プロローグ・蜂の巣
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そこは一面が瓦礫の海だった。
辛うじて街の面影を確認できる崩壊した街並みが、無数の凹凸を作り出し波のように見えている。
瓦礫の海は円形に広がりながら街一つを呑み込み、建物の残骸である波は中心のある一点から外に向かい、中心に行くほど街の損傷は激しくなり、崩壊の中心と思われる場所は地面が数十メートルも陥没し、窪みの瓦礫はまるで砂漠の砂の如く枯れ果てている。
その蟻地獄の巣を思わせる窪みへと、奇妙な細身の人型が滑り降りて行く。
それには捕食者の罠に嵌まった蟻の滑稽さは見られない。自らの意思で滑り降りている。両腕で器用にバランスを取り、安定した姿勢で窪みの底まで、前後に広げた両足で危なげなく窪みの底へと降り立った。
窪みに降りた【荒谷式高性能ゴーレム28号】は、足の動きで滑り降りた衝撃を完璧に殺して仁王立ちする。
街一つを壊滅させた原因不明の謎の発光現象。光は街並みを緩やかに崩壊させていった。街の中に範囲に存在した動植物は、細菌に至るまで全てが死に絶えていた。
街の緩かな崩壊は今も続き、数百年で起きる風化を映像で記録し、一目でわかるほどに加速させている異様な光景が広がっていた。
人間も百人以上も死に、一万人以上の意識不明者が発生している。未曾有の大災害だ。
荒谷28号は、この大災害の原因究明のために、このゴーレムの「高濃度のMPで満たされた空間で最大の性能を発揮する」という特殊性が役に立つと考えられ、崩壊の中心である窪みの調査に送られたのだ。
ゴーレムを操作しているのは通称【荒谷班】と呼ばれる、このゴーレムを開発した、現実の世界でゴーレムの研究をしている研究チームである。
そう、ここは現実である。
現実に存在し、沈んだ大陸で活動するディセニアンが多く集まる日本各地にあるベッドタウンの一つ。ディセニアンが日夜、様々な活動をしている大陸ではなく、正真正銘地球なのだ。
大陸沈んだ後のMPが失われた地球には、日本という限定した地域にしかMPが存在しない。その日本でも、空間のMP濃度は大陸と比べると百億分の一程度。
なのに謎の光……推定、臨界状態のMPの光によって破壊されたこのベッドタウンは、大陸に限りなく近いMPに満ちていた。
それどころか、荒谷28号が降りた窪みの底には、大陸の平均MP濃度を大きく越える約三倍のMPが荒谷28号によって観測されていた。
これは大陸でも、下級レベルのディセニアンでは高濃度MPによる中毒の状態異常を引き起こす濃度であり、現実のMPが全くないことが前提で存在する地球では、生物、物質に対して原子レベルでの崩壊を招く恐るべき環境だ。
原子どころか素粒子よりも小さなエネルギー粒子であるMPは、科学では観測できない物質間に存在するMPを受容する隙間に充填されることにより、物質の強度や性質を強化する役割を果たす。
しかし、MPが零、極端に少ない現実の地球では、物質間のMPを受容するボテンシャルが非常に小さい。そこに大量のMPが入り込むことで、隙間が飽和状態になり、許容値を越えて充填されたMPが物質間の結合を原子レベルで崩壊させるのだ。
結果、地球上のあらゆる物質は塵になってしまう。
荒谷28号の前に底の調査のために送られた低濃度MP化で活動が前提だったゴーレムは、高濃度MPに晒され、底にたどり着く前に全て塵となっていた。
◆
「「「空間MP濃度が三百億倍!?」」」
荒谷28号に積まれた計測装置が弾き出した空間MP濃度数値を確認した荒谷班の研究者たちの驚愕の声が、ベッドタウンの外に作られた仮説研究施設の中で響く。その数値は地球で観測される筈がない数値で大陸の平均の数倍の濃度だった。
崩壊したベッドタウンは既に隔離されている。事態を重く見た大陸の運営者達は僅か半月で、街を覆い隠す巨大なドームを造り上げた。荒谷班は、ここからダイブギアの大陸に降りるための技術を応用した遠隔操作技術で、ゴーレムの操作を行っているのだ。
「あんしんしろ、ぼくのごーれむならだいじょーぶだ!」
やたらと足の長い椅子に座っている、身体のバランスが限りなく幼児に近い少年が舌足らずな口調と甲高い声で断言する。
荒谷班で誰よりも幼い容姿をしている彼こそ、荒谷班の主任研究者兼、班長の【荒谷】である。種族は緑人。顔を真っ赤にして憤り、耳が上下に激しく動いている。
荒谷班の誰よりも幼い容姿だが、これでも彼は百四十年以上生きている最年長の人物だ。
「いや、主任君、大丈夫じゃないですよ」
「ぼ、ぼくのごーれむをばかにするきかっ!?」
他の班員と同じ白衣を身に纏う猫獣人の少女に言い返された荒谷は声を荒げ反射的に言い返した。彼は非常時に自尊心が高く、激昂しやすい。少しでも己の能力を疑い否定するような発言があると、反射的に発言者に噛みついてしまう悪癖があった。
長年の研鑽と、天才的頭脳に裏打ちされたゴーレムと素材研究の技術が悪癖を補っているが、頑固で融通が聞かないので大陸の運営者一族の出身でありながら、あまり規模の大きくない研究班の班長という微妙な地位に止まっている。
最近は一方的にライバル視している、円卓の席を奪い取っていた己の年齢の半分もない若手の緑人が次々と輝かしい功績を重ねていることもあって、悪癖がさらに悪化している。
「しゅにーん、流石に大陸の三倍の空間MP濃度は想定してないでしょー」
「ゴーレムのステータス画面、警告で真っ赤なんすけど?」
「実際のところどれくらい耐えられます?」
班員の半分以上は荒谷と同じ緑人。一部、獣人、鉱人、普人から次々と上がる声に、荒谷の顔を更に色濃く赤に染まる。表情は今にもストレスで泣きそうだ。眼の端では大粒の涙がキラリと輝きながら育っている。
「……………………すくなくみつもって四十ぷん、きかんをこうりょしなければ一じかんはいける……」
タップリと時間を使い、必死に泣くのを我慢して荒谷は非常に小さな声でそう言葉を紡いだ。
頭の中で、素早く窪みの底にたどり着くまでの時間や、観測されていたMP濃度の変化によるダメージを考慮して、己が開発したゴーレムの活動時間を計算している。その数字は正確で、悪癖がぜんめんにでなければ、荒谷は聡明で慎重な人物である。
「ということは、戻ることも考えると探索は十五分くらいが限界ですね……」
頭部に目の部分を隠すゴーグル状のダイブギアと良く似た機械を装着しているゴーレムの操縦者は、ゴーレムで背後を確認しながら発言した。ゴーレムの背後にはサラサラとした塵になった街の残骸がかなりの急角度で坂となっている。降りるのは簡単だったが、登るのは時間がかかる。
試しにゴーレムに軽く登らせるが、登れるがかなり難しい。
「このでーたがあれば、かいりょうしてもっとのばせるからねっ!!」
「これがぼくのじつりょくなんておもうなよ!」キーキーと高い声で荒谷は吠える。そんなこと言われなくても荒谷の頭脳と技術を長年見てきた班員は誰よりも理解している「はいはい、期待してますよ」と軽く流された。
扱いが軽いが、これでも班員は荒谷を尊敬しているし、敬っている。ただ、外国人から見ると十代の少年少女にしか見えない班員達よりも輪をかけて幼い容姿に引き摺られているのか、荒谷は非常に子供っぽいのだ。
聡明なのに、荒谷の根本には調子に乗りやすいクソガキが潜んでおり、尊敬や敬いを余り表に出しすぎるとどこまで増長して行く厄介な人物だった。
「とりあえず、時間も少ないですし、使い捨てるのも考慮して今回の災害の中心部に突撃しましょう」
窪みの底には一切の生命反応が存在せず、救助よりも原因の究明が優先された。
◆
「……何か埋まってる」
その発言に荒谷班に緊張が走った。荒谷は肩を大きく上下させる大袈裟な動きで、甘い唾を大きな音を立てて飲み込む。班員にご機嫌取りに渡されたペロペロキャンディーの棒を握る手が緊張で震えている。
窪みの底はかなり広く、物質間の結合を崩壊させられた厚く積もる塵で足をとられて地面は歩きづらい。それでも、優秀な荒谷28号は九分という速さで中心部にまでたどり着いた。そして、奇妙な輝きを発見する。
ゴーレムが接近して確認すると、それは半分以上が塵に埋もれ、塵で表面を覆われた丸みを帯びた物体だった。
「ぶったいだと!?……あーっ!?」
それは、驚くべき事である。そういう物があるかもしれないと予想していた荒谷だったが、実際にその存在を確認した時に驚きすぎてペロペロキャンディーを床に落としてしまった。
地球上……MPが現実に全く存在しな以上、たとえ宇宙にしか存在しない物体でも、塵と化してしまう地獄のよう高濃度MPで満たされた空間では、荒谷28号のように特殊な目的を持って製造された物でしか存在を許されない。
ペロペロキャンディーを床に落として悲痛な叫びを上げる荒谷以外の荒谷班は、ゴーレムの視界を出力している大型モニターに映る、丸みを帯びた物体に釘付けだ。
間違いなく、この謎の物体が今回の災害、もしくは原因と深い関係があることは間違いない。
「主任君、どうします?」
猫獣人の少女が新しいペロペロキャンディーを荒谷に渡しながら判断を仰いだ。
「もぐ……もちろんかいしゅうするぞ!!やすだぁ」
「了解です」
荒谷28号の操縦者【安田】は、足が沈む塵の地面の上を器用に足を動かし、荒谷28号の手が届く位置まで接近する。
安田が塵に覆われた物体の表面を払うと【ギラギラと趣味の悪い黄金の輝き】がの視界を一瞬、黄金で染める。荒谷28号の視界越しに見た安田が思わず怯むほどの眩い輝きだ。
「眩し!!」
「だいじょぶかやすだっ!?」
「だ、大丈夫です!」
一瞬怯んだが直ぐに安田は荒谷28号の操作に集中する。
周囲の塵を荒谷28号の大きな手で掻き出して行くと、黄金の物体は想像よりもかなり大きい事に安田は気付いた。丸みを帯びた表面は近くで見ると細かい凹凸が無数にあり、うっすらと縞模様が確認できた。
何故か安田は近くで確認した、見たこともない黄金の物体に既視感を感じとる。
(つい、最近見たことがある?)
安田の脳裏に、金色で、幼児体型の有名なディセニアンのイメージが浮かびかけるが。
「なにをしているやすだ!じかんはかぎられているぞ!……たいちょうがわるいのか?だいじょうぶかやすだ?」
「なんでもありません、大丈夫です」
心配そうに声をかけてきた限りなく幼児体型に近い荒谷にそのイメージは上書きされて消えてしまう。
切り替えた安田は、掘り返すことである程度大きさが判明した黄金の物体を一気に持ち上げることにした。試しに軽く力を込めてみたが、黄金の物体は簡単に動きそうだった。見た目に反してご手応えはかなり軽い。
半分掘り起こされた金色の物体は掘り起こし部分だけでも、マッシブな体型で三メートルもある荒谷28号の腰の高さにまで達し、両腕で抱えられるギリギリの大きさ。
荒谷28号によって持ち上げられる金色の物体からミシリ音が鳴る。力を込めすぎたと安田が焦ったその時、荒谷28号の視界を何かが横切った。
「何かが動いた?映像記録呼び出して戻せる?」
「やれます」
「これは……蜂?」
荒谷28号に記録されている呼び出し、視界を何かが横切った瞬間の停止映像を確認すると、そこには一匹の黄色い蜂らしき姿が写っていた。
最初は誰もがその蜂は死骸だと思っていた。何らかの理由で舞い上がったモノだと。事前に生命体の有無確認している。
日本に住む生物は、日本人と同じく僅かにMPを持つため耐性があるのだ。この環境下では生きることは不可能だが、何かの影響で死骸くらいは残ってもおかしくはない。
「嘘生きてるの?」
「このかんきょうでか!?」
しかし、蜂は生きていた。スローで再生された映像は蜂が自らの翅で飛翔し、この地獄のような高濃度MPに充たされた空間で確かな生命活動を行っていること示していた。
まるで、大陸の生物のように。
「生命反応……!?」
荒谷28号を操る安田の視界。荒谷28号が抱える金色の物体から無数の生命反応が検知されてデータが表示されていた。ゴーレムを通した安田の目の前で、ポツポツと金色の物体に幾つも穴が開き、そこから驚愕が噴き出してくる。
喧しい羽音が、荒谷28号以外は存在しなかった空間に広がり、無数の蜂が空へと舞い上がる。
蜂は空中で集まり黄色い球となって蠢いた。
「蜂の巣?これは蜂の巣なのか!」
「そんなばかな!?」
無数の蜂が荒谷28号に襲いかかる。
荒谷28号の全身を埋め尽くすほどの大量の蜂。ゴーレムが飛びかかる蜂の勢いで金色の物体……巨大な蜂の巣を手放して後方に背中から倒れてしまう。安田の視界にはゴーレムの身体を襲う、異常な高温を示すデータがポップして表示されている。
疑似体験した横転の衝撃。蜂の攻撃に既視感を感じた安田が呻く。
「ぐうっ!この攻撃は蜜蜂!?」
熱殺蜂球。蜜蜂が天敵であるスズメバチ等と戦う際に行う、敵を中心に群がり球形を形成して、熱で殺害する攻撃だ。
蜜蜂が群がり、荒谷28号を中心に球形が形成される。十分なMPと、現実であるという条件ならば、核の熱にも耐えられる筈の荒谷自慢の特殊素材製ゴーレムである筈の荒谷28号が、蜜蜂に破壊されていく。
常識を粉砕する異常事態。彼等はその光景を呆然と見送ることしかできず。
唯一、運営からの言い渡された最優先回収対象を思い出した荒谷だけがその名を呟いた。
「げ、げるどあるど……」
◆
巣を襲う外敵を排除した大蜜劣蜂達が巣に戻っていく。
荒谷28号は、彼女たちの〈熱放射〉スキルによって融解し、ドロドロに溶けたゴーレムは塵の底へと赤熱の光を発しながら落ちていった。
窪みの底は再び静寂に包まれる。
荒谷班のビジュアルは、中学生くらいのコスプレしてる少年少女達が、色んな機械に囲まれながら部活アニメみたいにワチャワチャしてる感じ。
次回更新は、おそらく今月中です。
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