉獄の炎】の隊員達には唯一神ダークネスホーリーマスターにより祝福されている気分になり、そんな場合では無いのだが手に持ってワールドゲートを起動させていると、十字架と共に黒炎に手を包まれたブレズの気分は高揚してしまう。
黒い十字架を天に掲げたブレズを中心に黒炎でサークル描かれた。
ここから更に不思議な文様が瞬時にサークルの内側に描かれ、中にいる人物達が黒炎に包まれるというプロセスを経て転移する筈だった。突如、黒炎が凍りついたように動きを止めた。そればかりか黒炎にひびが入り砕け散った。
ブレズが掲げる黒い十字架からも聖なる黒炎が誰かに吹き消されたように消え去った。余りの自体に三人の勇者達は呆然としてしまう。
その時、ブレズが発動した<炎極聖城壁>を突き破り、赤く大きな生物が十字架を天に掲げたままのブレズの背後から突撃して来る。一番早く我に返ったのはブレズの正面に居たアッガスだった。
「っ!?お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ブレズの背後を見れる位置に居たアッガスが吠えて、自ら発動していた為に一番ショックが大きく、十字架を見たまま動かないブレズをブレズの隣に居たステッツごと突き飛ばし、向かってきた赤い毛玉を両刃の巨大戦斧を盾のように構えて受け止める。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
咄嗟の行動で無理な体勢、使い損ねたスキル。その事実を差し引いても赤い体毛に包まれたアッガスより巨大な赤い蜂の突進は強力だった。
二メートルを越える巨体を分厚い筋肉と、装備したものに飲食不要と無限の体力を与えるという全身を紅い肋骨人型に繋いだような全身鎧の神具、横にすれば巨体のアッガスの上半身が隠れるほど幅広の大戦斧の神具で武装した、超重量級のアッガスが、踏ん張り切れず木の葉や枯れ葉の絨毯に二本線を刻みながら後退させられて行く。
「偉大なる唯一神ダークネスホーリーマスターよ!我に聖なる黒炎の鎧を!<炎極重王鎧>!!」
吠えるアッガスの鎧に包まれた身体が聖なる黒炎を纏った。
監督ベニ・ティエズ
映画「スタング・人喰い巨大蜂の襲来」
成長促進剤で巨大化&ミュータント化した蜂に襲われる映画です。
ちょっとダルい内容なんですが、蜂のビジュアルは完璧。
寄生あり、人喰いあり、巣ありの素晴らしい映画。卵を植付けられた人の体内で成長して皮膚を突き破ってボロ布みたいになった人間を纏って迫ってくる蜂さんとても良いです。
火に包まれながら主人公を追い詰める蜂さんがカッコイイ。