大将軍
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◆ビースウォート。ヤリスティブ将領。第八密林都市内タマゴローの石鶏牧場。
滝のような豪雨越しにも、タマゴローの耳に巨大な物が地面へと突き刺さる轟音が鳴り響く。
「ぶしゃぁぁぁぁー……この音、オーケン大将領の投擲要塞か……」
投擲要塞とはオーケン大将領が所有する、投擲に特化した兵士たちの力を呪いで紡ぎ会わせ作成した呪物の器を、中の人員ごと戦地へ投擲し強襲する使い捨ての移動要塞だ。
投擲要塞事態は役目を終えると消滅するが、中には人員の他に物資や拠点となる建物も満載している。
「おぉ、トリモリありがとう」
「ギジュー」
タマゴローは呪いを浄化する酒を持ってきたタマゴローの従魔である従者鼠に礼を言う。
スキルの代償で両前腕が吹き飛んでいるので、戦樹材の木彫りの器に入った酒をトリモリに一口飲ませてもらう。
一口主人が酒を飲むのを確認したトリモリは、器を持って駆け上り、残りをタマゴローの頭から酒をぶちまける。
「うぉぉぉぉっ!きくぅぅぅぅ!」
ぶちまけられた瞬間、タマゴローの全身から湯気のような気体が吹き上がって霧散する。霧散しているのはスキル〈犠牲呪身〉の呪いだ。
戦樹の器と木の実で作った酒には強い解呪の力が宿り、欠損も治す効果がある。
しかし、自分に呪いをかけて呪いの効果を上昇させるスキル〈犠牲呪身〉は、時間経過でしか解呪できない特殊な呪いであるため、爆発した両腕も減少したステータスも元に戻らない。
プレイヤーのタマゴローには呪いを演出するフレーバーにしかならない、解呪されるまで付きまとう倦怠感や苦痛が一時的に無くなるだけだ。
「ん!ほ!」
タマゴローが身動ぎすると、派手な化粧回しの拡張空間から木彫りの腕が飛び出す。慣れれば手がなくても出す意志があれば拡張空間から取り出すことが可能だ。
トリモリといつの間にかやって来た他の従者鼠が、地面に落ちたそれを拾い上げると、タマゴローの腕に木彫りの腕を装着する。
装着された腕はタマゴローに僅かな痛み……痛覚が制限されたプレイヤーなので軽くつつかれる程度……を与えると魔法で神経を繋ぎ、只の木彫りでしかない前腕が滑らかに動き出す。
「出来ればコイツは使いたくないのだが……」
両手を開閉し具合を確かめるタマゴローが呟く。
その目は、牧場がある都市の外で呪いの炎と木塊の結界の中で暴れ続けているオブシディウスを見ている。
木彫りの手は呪道具であり、手が重要な役目を持つ力士系ジョブが手を失った時の一時的な代用品だが〈犠牲呪身〉のペナルティー期間でも、無理矢理呪術が使えるタマゴロー手製の特別品だ。
ただし使えばペナルティー期間が延長され、ゲーム時間だが一ヶ月も両腕の欠損もステータス減少も治らなくなる。
「地響きは四つ……五つ目だと?」
空を駆け地面に突き立つ天を突くような巨大な柱投擲要塞。
それはオブシディウスを中心にして、第八密林都市と合わせて歪に六角系の包囲陣が形成された。
投擲要塞一つに付き三万近くの戦闘に特化したジョブを保有する獣人の大軍勢。特に大将領の軍隊はビースウォート将国の中でも精鋭中の精鋭だ。
投擲要塞が四つとは、本軍の半分、五つとは実に本軍の六割に匹敵する。
役目を終えて消えていく投擲要塞から、雄々しい雄叫びを上げ、次々と本軍の兵士達が現れた、四つの投擲要塞から飛び出したのは約十二万の兵士。
「本軍の半分以上がここに……?いや、違うぞ、なんだあれは!!」
援軍の予想外の規模に驚愕の声を上げるタマゴローの視線の先。
消えていく投擲要塞の最後の一つ、そこから現れたのは兵士ではなかった。
投擲要塞が自然消滅を待たずして内側から圧力で砕け散る。
内側から要塞を吹き飛ばすのは二本の竜巻。
竜巻は無数の鮮やかな燈と緑色の巨大な何かが竜中を泳いでいる。
豪雨が投擲要塞の内側から発生した竜巻に巻き上げられ、要塞真上の分厚い雨雲が竜巻の影響を受けて、渦を巻き始める。
渦巻いた影響で生まれた雲の隙間から、夜が明け始めた空から朝日が柱となって地へと降りてくる。
弾け飛んだ要塞の中心に居たのは巨大な兎の姿をした竜。
その身体は全身が白に見える銀色の鱗に覆われ。
手足の先には鋭い爪。
背には翼のように燈と緑の鮮やかな人参が泳ぐ竜巻が二対。
後方には長い尾が力強く地面を打ち、大地を揺るがせる。
それは名も無き人参農家だった開祖ビースウォートの相棒であり。
共に国を統一するために戦った伝説の亜竜が、竜へと至った存在。
その名は【竜巻人参兎竜】。
若い竜であるため全高六十七メートル、尻尾を含める全長百二十メートルと小型でオブシディウスとの大きさの差は歴然。
それでも、二対の天を貫く竜巻の翼を背負うその異様と、放たれる力はオブシディウスに劣らない。
額から伸びた雄々しき一本角の横に人影がある。
偉大なる建国の竜が、その身で運ぶ存在など、たった独りしか存在しない。
身に纏うのは豪奢で、風格漂う木製の鎧と兜。
素材は樹齢千年を越えて生きた呪王千年戦樹を削り出した、王の鎧だ。
ビースウォート住人にしては小柄で、片耳の兎獣人。
ビースウォート将国【ザイブロン・ビースウォート】大将軍。
「まさか、大将軍と、噂にしか聞かなかった伝説の竜が援軍とは思わなかったな……」
◆
(これも歴史の尻拭いか……)
竜巻人参兎竜の額に乗る、片耳で毛皮に無数の古傷を刻む兎獣人ザイブロン大将軍は胸中で独白する。
ビースウォートは戦乱の国だ。国を別ち、常に争ってきた。
統一されていたのは、ザイブロンの先祖である建国王ビースウォートと、自分の代を合わせて二百年にも満たない。
大きな内乱が起こり終結する度に何百年にも渡り、隣国へと行き場を無くした敗残兵を国外に放出してきた歴史がある。
隣国である普人の国ヒュルマキャトン穀国との間には、ビースウォートで育った獣人でも渡るのが困難極まりない、大海へと続く大河が流れているため、この場合の隣国とはアイゼルフ王国の事を指している。
鉄と雷が舞うアイゼルフは過酷な環境であるが、地続きであるなら敗残兵とは言え、精強なビースウォートの獣人ならば渡ることは可能だ。
それは大小様々な問題をアイゼルフで引き起こしてきた。
長年繰り返されたそれは、アイゼルフは敗残兵が逃げ込む国という認識を国民に与え、強さを尊ぶ国の風潮と合わさって、国民はアイゼルフ王国を蔑み侮っていた。
そういった歴史もあって、隣国アイゼルフとの関係は明確に争ったわけでもないのに長年冷えきっていた。
ザイブロンは記憶に新しいアイゼルフとの戦争での大敗を思い出す。
(俺も未熟だ。
己は違うと思っていたが、心の何処かではアイゼルフを敗残兵の国と侮る気持ちがあったのだろう)
ビースウォートはザイブロンの手によって統一され、ディセニアンという強力で不死身の戦力も増えていた。
そんなビースウォートに戦争を仕掛けてきたアイゼルフを、ザイブロンも内心愚かな国だと蔑んでいた。
ディセニアンが増えていたのはアイゼルフも同じだったが、軍事力の差は明白だと誰もが思っていた。
巨大なだけの鉄の玩具に、ビースウォートの兵士が負けるはずがないと。
しかし、蓋をあければ見るも無惨なビースウォートの大敗北があった。
大敗の原因は【雷鎚】……ゲルドアルド操るサンダーフォーリナーと、操縦者自身のビースウォート殺しと言う程猛威を奮ったスキル〈ポランアレルゲンミサイル〉だが、敗残兵の国と侮っていた両国の兵の精強さには殆ど差はなく。
逆に【雷鎚】【青槍】【骸集め】と言ったおぞましい特化戦力が絶望的な差となって、ザイブロンの統一を揺るがすほどの一撃を国に与えた。
ザイブロンの城塞は吹き飛ばされ、名のある戦士が幾人も死に死体すら帰ってこず、幾人もの優秀だがビースウォートに愛着のあるディセニアンが見切りをつけて国から居なくなった。
「見せつけなければならない……我々の強さをっ!!」
アイゼルフ国内の古代遺跡から現れた暴走兵器を停めるための救援という、アイゼルフ王から届けられた密書の言い分等信じてなどいない。
これは古代のガラクタとディセニアンを利用した、アイゼルフの威力偵察なのだ。
追い詰められたビースウォートがどういう手段を取るのか調べられている。
(アレは制御化に置かれていると訳ではないようだが、誘導されたモノだろう)
失敗すれば弱体化しているビースウォートは呑み込まれる。
国土精霊は完全にアイゼルフに奪われ、ビースウォートという国は歴史から消滅するだろう。
次の更新は未定の予定でしたが、用意できたので明日の昼十二時更新します。
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