肉球の応報
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◆ビースウォート。ヤリスティブ将領。第八密林都市内タマゴローの石鶏牧場。
オブシディウスが、呪いを閉じ込めた鱗の塊を持つ腕を宙でのたうたせ、身を捻り大八密林都市に投げつける直前。
アイゼルフとビースウォートは、驚異に種類は違うがその環境が過酷である。小さな村などを維持するのが難しい。その代わり都市の一つ一つが大きく、その大きさは他の国の二倍から三倍はあった。
土地の大半はビースウォートで手に入りにくい穀物や野菜である。牧畜をすることは少ない。
「ギチュゥゥゥ……」
まるで恐鳥のような大型の鶏のモンスター、石化の呪詛を秘めた石の羽毛で覆われる石鶏の牧場で働く従者鼠。
生産系スキルの適正が魔法ほどではないが低い獣人の多く住むこの国では、兜鼠を従属させて従者鼠に変化させて牧童や農業に従事させるのが一般的で、都市の多くに従者鼠が存在している。
その一匹が不安から情けない声を出した。
強き主人の下に居るため、この従者鼠のスキルで主人の膨大なステータスの五%の恩恵を受ける従者鼠は優秀な牧童である。
腰に光源のマジックアイテムをぶら下げ夜の見回りをしているが、この従者鼠のステータスは高く、そもそも種族的に夜目も効く。光源は不審者への警告だ。
主人の手製、石化の呪詛避けアイテムと多くの仲間で協力すれば、主人の呪いで思考が鈍化されている代償に力が強化されている石鶏の世話も難なくこなせる。
兜鼠種の特徴。身体と違い毛の生えていない長い尻尾の先から生えた鉤が、天を突くようにピンと伸びる。
固まり硬質化した体毛が、角と兜を形成する頭部。兜と毛に覆われる従者鼠の表情は、馴れていないと変化を読み取れない。
しかし、瞳は不安で揺れ、己の魔法で用意した物ではなく、鋼鉄よりも丈夫な戦樹から削り出し作成された、愛用の木製シャベルを両腕で抱き締める。牧場の夜の見回りの足を止めてしまっている。
従者鼠の視線の先。街に向かってその腕を振りかぶるオブシディウスが見えていた。迫るような大きな満月に照らされる黒曜の怪魚は濃い青が混じり、その距離を曖昧に知らせてくれているが、それは従者鼠の不安を煽るだけだった。
遠く離れているはずのそれは、この距離でも細部が分かるほど大きい。
「ギチュン」
「ギチュッ!」
不安で立ち止まる従者鼠の肩に、別の従者鼠の腕が添えられる。
驚きから声を上げ振り向いた従者鼠は、振り向いた先にいたのは、己よりも長く主人の下に居る最古参の従者鼠だった。
驚いた従者鼠は安堵の溜め息を吐いた。
【トリモリ】と、五十は居る従者鼠の中で唯一名付けられた従者鼠のトリモリは、不安でシャベルを抱き締める仲間を安心させるように古参従者トリモリは「ギチュギチュ」と語った。
安心しろ、主人が何とかしてくれると。
◆
牧場の中央には祭壇があった。
相撲座りと言うのが分かりやすいだろう。爪先で体重を支え膝を深く曲げる立ち方。尻が着いていないので座り方ではなく立ち方だ。
蹲踞呼ばれるこの姿勢で丸々と太った巨漢の猫が、豪勢な前掛けで飾られたまわしと、注連縄を背負い。牧場の中央にある祭壇の真ん中で大きな顔に嵌まった、人の頭ほどあるのではないかという目を、タマゴローは糸のように細めて佇んでいる。
夜風で揺れる毛先の長いフンワリとした茶トラ模様の体毛が柳のように揺れ、巨漢の猫獣人、牧場の主タマゴローは揺らぐことなく彫像のように祭壇の上に立つ。
黒い土を盛られて固められた土台の上に、二メートル程の小さな木組みの社。その正面には、同じく黒土を盛り固められた土台。土台は円形で平ら、その縁に添うように太い注連縄が一周している。
黒土は葉を腐らせ、術と足で踏み固めた腐葉土。
社は金属のように焼き固めた金属音が響く墨。
注連縄も繊維を取り出し束ねてよりあげた物。
これらの祭壇の材料はタマゴローが、倒した呪王大戦樹から手に入れたものだ。
協力な呪術を扱う呪王大戦樹で作成された祭壇は、呪いを行うには最適の場所である。
タマゴローが祭壇の真ん中で力士系ジョブのスキル〈四股〉を使う。
スキルが発動しMPが消費され力に代わる。
タマゴローは発動するスキルに身を任せるような事はしない。
スキルという規格化されたシステムから主導権を奪い、生まれた力は補助に、そして己の意思でより強い効果に変えて左右の足を充たす。
左右交互に天に掲げられた足が、力強く祭壇を踏みしめる。
踏みしめる度にタマゴローの贅肉と筋肉を溜め込んだ身体に力がみなぎる。
四股で踏まれた祭壇にはスキルで生まれた力が波紋のように輝きながら黒土の土台に染み込む。
染み込んだ力は増幅され、四股を踏む度に吹き出して更なる力をタマゴローに与える。
注連縄で外と内に区切られた祭壇の内部を満たし、タマゴローと祭壇を輝かせる。
張る力に身体が震え膨れ上がる。
巨漢に生える毛先の長い茶トラの体毛が逆立つ。
二メートルを越える猫獣人タマゴローの身体が、実際の数字よりもその身体を大きくする。
四股を踏み終えたタマゴローはその手に白く直径一メートルはある塩の固まりを手にする。
その時、オブシディウスより呪いの炎を球形に封じ込めた黒曜の鱗の玉がタマゴローの牧場と祭壇がある街に投擲された。恐ろしい加速で街に接近する鱗の丸く整形されたそれは、糸のように細められているタマゴローの目にも移っているが彼は慌てない。ゆっくりとした動作で蹲踞を崩したタマゴローは、まわしから取り出した塩をスキルを発動しながら振りかぶり投げた。
スキル〈波の花〉。
塩を触媒に術者周囲の呪いを破壊する破邪のスキル。
飛散させた塩を触媒に周囲のMPを支配下に置いて一時的に呪いの寄せ付けなくする効果もある。
丸い塩の塊が、大砲から打ち出される砲丸の如く天に上る。
タマゴローに腕力で天高く投擲された塩は空中で爆発。
呪術で圧縮され、見た目以上の質量を秘めていた塩が、街を覆うように広がっていく。
バトミントンで使うシャトルの羽のように後部に無数に突き刺さるジャベリンを推進機にした紫電の尾を牽いて加速する丸い鱗の塊。それが街の上空で塩で作られた防壁とぶつかるのと、タマゴローが弦の無い弓を取り出すのは同時だった。
薄く上空で広がる塩の防壁が大きくへこみ、それに合わせるようにクマゴローと祭壇が突然地面に向かって沈み混んだ。祭壇周囲の地面がひび割れて陥没する。
スキルで作った塩の防壁がオブシディウスが投擲した鱗の塊を受け止める。
正確には鱗内部に封じ込められた砦の兵士が変わり果てた呪いの炎を受け止めている。
街が受けるはずだったその衝撃を術者であるタマゴローと祭壇とで肩代わりしている。
祭壇が壊れはしなかったがギシギシと軋みを上げた。
衝突だけでも街が吹き飛びかねないその威力を受け止めても、両手で弦の無い弓を構えたタマゴローは揺るがない。
彼はビースウォート所属の【Unlimited】ジョブ保有プレイヤー。
ファーストジョブは【超級大力士】。
力士系ジョブは物理戦闘と呪術を得意とするジョブ。魔法の適正が呪術以外が壊滅的な、獣人族が取得可能な数少ない魔法を扱うジョブである。
タマゴローは先のアイゼルフとビースウォートとの戦争でビースウォートに大打撃を与えた、ゲルドアルドのサンダーフォーリナーを破壊に貢献した一人である。
「おぉぉぉぉぉぉ!!」
弓を構えタマゴローが咆哮する。そして薙ぎ払うように天に向かって弓を振り抜いた。グシャリと街に塩の防壁ごと押し潰そうと迫るオブシディウスの鱗の塊が変形して潰れ、押し返される。
崩れた黒曜の鱗の封印が緩み呪炎が漏れでるがそれは出るそばからタマゴローの振るう弓の動きで散らされる。
スキル〈弓取り〉。
効果は〈波の花〉と同じく呪いを退ける破邪の効果。
〈波の花〉と少し違うのが、このスキルは振り回す弓によって、呪いや悪意を振り抜かれた弓が追い散らし、跳ね返す呪い返しに特化していることだ。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
タマゴローと祭壇を押し潰そうと加え続ける圧力をはね除ける。
上に向かって重力が裏返ったかのような空気の動き。
ズンッズンッと異様に重々しく響く弓を振る音が、牧場に居るタマゴロー配下の従者鼠達の腹を打つ。
本来は土俵下に邪気や悪鬼を封じ込めるため下を払うような動きをするが、今回は天から飛来する驚異に対処するため、天に向かってタマゴローは弓を力強く何度も角度を変えながら振り抜く。
弓を振り抜く旅に鱗の塊が変形していく。
弓を振り抜いた軌跡は街の上空。街を押し潰し封じた呪いの炎を解き放とうと迫まるオブシディウスに鱗の塊を切り刻むようにその質量を後退させながら変形させる。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そしてタマゴローが一際力強く弓を振り上げる。
内側から爆発するようにボコボコにへこんでいた黒曜の鱗の塊が弾けとんだ。
その勢いは凄まじく呪の炎と木片を封印していた鱗は残らず消し飛んだ。その威力は推進力になっていた無数のジャベリンも残らず破損させる。
吹き飛ばされ、胴体に致命傷を負ったジャベリンが己の尾から吹き出す紫電のプラズマ推進を制御できず、明後日の方向に向かって飛んで散っていく。
街に向かう個体も居たが塩の防壁で反らされ、戦樹で組まれた城壁の外へと墜落していく。
バキンッ真ん中からタマゴローが持つ弓が折れた。
術の負荷で壊れたのではなく、役目を終えて自壊したのだ。
折れた弓は塵になりながら霧散していく。
手に残った弓の残骸を払うように己の正面で力強くタマゴローは合掌。
打ち付けられた巨漢に見合った巨大な肉球が打ち合わされ、快音が牧場に響いた。
タマゴローは腰を深く沈め右手を引き、仕上げのスキルを宣言する。
「〈ドスコォォォォォォイ〉!!」
目を見開き、人一人を丸呑みできそうな巨大な口でタマゴローがスキルを咆哮する。
同時にプニッとした肉球を持つ掌が、遠くに居るオブシディウスに向かって雄々しく突き出された。
◆
『はっ?』
街を吹き飛ばす筈のオブシディウスの鱗の塊と、ジャベリンが残らず吹き飛んだのを見たグナロークはオブシディウスの中で思わず間抜けな声を出した。
『一体何……が……!?』
グナロークから疑問の声が漏れるが、それは周囲の急激な熱変動を感知したオブシディウスからの警告によって、途中で掠れて途切れる。
タマゴローの使用したスキル〈ドスコイ〉。
相撲の掛け声であるこのスキルの効果は力士系ジョブのスキルの強化だ。
発動したスキルを強力に後押しするこのスキルによって、成功した呪い返しに更なる力が加わりオブシディウスに襲いかかった。
燃える様子を近くで眺めようと都市に向かっていたオブシディウスの眼前。突如炎の塊が現れる。しかもそれは人の手のように五指を伸ばし掌をオブシディウスに突き付けた、肉球を備える猫の手だった。
タマゴローは方向性を見失い無差別になった砦の兵士達の呪いの炎と木片を、スキルで方向性を整えて、オブシディウスに向かって張り手の形で呪いを返したのだ。
肉球の部分が高熱の為白くなっている巨大な真っ赤に燃える猫の張り手は、オブシディウスの鼻面に衝突し、その熱量と質量で巨大な機体を張り飛ばす。
『ぶぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
なんの警戒もなくオブシディウスを進行させていたグナロークから、滑稽な悲鳴が漏れる。
幾人の兵士の怨嗟と苦痛から生まれた膨大な呪炎の熱量。そして大量の木片を猫の手型に纏め上げたそれは大質量となって、オブシディウスが自動で展開した〈マジックイレイザー〉を貫通した。
黒曜の怪魚の頭蓋と背骨だけの奇っ怪な身体を大きく退けぞらせて後退させる。
鱗を全て怪魚部分から飛散展開していたのが災いした。
頭蓋を中心にしてオブシディウスの機体がグルリと縦に一回転する。
イリシウムジャベリンの下半身を伸ばし、機体を鱗で武装していたグナロークは、つんのめり、後退しながら回転した本体に引っ張られていく。
鱗で重量が増していたイリシウムはそのまま弧を描き、重量と遠心力で急激に加速。地面に向かって高速で墜落していく。
『ぁぁあぐぅ……ほ!?……ほあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
遠心力で音速を突破したイリシウムの金属眼球が高速で下から上へと流れる景色を映し出している。迫る地面に気付いたグナロークは更に悲鳴を重ねてしまう。
グナロークはジョブの才能が無い。
操縦士系ジョブを積めば亜音速機動も可能なレガクロスの操縦経験があっても、彼の中級操縦士一つ取得するのがやっとのジョブの才能では、レガクロスをその領域で動かすことができなかった。
グナロークには未体験の光景だった。
彼にとって幸いな事に地面ギリギリだがイリシウムは衝突を免れる。
下はビースウォートの密林のためにモンスターである戦樹が密集していたが、ビースウォートの住人と激しい格闘戦を行う彼らは鍛えられた動体視力(?)と反射神経(?)で、弧を描いて凄まじい勢いで地面スレスレを飛んでくるイリシウムを、転がり枝葉を降り散らしながらも必死で回避した。
戦樹との衝突をグナロークは味わうことはなかったが、代わりに慣れない重力加速度に、鍛えられていない肉体が悲鳴を上げることになる。
中級操縦士程度の対Gスキルで防げる許容値を越えているため、グナロークの全身からミシミシと嫌な音が聞こえる。
黒曜の鱗で武装したイリシウムが、振り子運動で地面スレスレを高速で掠め、オブシディウスの頭蓋の回転に引きずられて機体の真後ろに振り回される。
イリシウムジャベリンの無限に伸びる下半身を伸ばし、勢いを殺すという発想を咄嗟に思い付けないまま遠心力に振り回されるグナローク。
イリシウムの下半身が完全に延びきった瞬間にそれらは飛来した。
ヒュンヒュンヒュンヒュンと風を切って飛来したのは幾つもの巨大な投げ斧。
それは潜んで様子見に徹していた、ゲシュタルトのハグルマが搭乗するFCベア・ギアズリーが率いるベア・フランキスカ部隊による斧投擲機ガイドクローによる攻撃だった。
フランキスカと呼ばれる投げ斧の群は、延びきったイリシウムの金属部品が連なる長大な下半身に襲いかかる。
オブシディウスの鱗とオブシディウスの額から伸びるイリシウムジャベリンの下半身。これは無限に生え、無限に伸びるという驚異の特性を持つ。
その特性ゆえに故にオブシディウスの怪魚部分の頭蓋、背骨、鰭と比べるとかなり脆いという弱点もあった。
それでも鱗の投射、下半身の巻き付きによる破壊を行える程度の戦闘に耐える頑丈さを備えていたが、飛来したフランキスカはそれを軽々と上回った。
青銅爆雷高原で採取できる爆雷青銅製のフランキスカは、投擲されることで稲妻を纏い、灼熱に包まれて急速に加速する。更にその斧刃には金属対する特攻魔法〈メタルブレイカー〉が仕込まれている。
稲妻と灼熱を纏う加速による運動エネルギー。
〈メタルブレイカー〉による金属破断。
次々とイリシウムの下半身にフランキスカの扇形の斧刃をめり込ませズタズタに引き裂いていく。
最後に一際大きなフランキスカが、先に突き刺さったフランキスカごとズタズタになったイリシウムの下半身を、斧刃を食い込ませ完全に叩き割った。
『な、なんだ!?』
突然の浮遊感に戸惑い驚くグナローク。
偵察部隊であるハグルマ達が攻撃に出た。それはゲシュタルトのレガクロスとキメラの混成部隊の到着を意味していた。
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